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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第六章 ラフギール
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魔術師の述懐と勇者の懺悔 

 アルトナハラはまもなく多数の部下を率いてやってきたアリストの警備隊長で男爵でもあるアイアース・イムシーダに引き渡される。

 治癒魔法で砕けた足は治されたものの、その代わりにフィーネだけが知る別の世界において特別な趣味と技術を持つ者しかできぬ秘伝の縛り方で自由を奪われて。


 すべてが終わり、大きく息を吐いたファーブは言葉一つで相手を威圧したこの国の第一王子に顔を向ける。


「アリスト。助けてもらって言うのもおかしいのだが、さすがにあそこで火球がやってくるのはどう考えてもおかしい。まず、あれについて説明してくれ」


 絶対絶命のピンチの勇者のもとに予想もしなかった援軍がやってきて形勢が逆転。

 この世界の吟遊詩人が語る物語と限定しなくても、英雄譚ではお約束といってもいい光景である。


 だが、それは物語にメリハリをつけるため仕掛けであって現実の世界で起こることはないといってもいい。

 それを体験したのだから、ファーブが腑に落ちないのもわかるというものである。

 

 やって来たファーブの言葉にそれをおこなった者が薄い笑みで応じ口を開く。


「……私たちはあなたがたが町を出た次の日にラフギールに到着しました。そして、連れきた千人の兵と魔術師を周辺に配置につかせ、町に住む人を安心させたところで、私とフィーネはここまで来てあなたがたの様子を確認し、いよいよというところでお手伝いをした。そういうことですのでおかしなところも、英雄譚のような奇跡なような偶然もありません。ご安心を」


 実はさまざまなことがあったものの、そのほぼすべてを斬り捨てた概要とも呼べないような一瞬で終わったそれを聞いてから百瞬くらい経ったところでファーブの口がようやく開く。


 怒りを主成分にその他諸々の感情をそこに混ぜ込んだ。


 あえて言葉で言い表すのならそう言える表情で。


「色々言いたいことはあるが、とりあえず確認する。つまり、アリストたちは俺たちが町を出た翌日にラフギールにやってきていたのか?」

「はい」


 仏頂面の見本。

 そう表現できる表情のファーブが口にしたさらなる問いの言葉に対して、ブリターニャ王国の第一王子はそれとは対照的な上品な笑顔で頷き、ダメを押すように言葉によって肯定する。

 ファーブの言葉の内側にあるものをすべて気が付かぬふりをして。


 その瞬間ファーブが纏う空気は一ランク、いや三ランクほど熱量を増す。


「そして、それからずっと俺たちを監視していたと?」

「監視というのは少々表現が過激ですね。遠くからやさしく見守る。くらいが妥当なところではないでしょうか」


 そこに、顔を真っ赤にした一方を冷ややかに眺めていた女性の声が加わる。


「それにずっとでもありません。お客様が来る日がわかっているのに、汚いだけで見栄えのしないあなたたちごときを長時間眺めて過ごすなどという奇怪な趣味は私にはありません。そもそも私はそのようなところで時間をつぶすほど暇ではありませんし。あなたたちが野宿している場所を事前に確認したのは事実ですが、今日こちらに来たのは戦いが始まるほんの少し前です。それまではアリストの別宅で優雅な時間を過ごしていました。まあ、粗野で下品で無教養の代表であるあなたたちと違い、知的で上品、そして美しく高貴な私には野宿など似合いませんから当然のことではありますが」

