第三の選択
ブリターニャ王国の王都サイレンセストの中心に建つ王城。
カムデンヒルという別名でも呼ばれるその王城の広い敷地の東端にポツンと建つ「黄金の胸」という非常に魅惑的な名がついてはいるものの、その名にふさわしい特別な雰囲気もなければ、王城内の建物らしい華やかさもない、大きさだけが取り柄のようなこの世界ではごくありふれた二階建ての木造家屋。
その建物の主であるこの国の第一王子はここを留守にすることが多いのだが、それでも十代から二十代前半の五人の女性がここ専属の住み込みメイドとして雇われ、彼女たちを指揮する執事とともに日々働いていた。
そして、この日。
彼女たちはいつも以上に張り切って仕事をしていた。
その理由はいうまでもないだろう。
そう。
前日、彼女たちの主が久々に王都に戻ってきたのだ。
そして、こちらも当然のことではあるのだが、主が帰ってきたそこには朝から多くの客がやってきていた。
だが、アリストがここに住み始めてからずっとこの家の執事を務めるブルーノ・ドゥルイゼランという名の白髪の男は丁重だが断固たる態度で一人を除いたそのすべてを追い返す。
それがたとえ相手が爵位持ちの貴族であっても。
「よかったのですか?ポントアーペント伯爵は母上の紹介状を持参してやってきたようでしたのに……」
隣からやってきた、外見は心配を装っているものの、中身は大量の皮肉でつくり込まれていたその声に、建物の主であるアリスト・ブリターニャは明るく答える。
「もちろん。それに話を聞かなくても彼の話す内容などわかっています。彼がバリントア公爵に近くドルランログ伯爵とは縁戚関係にあることから疑いようもなく要件は王族会議においてジェレマイアを支持してくれというもの。そして、私の言質を取った場合に彼に与えられるものは、侯爵の地位か、それと同等となるしかるべき権力。その証拠に王宮内ではケチな男として有名なあの伯爵が従者ふたり分の土産を持参したのですから」
「なるほど」
その日の早朝別宅から転移魔法を使ってやってきた使者によってもたらされた知り合いからの手紙を手にしながらアリストが口にした皮肉たっぷりのその言葉に相手は口元に笑みが零れる。
「それがわかっていながらその土産を取り上げただけで話も聞かずに追い返すとは本当にお人が悪いですね」
「真実が服を来たようなこの私を詐欺師の頭目のように扱うとは実に失礼な物言いではありませんか」
「ですが、これまでの実績を考えれば自称、他称、真実はそのどちらに近いかといえば詐欺師でしょう」
「まあ、その言葉を明確に違うと否定できないのはとても残念なことではあります」
アリストは二階の自室に設けられた蔀戸の親類のような構造をした木戸の隙間から怒り心頭で引き上げる彼の新たな被害者となった伯爵を見送りながら笑みとともにその言葉を口にする。
そして、そのアリストと楽しそうに会話を交わすのは、隣に立つ幼さは残るが十分に美人の部類に入る女性。
アリストとともに紅茶をひとくち含んでからその女性が口を再び開く。
「それにしても伯爵は鈍感ですね」
「と言いますと?」
「屋敷を取り囲む護衛」
問いに答える女性の言葉は非常に短かった。
だが、相手にはそれで十分だった。
やってきた言葉を確かめるようにもう一度外の様子を眺めるながら笑みを含んだ女性の口が開く。
「あれを見れば兄上には先客がおり、現在その誰かと会談中だということはすぐにわかります。さらに、私の護衛には兄上のものとは別の特別な紋章があります。少しでも注意力を働かせればその相手が誰であるかというところまでわかります」
「まあ、それはつまり目の前に広がっている光景にさえ気づかないくらい伯爵の頭は約束されたその成功報酬とやらのことで頭が一杯になっているということなのでしょう。そういうことであれば、石に躓く程度ならよいのですが、目論見を脆くも崩れたことが原因で眩暈を起こし堀に落ちねばよいなと、ささやかながら伯爵の心配をしてあげたくなりますね」
「私がいない間に王族随一と謳われるその厳しい言葉はさらに磨きがかかったようですね。ホリー」
