予期せぬ訪問者
翌日のグワラニー邸で開かれた会議。
むろんグワラニーが口にしたのは命令の概要だけである。
だが、その露骨かつ理不尽な内容は出席者にガスリンの意図は十分に伝わる。
むろん、怒りの感情を爆発させる。
「相手は最低でも人狼一万。下手をすればそこに別動隊の一万以上が加わると?間違いなく失敗する。それどころか何もせずに終わる。それでは無駄死にではないのか」
「いや。無駄死にどころか、我々を殺すことが目的としか思えん」
それが拒むことができない王命であることは、もちろん知っている。
知ってはいるが、それでも黙ってはいられず、ウビラタンとバロチナというふたりの実戦部隊の指揮官から、その無謀な作戦とそれを策定した者、さらにそれを裁可した者に対する非難の声が上がると、彼らよりもひとつだけ階級が上のグワラニーの警備隊長を務める者が手を上げる。
「ふたりの言葉は王命に対するものとは思えぬまことに無礼な発言である。だが……」
「全くもってそのとおり。王命とはいえ私もこれには承服しかねる。兵を小出しにすれば削られるだけで何も得られないことはこれまでの失敗であきらか。一方、王都にたむろする予備兵を動員すれば五万や十万すぐにかき集められる。一時的にでもそれらを集め、大規模な部隊を組織しクアムートに群がるノルディア軍を排除すれば目的は簡単に達成される。それなのに、なぜそれをおこなわないのか私は理解できない。そもそも、城内への食糧搬入など陸路ではなく転移魔法を使えば済むことではないのですか?」
普段は冷静なその細身の男が心に抱いていたアイデアを熱の籠った言葉で口にすると、同僚たちはすぐさま賛意を表す。
「転移魔法での物資搬入計画。それはすばらしい。城内に残った民の救出も帰りに連れてくればいいだろう。そして、すべてが終わった後に皆でノルディアの獣を狩りに出かければ問題はすべて解決する」
「まったくだ。グワラニー様。敗戦続きで思考が停止している軍幹部にコリチーバとバロチナが申した策を教えてやってはいかがでしょうか?」
「……そうだな。それはいい考えだ」
興奮のあまり口から泡を飛ばしながら語ったウビラタンの言葉に頷いたグワラニーだったが、当然その程度のことを思いつかないグワラニーではない。
しかも、グワラニーの傍らには彼と同等の能力を持つ最側近のアントゥール・バイアが控えている。
つまり、そのふたりがその策を口にしなかったのにはそれ相応の理由があったのだ。
……目の前の戦いだけを見ているコリチーバたちと違い、全方位どころか未来にまで気をまわさなければならない王やガスリンにすれば、まもなくやってくる勇者との戦いのために温存している決戦部隊をクアムートの救援ごときに使って数を減らすわけにはいかない。それは私にも十分理解できる。
……状況から考えれば転移魔法を使って物資輸送をするというコリチーバのアイデアは考えられる中では最善の策に思える。
……傍目には。
……だが……。
グワラニーの口を開く。
「魔術師長。彼らの策について何かありますか?」
指名された魔術師長アンガス・コルペリーアは重々しく頷く。
「たしかに悪くないが、それと同時にそれは転移魔法の存在を知っている者であれば誰でも思いつく平凡な案でもある。だが、実際はどうかといえば、おぬしたちが知ってのとおり過去三回の救援は城内ではなく近くの平原に転移している。なぜか?答えは転移しなかったのではなく、転移できなかったのだ」
つまり、コリチーバの策は使えない。
コルペリーアは言外にそう言った。
だが、自らの案が最善と信じる提案者はもちろん、その賛同者も事実を述べただけのこるコルペリーアの短い言葉では納得しない。
いや。
理解できなかった。
そのひとりが口を開く。
「と、おっしゃいますと?」
老魔術師は一瞬「これだけ言ってもまだわからないのか」と言わんばかりの顔をしたものの、相手が魔術に詳しい者ではないことを察し、少しだけだが表情を和らげると、さらに言葉を重ねる。
「まず、敵側にも我々が転移魔法を使って籠城している者への補給をおこなおうとすることに気づいた者がいる。さらに、その者は転移魔法の弱点を十分に認識し、それを利用して転移魔法を封殺しているということだ」
「転移魔法の弱点?それは術者が城内に足を踏み入れたことがなければならないということを言っているのですか?」
バロチナのこの言葉はたしかに正しい。
なにしろそれはその魔法の基本条件なのだから。
だが……。
「それがこの場合の弱点になるためには、クアムートに行ったことのある魔術師が死に絶えていなければならない。私の言っている弱点とはそれとは別のものだ」
「簡単に言ってしまえば他の魔法の干渉。今回の場合について言えば、クアムートの町全体に防御魔法が施されている。他の魔法を突破して移動はできないという制限がある転移魔法はあれがあるかぎり使用できない」
「では、一時的にそれを解除すれば……」