「ふ、ふざけるな」

「だいたい奴らが来るのがいつになるのかわかっていたのなら教えてくれてもいいだろう」

「というか、すぐに合流すべきだろう」


「いいえ。それは違います」


 自らを至高の存在に持ち上げながら口にする、相手に対しての負の形容詞をたっぷり盛った最上級の罵詈雑言。

 そう表現できそうなフィーネの言葉を、頭蓋骨の中身はきわめて単純な仕組みで出来ている三人が聞き流すことなどできるはずがない。

 猛烈な勢いで次々と抗議の声が上げる。

 そして、ファーブからのものであるその最後のものに応えるように割り込むようにやってきた言葉。

 それはそこから始まるそれを口にした男アリスト・ブリターニャの独断場の開幕を告げるものだった。


 三人の剣士を眺め回したのち、アリストの口が再び開く。


「あなたたちは私たちの到着を待たずに町を出た。伝言のひとつも残すことなく。それはすなわちすべてを自分たちで解決すると宣言したと同じこと。実際このときあなたがたは揉め事の種になりそうな部分を除けばそのつもりであったはず。違いますか?」

「……違わない」


 相手が纏う雰囲気から不吉なものを感じ、なんとか言い逃れをして難を逃れようとしたものの、能力その他諸々が足りないため結局それを諦め、項垂れながら口にしたファーブの肯定の言葉を待っていたアリストの詰問は続く。


「ですが、結果は肝心の町を守ることができなかったうえに、自分たち自身も苦境に陥った。そもそもあなたがたの力量であれば相手が剣士だけで構成されている私兵ならたとえ数百人いてもふたりいれば十分に足りることはわかっていたはず。相手が現在どこにいるのかがわからないので早く出発したいという気持ちはわからなくもありませんが、そうであればなおさら裏を取られる可能性も考え連絡係を兼ねてひとりは町に残すべきだった」


「そして、ここでの戦闘。あの丘の上からは街道をやってくる相手全体を見ることができます。さらに、丘から下りて実際の戦闘が始まる前にも相手の様子を確認する時間があった。つまり、十分に注意して観察していれば馬車の後方にいたふたりは剣を差しておらず代わりに短い杖を持っていることに気づけたはずです。ですが、あなたがたは数と陣形だけに注意の目を向けた」


「……そのとおり」


「その結果戦い半ばで不利な状況になったあなたがたは愚かにもブランを盾にして戦うことに決めた」

「確かに魔術師がいることに気づかなかったのは不注意だった。わかっていれば最初に魔術師を叩けたのだからそう言われることも当然だ。だから、その点についての言い訳はできない。だが、あの場面では俺たちにはそれしか魔術師を倒す手段がなかった。それに、それをやってブランが死んでもフィーネの魔法で……」


「ダメですね」


 すべてが事実であったため、それまでなにひとつ言葉を返すことできなかったファーブがここでようやく反論と呼べるものを口にしたのだが、それを遮るようにアリストが口を挟む。


「どこが?」

「すべてです」


 やってきた問いにアリストはすぐさま取りつく島もない完全否定の言葉を返す。

 もちろんそれだけで相手が納得しないことくらいアリストも十分に理解している。

 当然それには続く言葉が用意されている。


「まず、あなたがたがアテにした死者を復活させるフィーネの魔法ですが、あれを使うとフィーネはしばらく間すべての魔法が使えなくなります。そして、彼女が元のように魔法が使えるようになるには六百日は必要となります」


 ……実際はそれをやってもその二十分の一もあれば十分なのですが。

 ……まあ、ハッタリとしては十分効果はありますし、案外アリスト本人もそれくらい必要なのではないかと思っているかもしれませんね。

 

 ……とりあえずこれは三人に対するお仕置き。このまま黙っていることにしましょう。


 小さく頷いただけで表面上は無言だが、実際には多くの言葉を心の中で呟いていたフィーネに一瞬だけ目をやったこの場にいる者のなかで最も人生経験が長いその男はさらに言葉を続ける。


「フィーネの魔法が使えない。それは、つまり私たちはその間肉体だけではなく、武器や防具の修繕にも有効なフィーネの治癒魔法なしで戦わなければならないことを意味します。対魔族の戦いにおいてそれが可能なことなのかどうかは毎回フィーネの魔法の恩恵を受けていたあなたがたが一番わかっているはずです。違いますか?」


