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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第四章 祭りの残り香
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捕れた狸の皮算用 Ⅰ

 捕虜返還。

 各地で大小さまざまな戦いがおこなわれているこの世界では捕虜の返還交渉がおこなわれることはさして珍しいことではない。

 だが、それはあくまで人間同士でのことであり魔族と人間となれば話はまったく別なものとなる。

 なにしろ不俱戴天の敵同士。

 公式、非公式問わず魔族と人間の間で捕虜返還はどれだけ歴史を遡っても一度としておこなわれたことはない。

 当然のように、戦いが終了した直後、捕虜の返還をおこなうことを宣言したグワラニーの言葉に対し異論が噴出した。


 わざわざ敵の戦力を回復させてやる必要はない。

 そもそも、我々の同胞は女子供まで常に殺されている。

 それなのにこちらだけが敵兵を生きて返す必要があるのか。


 だが、グワラニーが語ったその目的と利点を聞いた後は少なくても表面上は反対を表明する者はいなくなった。

 そして、多くの反対の意見を封じることになったそのアイデア。


 身代金を取ること。


 驚くほど常識的な案には当然その補足説明が続く。


 要求するのは人間同士でおこなわれるものよりも遥かに高額な身代金。

 いや、それはそんな生易しいものではない。

 その一撃でノルディアという国自体を傾かせる。

 つまり、要求するのはノルディアの財政を強烈に圧迫するほどの額。


 そして、当然それは、その身代金を受け取ったグワラニーの軍がこの世界でもっとも裕福な部隊となるというだけではなく、それは支払ったノルディアは軍の再建どころか、軍を動かす、いや軍を維持することすら困難なほどのダメージを受けるということを意味する。


 そこに、形はどうであれ停戦協定をちらつかせてやれば、身動きできない彼らは差し出された手を取らざるを得ない。

 その結果この方面からの大規模な侵攻は止まる。

 数で劣る魔族軍にとってこの事実上の停戦はクアムート周辺の安定に繋がるというだけではなく、第二線に控えている予備兵力を他の戦線へ転用できるという大いなる益も生む。


 さらに利点はそれよりももっと直接的なものにも現れる。

 これまでは、魔族に捕らえられた人間には、奴隷になるか、殺されるか、というふたつしか道はなく、しかも、その大部分は後者であったため、人間たちは捕らえられることを拒み最後まで抵抗を続けていた。

 だが、身代金との引き換えではあるが、生きて母国に帰ることができる可能性があるとなれば兵の心の中に降伏という選択肢が生まれ、降伏すれば生きて祖国に帰れるという噂が広がればノルディアだけではなく他の地域においても無駄な抵抗はなくなり、結果として早期に目的が達せられるうえにこちらの被害も減る。

 もっとも、それはグワラニーの軍と対した場合という条件がつき、さらにいえば守勢一方という他の魔族軍部隊には無縁な話ではあるのだが。


「……ですが、ノルディアは我々の誘いに乗ってくるでしょうか?」


「これは罠であり、最悪の場合、金だけ奪われるのではないかという疑いから交渉を拒むということはありませんか」


 バイアから当然過ぎる疑問が示されると、同意の言葉が飛び交う。

 その中でグワラニーが口を開く。


「これまでのことを考えればバイアの言うような懸念をノルディア側が持つことは十分に考えられる。だが、それは返還方法を工夫することによって十分払拭できる。そして、重要なのは、こちらが本当に捕虜を生きたまま返す用意があるということだ。そうであれば交渉によってその溝は埋まるものと信じる」


 最も根本的な部分に対する多くの疑問の声を代表した側近の問いにグワラニーはそう答えた。

 


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