「それは味方の防御魔法についてであろう」
もちろん老魔術師はそれだけ言えば相手にすべてが伝わるものと思っていたのであり、ことさら嫌がらせをしたわけではない。
だが、自分たちの提案に答えた老魔術師のその言葉は、直線的な思考しか持ち合わせのない三人の戦士には少々難解なものだった。
バロチナは自らが解決できないその答えを求めて仲間を眺めるが、もちろん残るふたりも同じ森を彷徨っている。
「……どういうことでしょうか?」
三人は難しい顔をしながらしばらく考えていたものの、結局正解には辿り着かず、仲間の視線によって代表に指名されたコリチーバがその言葉を口にすると、それまで無言を貫いていたこの場の支配者の隣に座るバイアが口を開く。
「クアムート全体に施されている防御のための魔法は味方のものだけではない。すなわちノルディア軍も非常に弱いものではあるが同じ魔法を展開しているということだ。そして、城を攻めているはずの人間がわざわざ城の防御の強化に加担しているのはその弱点を突いた転移魔法封じが目的」
「なんと……」
「悪埒な人間どもが……」
ようやくそのからくりを理解したところで、怨嗟の声を上げるバロチナとウビラタンだったが、実をいえば、この策を最初に実行に移したのは魔族軍だった。
もっとも、その直後から守勢一方になっていったため、魔族がこの策を用いた城攻めをおこなったのはほんの僅かな例しかなく、それを攻城戦に用いた者の名はほぼすべて後発者にあたる人間のものであった。
そして、この転移避けが野戦において戦術的な意味で標準的におこなわれるようになるのはこれから少しだけ後のこととなるのだが、その先鞭をつけたのがバロチナたちが所属するグワラニーの部隊となる。
もちろんそのような歴史的事実など露知らぬウビラタンは渋い顔を更に渋くしながら言葉を続ける。
「つまり、門から入る以外に籠城している者たちに食料を届ける術はないということですか?」
「そうだ」
バイアのその言葉に続くようにグワラニーが口を開く。
「まあ、三人が納得したところでそろそろ本題に入るとするか。なにしろ我々の役目は物資を城内に運び込むことではなく、味方がそれをおこなえるようにすることなのだから」
「そうは言いますが、グワラニー様。我々にはたった千人しか……」
「いや。二千人だ」
グワラニーの言葉に反応したコリチーバの反論を背後から遮ったのは聞き覚えのない男の声だった。
「なかなか呼び込みがされないので勝手に登場してしまった。グワラニー殿」
そう言ってその場に現れた男を見て、それを知らされていなかった者たちは驚く。
「ぺ、ペパス様」
以前その男の下で戦ったことのあるバロチナが口にしたその男の名。
アンブロージョ・ペパス。
もちろんそれはあの日グワラニーの要請によりアンガス・コルペリーアが死の淵から救出した将軍の名である。
「なぜペパス様がここに?」
「もちろんおまえたちと一緒に今回の作戦に参加するためだ」
「……つまり、我々はペパス様の配下に入ると?」
「違う」
「では?」
「もちろん私がグワラニー殿の配下に入るということだ」
「……はあ?」
その短い言葉は三人の戦士たちのもの。
当然である。
典型的な階級社会である軍においてその最高位にあるものが下位の者の指揮下にはいるなどあり得ぬことなのだから。
「……どういうことでしょうか?」
バロチナのその言葉にペパスは笑みを浮かべる。
「私はあの日死ぬはずだった。それをグワラニー殿と老師に救われた。おかげで妻や子供たちと再会できた。だが……」
そこで、ペパスは言葉を切った。
「救ってくださったグワラニー殿に対する今回の出兵命令。王や軍首脳が何を考えてあのような命令を出したのかは私にはまったくわからないが、グワラニー殿も今は騎士団長という地位にある軍人。王命である以上それを拒むわけにはいかない。だが、事実をハッキリと言えばグワラニー殿の部隊はひとりたりとも生きて戻ってこられない。それなのに、本来死ぬはずだった私がその後ものうのうと生きながらえるわけにはいかない。それがここにやってきた理由だ」
「つまり、グワラニー殿と一緒に死ぬと?」
「そうだ。そして、それについてはすでに王の裁可は受けている」
三人の戦士はその言葉に涙を流して感激しその思いを受け入れた。
だが、その場にはそうでない者もいた。
……戦闘経験豊富な兵が千人も増強されるのだから我々にとっては悪い話ではない。
……だが、せっかく拾った命をつまらん感情を優先させてわざわざ捨てようとは愚かとしか言いようがないな。
……そして、それにつき合わされる部下たちには同情の念を禁じ得ない。
それはグワラニーの心の声であり、能力だけではなくその思考においても彼の分身ともいえる腹心のバイアも同じ意見を持っていた。
……まあ、彼らは結果的に素晴らしい未来を手にすることになるのだが。
バイアは薄い笑みの裏側でそう呟いた。