「お褒めに預かり光栄です。兄上」
その女性とはアリストの十歳年下の妹。
名をホリー・ブリターニャといい、母親もアリストと同じ正妃アマリーエ・ブリターニャで王の四女という立場にある。
ついでにいえば、彼女の言葉にあったジェレマイアはふたりの実弟となる。
「……ところで、朝食は一緒だったのですか?」
視線を話し相手に移したアリストはその相手である自らの妹に対していつもと同じ丁寧な口調で尋ねるものの、その言葉には肝心の「誰と」という単語が抜けていた。
だが、アリストにとっても、尋ねられた相手にとっても、それが誰を指しているのかなど自明の理だった。
そして、それを答えるホリーには目の前にいる兄がその誰かの何を知りたいのかということもよくわかっていた。
上品な笑みを浮かべるアリストの妹の口が開く。
「もちろん。そして今日の母上はことのほかご機嫌でしたよ。具体的に何があったのかまではおっしゃってはいませんでしたが、昨日によほどうれしいことがあったようですね」
その言葉を口にしたホリーの言う昨日あったこと。
それは彼女の兄がノルディアから持ち帰った情報を披露した際の出来事を示しているのは疑いようもない。
妹の言葉にアリストも彼女に負けない上品さを漂わせた笑顔で応じると、もう一度口を開く。
「まあ、見た目のうえではそうなりますね」
「何があったのか聞かせてもらってもよろしいですか?」
「もちろん」
妹であるホリー・ブリターニャからのリクエストに快く応じ、口元に意味を含んだ笑みを残したままアリストは昨日の出来事を詳しく語り始めた。
そして……。
「どうでしたか?」
「ひとことで言ってしまえば、予想通りの内容ですね」
「母上としたら、ライバルがともに自ら階段を転げ落ちていったので、どちらに転んでも自分の息子が次の王になると思ったのでしょう」
「ホリーから聞いた母上の喜び具合を考えれば、間違いなくそうでしょうね」
「ですが、兄上の話を聞くかぎり、私には父上が母上と同じように考えているようには思いませんでした」
……さすが。
……その場にいたわけでもなく、たいして詳しくもないあれだけの言葉を聞いただけで核心に辿り着くとは。
妹の言葉にアリストは心の中で感嘆の声を上げる。
……弟たちの誰かにこれほどの洞察力があれば、父上はすぐさま王太子に任じていたでしょうね。
アリストは心の中で最高級の賛辞を贈り終わると、もう一度口を開く。
「おそらく母上の手に入れたものはあの場で起こったことの上澄みだけだったのでしょうから、そう思うのも仕方がないといえるかもしれません。ですが、父上の心情はホリーの言葉どおりで間違いないでしょうね」
アリストはまず絶妙な表現で妹の言葉を肯定し、補足するようにさらに言葉を続ける。
「ダニエルとファーガスに父上が失望したのは間違いないと思われます。ですが、ここでふたりを切り捨てていいとも思っていなかった。本人たちがどう受け取ったのかはわかりませんが、父上の最後の言葉はもう一度機会をやるから出直せと言ったものに違いありません。それに……」
「その場にいながらひとことも発しなかったジェレマイアにも父上は不満を持っている。というより、それ以上の不満を持っているかもしれません」
……そこまで察するとは驚きだ。
妹のどこまでも深い洞察力を感嘆するアリストは小さく頷く。
「もし、ジェレマイアが自らは何もせず競争相手が失敗し消えていくことによって玉座を得ようと考えているのなら、それはあまりにも甘すぎます」
「その場で自らの立場なり、考えなりを表明すべきだったということでしょうか?」
妹からすぐさまやってきたその問いにアリストが頷く。
「そうです。少なくても父上はそう考えています」
「ですが、自分独自の意見とまではいかなくても少なくてもジェレマイアは兄上に賛成の意を示すことくらいはできたはずです。なぜジェレマイアは兄上の意見に賛成の意を示さなかったのでしょうか?」
「可能性はふたつ」
「それは?」