「違わない」


「素直でよろしい。ですが、あなたがたはそれを選択しようとした。そして、もうひとつ。ブランを盾にして戦うしかなかったというあなたがたの判断は間違いです」

「間違い?」

「ええ。長い期間フィーネの魔法が使えなくなる死者蘇生に頼らなくてもあの魔術師は倒せたのです。もちろんあなたたちの力だけで。しかも、あの状況からでも」


 そのような手があるにもかかわらず、あなたがたは安易な道を選んだ。

 アリストの言葉には言外にそのような意味もある。


「あの魔術師たちにはそれほど才がなかったことは気づいたと思います。それを踏まえてお聞きします。魔術師の強さの要素とは?」

「それについて何度も聞かされているからわかっている。諸々あるが、大きなものを挙げれば、知識とそれを可能にする技術。それから魔力量だろう」

「そうです。実を言えば、あの魔術師はその魔力が切れかかっていたのです。その証拠に最初は気前よく撃っていた火球を、途中から撃つのを渋り出していたでしょう」

「ぜんぜん気がつかなかった。ふたりはどうだ?マロ。ブラン」

「知らん。こっちは逃げるので精一杯だ」

「ああ。てっきり狙い撃っていると思っていた」


 そう。

 これがふたりの魔術師が丘の上で気づいたこと。

 そして、三人の剣士が最後まで気づけなかったことである。


「……ということは、もうあと少し逃げ回っているだけで俺たちはあの魔術師を倒せたということなのか」

「そういうことです。これだけ説明すればあなたがたのおこないがいかにダメなものだったかはわかったのではないでしょうか」


 厳格な師の、出来に悪い弟子に対する長い説教と言ってもいいアリストの言葉。

 ファーブが再び口を開いたのは、永遠に続くのではないのかと思えるくらいに長かった、それを聞き終わってからの沈黙の後だった。


「なあ、アリスト。俺たちはおまえの役に立っていないのではないか?」


 それはファーブの口からは絶対に出ないと思われた自己否定という普段の彼とは対極に位置するカテゴリーに属する言葉だった。

 

「魔術師がいなければ俺たち剣士は基本魔術師と戦えない。それとは逆に魔術師は強い魔法さえ使えれば剣士を簡単に倒せる。それはさっきの戦いであきらかじゃないか」


 ファーブの様子はまさに自信喪失。

 

 ……まあ、たまにはこういうファーブもいいでしょう。

 ……ですが、ずっとというのは困ります。


 心の中でそう呟いたアリストは自らの意思を相手にはっきりと伝えるために口を開く。


「いいえ。逆にそれは先ほどの戦いに限ったものです」


「いずれやってくることになると思いますが、どれほど強い魔法を扱える魔術師でも相手に手が出せない。そのような状況は起こりえるのです。そのようなときに相手を倒せるのは剣士」


「ですから、強い相手と戦い続ける組織にとっては剣士と魔術師両方が必要なのです。もちろんフィーネのような者であれば話は別ですが、彼女が稀有な存在なのはあなたがたも知ってのとおりであり、そのような者を必要な数だけ揃えるなどもはや子供の夢にも出てこないくらいの空虚な話です。ですから、軍の組織は強い剣士と強力な魔法を扱える魔術師両方を揃えておかなければならないのです」


「それは私たちのような小さな集団であっても同じ。つまり、あなたがたはお飾りなどということは絶対にありません」


「もちろん相互の連携は必須条件ですし、地味で面倒なことではありますが、戦う前に絶対にやらなければならない準備や情報収集を怠り、気合と根性を頼りに、勢いや思いつきだけで行動してはいけません。それから、失敗を十分に反省し、同じことを二度と繰り返してはいけません」


 アリストの言葉が終わると、再び長い沈黙の時が続く。

 そして……。


「……わかった。さっきは本当につまらないことを言った。忘れてくれ。それから、遅くなったが……」


「俺たちと町を救ってくれたことを感謝する。ありがとう。アリスト、フィーネ」



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