この世界にあらざる儀式
「ところで……」
たった今、非公式ながらグラワニーの魔術師長兼相談役となった魔族の老人が続いて口にしたその言葉にふたりは身構える。
だが、老人が問うたのは条件闘争や裏切りの類を想定した彼らの想像とはまったく違う次元のものだった。
老人の指がかなり離れた一点を示す。
「話はまったく違うが、グワラニー殿は勇者たちが正門前でこれ見よがしにおこなっているあの儀式が何か知っているかな?」
それは剣を置いた男三人が腰に手を当てた女性の前で地面に顔を擦りつけている姿だった。
「もちろん初めて見る私は人間界であのようなことがおこなわれていることすら知らなかったわけだが、どうかな?グワラニー殿。貴殿はあれが何をしているところか知っているかな?」
「……もちろん」
驚きのあまり、すぐにとは表現できない長い空白の時間を費やしてから、グワラニーはその言葉を口にした。
……あり得ることなのか?
……だが、なくはない。
……なにしろこの世界にやってきた者は少なくても私以外にもうひとりいる。
……むしろ他にはいないと考える方がおかしいのだ。
いつもは冷静そのもののグワラニーだが、このときばかりは心の声が漏れ出すことを必死に抑えていた。
大きく息を吸い込み、表面上だけではなく心の呼吸を整えてから、口を開く。
「師よ。あれは土下座という海を渡った先にあるという遠い異国に伝わるものです」
「ドゲザ?」
「はい。立場が劣る者が目上の者に対しておこなうもので、本来は挨拶のひとつであったのですが、最近では最上級の謝罪の意味が込められておこなわれることが多いようです。ついでにいえば、土下座をさせられるのは大いなる恥とされています」
もちろんそれはこの世界にやってくる約六十年前のグワラニーが知る土下座であって、この世界でのあれが同じ意味なのかはわからない。
だが、それからまもなく。
その言葉を口にした本人が驚くほど、老人がそれをあっさりと受け入れたのは、土下座という響きと、おこなう側に漂うその屈辱感はまさにグワラニーの説明したそのものだったからだろう。
「さすが幼い頃から知識の泉を持つと言われ、その知識と才覚だけで力がすべてを支配する王城の伏魔殿に籍を置いていたグワラニー殿」
感嘆の気持ちをそう言葉で表現した老人は続けて少々の疑問を投げかける。
「……だが、そうなると勇者とふたりの仲間はあの女魔術師よりも格下ということになるのだが……」
「そうですね。さすがにどのような事情があるのかまではわかりませんが」
老人に無難そのものといえる言葉を返しながら、グワラニーは心の中でまったく違うことを考えていた。
そして、行きつく。
そこに。
……あれはやっているのではなく、やらされている。
……つまり、土下座を知っているのは女魔術師の方。
……ということは、彼女は……いや。彼女こそ……。
……三人目の来訪者。