「ひとつは、ジェレマイア自身が私の言葉を理解できていなかった。そういうことであれば、調子よく相槌を打っていたのはいいが、万が一自分に振られたら何も答えられない。それを避けたのだと思われます」
「……たしかにそうなった場合には最悪ですね。何も考えずに賛意を示したということになりますから。それで、もうひとつは?」
「ジェレマイアが私を王位継承権の競争相手だと思っているから」
アリスト曰く、自分以上の洞察力を持つというその妹はアリストの言葉をすぐさま理解した。
……あのジェレマイアがそのようなところまで気が回るはずがありません。間違いなくこれは誰かの入れ知恵でしょうね。
ホリーはその候補者の顔を思い浮かべる。
その誰ものがそれを考えそうな者ばかりである。
「我が弟ながら情けないかぎりです」
「それは否定できないし、おそらく父上も、勘違い甚だしいものであったものの、自らの意見を堂々と口にしたファーガスや、目的はともかくファーガスの提案に含まれる問題点をすぐに指摘したダニエルのほうがジェレマイアよりも上と見ているでしょうね。母上にとっては残念なことでしょうが」
「ですが、堂々と意見表明ができても、それが的外れな意見では仕方がないと思うのですか」
「まあ、それもそうですね」
兄は妹の言葉に笑いながらそう応じた。
久々に会った兄に、兄妹の情以上の特別な感情を滲ませた熱い視線を送りながらホリーは口にしない言葉で兄がこれまで語った言葉を咀嚼する。
そして、それを口にする。
「それでは兄上が王太子ということで決まりではないですか?」
もちろんその言葉を口にしたホリーは本心からそう思っており、彼女の兄もそれをよく知っている。
アリストは心の中でこう言葉を返す。
……私と弟たちというなかですぐに次の王を選ぶとなれば、この国のための最良の選択肢はおそらくホリーの言うとおりなのでしょう。
……だが……
アリストはそこで思考を止め、その先を実際の言葉にするため口を開く。
「ありがたいお言葉ですが、必ずしもそうとも限りません」
「どういうことですか?」
「まず、前提が違います」
「前提?」
「王族会議が近いうちに開かれるとホリーは思っているようですが、昨日口にした父上の最後の言葉を考えれば王族会議の開催が延期になったのは間違いないでしょう」
もちろんホリーは兄が言いたいことにすぐに辿り着いた。
能力の差は歴然としているにも関わらず、父王は第一王子である兄以外の者が王太子にふさわしい能力を手にすることを期待している。
そこから導き出されることなどひとつしだけ。
その事実に怒り、そして葛藤しながらもホリーは答える。
「父上は兄上を王にする気がない」
「そういうことになります」
「ですが……」
納得できずにさらに言葉を続けようとしたホリーを兄が止める。
「気にすることはありません。私にとってそれは実にありがたいことなのですから」
「いいえ。そうはいきません」
その声の主はあきらかに目の前にある事実に不満を抱いている。
その短い言葉にその感情が滲み出していた。
「兄上がそう思うのは自由ですし、父上がどのような理由でそのような判断をしたのかもわかりませんが、私にはそれがこの国のためになるとは思いません。兄上は他の方々が玉座に座り、その結果この国が消えてしまっても構わないと思っているのですか?」
ホリーの言葉。
それは奇しくも以前彼がひとりごとのように呟いたものと同じだった。
「……国が消える。ですか」
自らと同じ結論に辿り着いた妹の真剣な表情にそれまで笑みを浮かべていたアリストも少しだけ表情を変える。
「ホリーは私以外の王子が王になれば本当に大国であるブリターニャが滅ぶと考えているのですか?」
「もちろんです。たしかにブリターニャは大国です。ですが、大国だからといって何をしても潰れないということはありません。それどころか、大国だからこそその大きさにふさわしい者がその頂点に立たなければならないのです。もっとも、私が気づいているようなことなど兄上はとうの昔に気づいているとは思いますが」
アリストは心の中でまず頷き、続けてこう呟いた。
