後輩
高校2年、春。
進級したと実感したのは、教室への階段が1階分減ったこと と バイト先に後輩が出来ることくらいだ。
今日はじめて後輩になる子と会う。どんな子が来るんだろう。 そう思いながら俺は制服に腕を通し、いつも通りを意識して緊張していた。
ドアの開く音がして振り返るとそこには可愛らしいちょこんとした女の子がそこに現れたのだ。
「今日入った子か……何か用かな?」
と声をかけると分かりやすくびくりとされた。
「いえ、なんでもないです……」
目を逸らしながら彼女は言う。
「そう。まあわかんないことあったら聞いてね」
「ありがとうございます」
とペコペコとお辞儀を繰り返す。 見たまんま緊張しているようだ。 緊張を解いて欲しくて声をかけたら、さらに緊張してしまうだろう。 だからサポートしようと俺なりに意気込んだ。
今日のシフトは店長と俺と新しい子だから、あたりまえだけど教育係を任された。
“紺野 椿”と書かれた研修バッチを預かる。何と呼んだらいいのだろうか。
着替えて来た紺野さんに業務内容を説明して、研修バッチを渡した。 早速業務に取り掛かる。 そして僕は彼女に驚かされた。
「いらっしゃいませ」
彼女の声が店に響く。いい笑顔でいい挨拶。
さっき意識してね、と教えたことだ。 言ったことができるいい子なのだろう。 ガチガチに緊張してたのに笑顔で頑張ってる。
俺も頑張ろう、なんて後輩の頑張りが励みになるなんてまだまだだな。 まっすぐで明るい彼女が早く仕事に慣れたらいいなと思って声をかけた。
「どう? 慣れた?」
こんな短時間で慣れるはずないのは分かってるけど声のかけ方が分からなくて答えがわかっている質問をする。
「いえ……まだ少しだけです」
と自信なさげだ。自信を持っていいんだよと伝えたくて
「でもいい挨拶してるじゃん」
と言った。驚いた様子でやっと目を合わせてくれた。
「あ、ありがとうございます。早く仕事に慣れるように頑張りますね」
とにっこり笑う彼女。
「困ったら頼ってね」
と笑い返す。
その後もいい挨拶といい笑顔で接客する紺野さんに励まされながら業務をしているとあっという間に業務時間が終わっていた。 帰ろうとする紺野さんに箱を渡す。
「おつかれさま。これ食べて疲れとってね」
箱の中身はチョコレートケーキだ。
「え、いいんですか? 頂いちゃって······」
申し訳なさそうにする彼女に笑いながらこう言う。
「これ俺が試作中のケーキで食べてみてほしい。感想もお願いしたいんだけどいいかな?」
「わかりました、美味しくいただきます」
「まだ美味しいかわかんないけどね。お疲れ様」
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
と律儀に頭を下げて帰る彼女。 美味しく思ってくれたらいいな。そう思いながら店長の所へ向かう。
「店長、紺野さんとってもいい子ですね。挨拶と笑顔がすごく素敵で俺も頑張ろうと思えたんですよ」
「そうか。それは嬉しいな。職場の雰囲気を良くする子ほど雇用したい人材はいないからな」
「そうなんですね。紺野さんがもっと伸び伸び仕事が出来るように俺も頑張ります!」
「期待してるぞ」
と店長と言葉を交わしながら教育係で良かったと思った。 紺野さんが笑って仕事が出来る環境を守りたい。
家に帰ってきて自分が疲れていることに気づく。 張り切った分、疲れたんだろう。先輩として頑張るのも意外と大変で、すぐに眠りについた。
数日間シフトが入ってなくて久しぶりにバイトに行った。 するとポニーテールに髪を結った紺野さんがいた。
「おつかれ」
と声をかける。
こちらを振り返ってにこりと笑いながら
「おつかれさまです! この間はケーキありがとうございました! 甘くてすごく好きな味でした!」
と言ってくれた。その言葉にほっとする。
「なら良かった!」
この言葉だけ伝えればいいのに“好きな味”と言って貰えたのが嬉しくて、話したくなってしまう。
「店長に今度食べてもらって商品化出来ないか聞いてみたいと思ってるんだよね。」
「私商品化して欲しいです!」
と少し食い気味な様子にさらに自信が湧く。
「俺もそう思う。食べてもらいたい人が居るんだ」
こんな話するの初めてだから少し照れくさい。でも食べてくれてありがとうと思った。
業務をしていると、ひそかに聞こえた
「先輩はケーキを作ることが好きなのかな……」
という紺野さんの言葉を俺は聞き逃さなかった。
「ん? 好きだよ。」
と歩み寄ると少しだけ目を大きくしてこちらを見たので、驚かせたかなと思っていたら直球で
「なんでですか?」
と聞かれた。
「それはね、家がパン屋さんなんだけど、昔余ったパンにホイップクリームとか挟んでケーキ! って言ってたんだよね。
それをお母さんがこのケーキおいしいって食べてくれるのがほんとに嬉しくて、いつか本物のケーキを食べさせてあげたいなって思ってきたから、作るのも食べてもらうのも好きなんだよね」
子供っぽくて普段なら絶対人に言わないことを話す。らしくないなと思った。
すると
「そうなんですね! 素敵です!」
と、にこりと微笑みながらいう彼女の前では、恥ずかしいという気持ちよりも、まだ話していたい、という気持ちが勝ってしまう。
話せば話すほど言いたいことが増える。
彼女は不思議だ。
「だから商品化してお母さんに食べてもらいたいんだよね! お母さんはミルクレープとチョコレートケーキが好きで、いつもケーキを買うときは2つとも頼んでたからどっちも味わえるケーキを作りたくて! なんか恥ずかしいな」
「お母さん、きっと喜びますよ!」
その言葉がどれほど嬉しいか彼女は知らないだろう。
紺野さんに話を聞いてもらってから、より商品化したい! と思ってシフト終わりに試作品を作る。
ミルクレープの生地を作っていると、紺野さんが帰るみたいだったので
「おつかれさま! 気をつけて帰ってね」
「おつかれさまです! お先に失礼します」
と言葉を交わした。




