苦痛
いつの間にか布団もかけずに眠っていたみたいだ。体を起こすと頭がぼーっとし、自分の体ではないかと思う程に重かった。
あまりにも体調が優れないので、体温計で測定してみたら「38.5」と記されていた。これではバイトに行けないので休みの電話を入れた。申し訳なく思う。休んだからには1日で治そうと思い、布団をかけた。
気がつけば夜になっていて、それまでずっと眠っていた。もう一度体温を測ると熱は37℃まで引いている。今寝たら夜寝れなくなりそうなので布団の上でゴロゴロしながら試作品ノートを見る。
「今の味を変えたくないなぁ……」
熱のせいか素直な気持ちが言葉になった。そんな時コンコンとノックの音がした。
「はーい」
ドアが開いて見えた紺野さんの姿に驚いた。
「え!」
「突然すみません!お見舞い来ちゃいました……」
わざわざお見舞いに来てくれるなんて……嬉しくて頬が緩むのでバレないように下の方を見た。そして自分がパジャマ姿なのに気づく。
「めっちゃ部屋着なんだけど、恥ずかしい」
「全然かっこいいですよ!無理して欲しくないですし、このまんまでいてください」
「わかったけど、ごめんねこんな格好で……」
決まらない自分が恥ずかしい……
「大丈夫ですよ。そうだ!私、日頃の感謝を込めてクッキー缶作ったんです。はい、これ先輩の分です。治ってからでいいので食べて欲しいです」
俺宛にラッピングされたクッキーが紺野さんの手の上で光って見える。心が跳ね上がるように嬉しく思っている所
「えー!ずるー!」
と兄貴が言葉を発した。
「なんだよ兄貴。これは俺のだからな!ありがとう。いただきます」
彼女はどれだけ俺が嬉しいかわからないだろう。
「いえいえ!先生には学校であげますね」
「やったー!」
「兄貴はしゃぎすぎ。俺病人なんだけど」
「なんだよー。今元気じゃん!」
そんなの紺野さんと会えたからじゃんと思いながら、呑気なバカ兄貴と言い合いになると「そろそろ私帰りますね」と紺野さんが笑いながら言った。
「お邪魔しました!先輩早く治してくださいね!」
「わざわざありがとう!」
彼女が家を出ていった後、またベッドに横たわってクッキーを手に、また頬が緩んだ。中には6種類のクッキーが入っていた。グルグルの渦巻きクッキー、軽い口当たりのメレンゲクッキー、赤く可愛いイチゴジャムクッキー、点々とチョコチップが混ざっているチョコチップクッキー、クッキーといえばなチェック柄クッキー、そして初めて見るクッキー。
それは半球2つのクッキーがチョコレートでくっついた球体のクッキーで、振るとカサカサと音を立てた。気になってドキドキしながらかじってみる。これは驚いた。メッセージカードが中に入っているフォーチュンクッキーだったのだ。ちっちゃく折りたたまれてるカードを広げると、真ん中には“頑張れば頑張るほど想いは通じるはず”と、右下に“応援してます”と書かれていた。
それを見た途端、全身に熱が回った。体を起こし、カードを胸に当て目を瞑る。強くイメージした、新作のケーキがショーケースの中で輝く姿を。紺野さんがそのケーキを売る姿を。そして決意した、満足のいく形でこのケーキを完成させることを。新作ノートの最初のページにメッセージカードをクリップで貼り付けた。もう迷わないように。何度も背中を押してくれる彼女のためにも1番おいしいケーキを作るんだ!
次の日、熱は無いけれど頭痛が残っていた。兄貴に「大事をとって休んだ方がいいんじゃない?」と言われたが“紺野さんにメッセージカードほんとにありがとう”と言いたくて制服に腕を通す。
案の定、1·2時間目が終わる頃には辛くなっていて保健室に甘えてしまった。兄貴は「ほんとバカだよね」と言いながらもベッドを使わせてくれた。カーテンを閉めて「ゆっくり休めよ」という兄の声の後、すぐに眠りについた。
目が覚めた。頭がぼんやりしている中、カーテンの向こう側で兄貴と誰かが話しているのが聞こえた。
「すき、です」
聞こえてきたその言葉以上に、その声に耳を疑った。そして瞬間的に意識がハッキリした。紺野さんの声だ。なんで?兄貴のことが?
頭に血液がドッと流れるのを感じる。……もしかしたら他の人かもしれない。他の人であって欲しい、そう思ってカーテンを開けた。
カーテンの先に立っていた彼女から急いで焦点を外し、兄貴の顔を視界に入れる。不自然じゃないように兄貴への言葉を発した。
「兄貴、俺教室戻るわ」
心臓が痛いほど鳴っている。紺野さんに俺はどう映ってるだろう。平然としているように見えてるかな……
「えーと……
先輩、体調大丈夫ですか?」
紺野さんの言いたいことはきっとそれじゃないんだろうな、と思いながら
「うん、大丈夫だよ。昨日はありがとうね」
と返した。この“ありがとう”は昨日と同じ意味の“ありがとう”だった。今日俺が伝えたかった“ありがとう”をこんな気持ちで言いたくなかったからだ。
「じゃあもうすぐ授業始まるから教室戻れよ」
と兄貴が言った途端、逃げるように教室に向かった。この時の俺は自分に向けられていない好意が痛くて痛くて仕方がなかった。