……いい機会だ。
……ホリーにだけは伝えておくことにしよう。
……このつまらぬ王位争いには、私でも、愚かな弟たちでもない、第三の選択肢があることを。
心を決め、それから少しだけ深く息を吸いこんだアリストの口が開く。
「では、それに対する解決策を教えましょう。もちろんそれは私が王になるというホリーの提案とは別のものです。そして、それこそがこの件に関するもっともよい方法だと私は考えるものです」
「伺います」
「それはホリー。あなたがこの国の王になることだ」
「……私……が王に……」
口から漏れ出した言葉の通り、もちろんそれはホリー本人が予想もしないものだった。
そして、それとともにホリーは知っていた。
それがこの国では絶対に実現不可能なものであることを。
青い瞳をいつも以上に大きくしたブリターニャの第四王女が口を開く。
「ありえません」
それはホリーにとっては当然すぎる答えだった。
だが……。
「なぜ?」
彼女の兄はその問いの言葉によって間接的にその言葉を否定した。
それに対してホリーは兄を正視して答える。
「それはこの国の王位は男性のものと決まっているからです」
「なぜ?」
再びやってきた同じ問い。
ホリーの口が再び開く。
「我が国の法典に『王は然るべき王子から選ぶべし』と記されているからです」
王は然るべき王子から選ぶべし。
その言葉がブリターニャの法典にあるのは紛れもない事実である。
だが、そのようなことは、ホリーに指摘されなくても、第一王子であり、知識の塊でもあるアリストは知らぬはずがない。
それにもかかわらず、わざわざ相手にそれを口にさせたのには当然理由がある。
そして、その理由がこれである。
「それを持ちだすのなら、その法典には最初に『魔術の才を持つ者は王位に就けない』という一文もありますよ。ということは、私はその時点で王位争いから脱落するはず」
「ですが、実際はそうなっていない。それどころか、この話が王宮の外に漏れ出した瞬間、私が王太子になることが決まるだけではなく、知るうる立場の者はすべて殺すと父上に釘を刺されている。つまり、王自ら法典を守る気がないと宣言しているのです。であれば、法典を根拠に王女が王位に就いてはいけないという話は通用しないともいえます」
「まあ、その前にその文言を『然るべき王の子から選ぶべし』と変えておけば完璧でしょうが」
ブリターニャ王国に住む者全員に等しく災いをもたらした忌まわしき魔術師王アルフレッド・ブリターニャ。
その災いが二度と起きぬよう設けられたその項目を持ちだした兄の論理は簡単には崩せない。
そこに法典の書き換えなどおこなわれた場合、完全に王子のみが王位を継げる根拠は消える。
たしかにそれは事実である。
「ですが、この国の王は軍を率いて戦う必要がありますが、女である私にはそのような経験がありません」
「そういうことであれば私もないですね。ブリターニャの軍を率いた経験は」
「それはこれから……」
経験すればいいことだと言いかけたホリーの言葉は止まる。
それはもちろん、ホリーがそう言えば、すぐに兄の口からやってくる言葉がわかっているからだ。
少しでも本気になった兄にその程度のロジックなど通じるはずがない。
「まあ、そういうことです」
ホリーが心の中で何を思っているのかを完全に読み切ったようなその言葉に続き、彼女のもとにやってきたのは兄の口から発せられた驚くべき宣言だった。
「……それからここにはふたりしかいないのでそれに関わる大事なことも言っておきましょう。公平に見れば、ジェレマイアを含めて私の弟の誰もが能力的にホリーの足元にも及ばない。しかも、彼らの目的は王になることであり、王になって国をどのようにして良い方向に導くかについては興味がない。まあ、それはこれまでの彼らの言動からあなた自身も薄々感じていることでしょう。だが……」
その時の兄の顔は忘れない。
後にホリーが何度も語った言葉である。
この場には兄上と私しかいない。
それなのに、兄上はこの場にいない別の誰かに話しているような。
