選ばれし者
その十日前。
「グワラニーは配下の兵とともにクアムートの救援に向かえ」
御前会議での王の命令はグワラニーの予想通りのものだった。
だが、その内容については予想とはやや異なるものだった。
「……我々の部隊のみでそれを実行するということですか?」
最激戦地に配属されるとは思っていたものの、それでも大軍の一部隊として参加するものと思っていたグワラニーがそう聞き返すと、王は冷たく答える。
「いや。パラトゥードと一緒だ。作戦の概要はガスリンが話す」
……つまり、これはガスリンからの提案か。
……だが、我が部隊は増員されたといっても千人。アリターナに屈辱的な大敗を喫した後は懲罰を兼ねてたいした補充もおこなわれていないままのパラトゥードの部隊も三千人程度。
……それに対して相手は五万近く。しかも、情報によればそのうち最低でも一万はすでに我が軍を三度破った人狼。
……これでどうやって民を救い、食料を届けるのというのか。この男がない頭でひねり出したらしいこの数で作戦が成功できるという奇策とはどういうものなのか。これはなかなか興味深いな。
笑顔の内側で皮肉をたっぷりと込めてそう呟いたグワラニーが眺める大男の口が開く。
「本隊はパラトゥード。食料を運ぶ荷車とともに明日出発する。グワラニーは彼らが城の入り口に辿り着けるように支援せよ」
ガスリンの言葉は短かったが、グワラニーはすぐにその趣旨を理解した。
……つまり、我々の役は囮。いや、エサだ。
……そして、我々に求められているのは、荷駄隊の通行地点に陣を構える最大の難敵人狼軍の相手。
……だが、三度の戦いで減っているとはいえ、奴らは最低でも一万はいる。
「わずか千人の兵で一万人の人狼を相手にせよということですか?」
これでもかというくらいに疑わしさを表すグワラニーの問いに魔族軍の最高司令官が重々しくこう答えた。
「形のうえではそうなる。だが、おまえが得意な小細工を弄して防御に徹すればある程度の時間は稼げるだろう。本隊が入り口に達すればおまえたちの役割は終わりだ。任務終了次第、転移魔法で王都に戻ってかまわん」
……戻ってかまわんだと。
グワラニーは心の中で怒号を上げた。
だが、それとともに疑問を持つ。
そう。
もちろんそれだけの数の差があれば一瞬で全滅するのだから、戻れないのは当然であるのだが、それでは囮としてもまったく機能しないのだ。
作戦の趣旨は理解したものの、すべての点において腑に落ちないグワラニーの口がもう一度開く。
「命令は謹んでお受けいたしますが、戦場に向かうにあたり、大事なことをお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
「……言え」
グワラニーの言葉に不機嫌さを顔中に浮かび上がらせた総司令官が渋々と音が聞こえそうな表情でその言葉を口にする。
グワラニーは見た目だけの感謝の気持ちを表してからゆっくりと口を開く。
「我が部隊の使命は十分に理解し、最善の努力はいたしますが、なにぶん私の配下は少数。目的を達せられないことは十分に考えられます。奮戦空しく我々の部隊が全滅したとき、パラトゥード殿の隊が入り口に到着していなかったかった場合にはどうなるのでしょうか?」
彼我の戦力を考えればこれは十分に起こりえることである。
……さて、ガスリン。おまえはこれにどう答える?
グワラニーは心の中で皮肉を呟きながら目の前の男が口にしそうなことを心の中で想定する。
もちろん嫌がらせの意味を込めたそれに対する更なる質問の準備も忘れずに。
だが、相手が口にしたのは前に進むことしか考えないその男の口から出るはずのないものだった。
「動きの遅い荷駄隊を抱えてやみくもに城に向かっても損害を増やすだけだ。そのような事態になったときは撤退するしかあるまい。そして、才気あふれるおまえができないことを他の者ができるはずがない。つまり、今回の作戦が失敗した場合、城内にいる者たちには申しわけないが、今後救援はおこなわない」
「つまり、我々が全滅した時点でクアムートに対する救援作戦は終了だということでしょうか?」
「残念ながらそうなるな」
グワラニーはすべてを理解した。
つまり、クアムートを見捨てるということはすでに決定されている。
だが、無策でそれをおこなったのでは残った兵の士気にも影響するし、体裁が悪い。
そこで、誰かを人柱にして援助計画を終了するということである。
……そして、そのつまらぬ儀式の生贄に選ばれたのが我々というわけか。
……王の意向に沿ううえに、ついでに目障りな者の排除できると小躍りするガスリンの姿が目に浮かぶ。
……やってくれたな。ガスリン。
露骨なくらいに苦り切った表情を浮かべたグラワニーが口を開く。
「……過分な評価ありがとうございます」