いや。
その誰かに戦いを挑むと宣言したような。
兄上の顔はそのような表現をすべきものだった。
「この国はどんな無能であっても男というだけで王になる権利を有す。その一方でどんな有能であっても女というだけ王になる権利が得られない。男か女かなどというどうでもいいことだけで無能を尊び有能を排除するような国は滅びても構わらない。いや、滅びるべきだと私は思っている」
ホリーは兄の言葉を聞いてようやく理解した。
父王がアリストを王太子にしない理由。
それはアリストに王という立場を与え権力を持たせたら、この国の秩序がひっくり返るから。
それはまさに妹を妻にしたというアルフレッド・ブリターニャによる国家崩壊の危機の再来。
伝統と秩序の上に立つ父王にとってそれは避けねばならぬこと。
……妹を妻?妹を妻……。
自らが無意識に使ったその言葉の意味を噛みしめるように復唱したホリーの顔は少しだけ赤くなる。
……憧れます。
……いやいやいや。今はその話ではなかった。
いつもの妄想に入りかけた自分の頬を叩き、先ほどの続きに急いで戻るとホリーは思考を続ける。
ホリーは兄が口にした先ほどの言葉をもう一度思い返す。
……それにしても……。
……私がこの国の王。ですか。
……おそらく兄上は本気。
……ですが、その前にはあの王族会議がある。
……形式的なものであってもあの場で王太子に選ばれない者が王になるということなどありえぬ話ではありませんか。
「どうやらホリーは障害になるものが大きすぎて自分が王になることなど絶対にないと思っているようですが、実はそうでもありません。それどころか、意外に簡単な方法で実現できるのです」
ホリーの兄は再び彼女の心を読み切った言葉を口にする。
それから少しだけ意地悪そうな目でホリーを見つめるともう一度口を開く。
「私の言葉が正しいことはいずれわかります。まあ、それはそれとしてホリーにはそのための準備をしてもらいます」
「……何を、でしょうか?」
「まず今後は私の代理として多くの会議に出席してもらいます。その段取りは私がします。もちろん発言権などはありませんが、それでも現在この国にはどのような問題があり誰がどのようなことを考えているのか知る機会にはなります」
「それからもひとつ。弟たちがそれに気づくことはないでしょうが、父上はもしかすると気づくかもしれない。だから、あなたには自らが至高の位置に進もうとしていることを気づかれぬように振舞ってもらいたいのです」
「あくまで兄上の代理人であるようにと?」
「そういうことです」
……いいでしょう。
……私にとって大事なことは、兄上がそれを望んでいるということ。
……そう。
……私にとって兄上の言葉がすべてなのですから。
そう。
わざわざ語る必要もないのだが、所々で漏れ出した心の声を聞けばわかるとおりホリー・ブリターニャはいわゆるブラコンである。
もちろんこの世界にはブラコンなどという概念は存在しないし、そのような呼び方も存在しない。
しかも、ホリー・ブリターニャの、兄に対する想いの深さは幼稚園の妹が小学生のカッコいい兄に憧れるレベルなので取り立てて騒ぐほどのものではないのだが、それでもホリーは二十歳に少しだけ届かない程度の年齢。
しかも、王女。
もし、ブラコンというその言葉を知るフィーネなどが彼女の様子を見たら大喜びでその言葉をホリーの兄であるアリストに向けて発することは十分に考えられる。
では、アリストは妹のその想いに気づいているのか?
残念ながら答えはノー。
この世で起こったすべての出来事を遠い昔から知っているかのような驚くべき知識と洞察力を持つアリストだったが、その能力のなかで唯一人並み、というか人並み以下なのが恋愛という分野だった。
とりあえず他人に関してはその感度は十分に働くのだが、それが自らに関するものになるとなぜか急降下する。
つまり、アリストは妹がどれだけ潤んだ瞳で自分を見つめても絶対に気づかぬタイプの男なのである。
ホリーにとってはそこが魅力のひとつらしいのだが……。




