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「何が、目的ですか」
「さっきも言っただろう。金だ。それ以上の理由が必要か?」
私は目の前の男が、何を言っているのか分からなかった。それでも僅かに残った思考力が、一つの恐ろしい答えを弾き出した。
「どこに、売っているんですか」
彼は、ジャン・ドルレアックは、私の問いに獰猛な笑みを浮かべた。
「これから滅び行く国に投資しても意味はないからな……まあ、私に愛国心など期待するだけ無駄、と言っておこう。そんなもの唾でも吐いて転がしておけ。一銭にもならない」
呆然と立ち竦む私に、呆れたような溜め息を漏らす。その、どこまでも『いつも通り』な対応が、かえって現実感を奪い去っていく。
「サミュエル。そんな下らないことを訊きにきたのか?義憤にでも駆られるような男だったか?違うだろう。さあ、早く核心を突いたらどうかね」
「……貴方が、ロレーヌ家を滅ぼした張本人か」
よく出来ました、とでも言いたげな笑みに、目の前が赤く染まるような気がした。
「直接手を下したのは、私ではないがね。だが、まあ、そうだな。命令したのは、私だ」
「っ、どうして……」
みっともなく、声が掠れているのを感じた。それでも問わずにはいられなかった。それでも心の底では聞きたくないと叫んでいた。
「あの家の先代がね、ロレーヌの一族しか使えない魔法を、誰もが使えるような魔法に改良してると言うものだから。前から邪魔な一族だったが、それを機会に消えてもらうことにした。それだけの事だ」
「っ、信じていたのに、あなたのことをっ!」
「私がお前の信頼を裏切ったと?馬鹿を言うな、サミュエル。私は元より『こちら側』だった。それを知らずに弟子入りしたのはお前自身だし、勝手に『そちら側』へ行ってしまったのはお前だ。むしろ裏切ったのはサミュエル、お前の方だよ」
ドン、と胸を突かれた気がした。師匠の言っていることは、紛れもなく正論だった。
私が裏切り者であるに、違いなかった。何度も自分で気付いたはずだ。私だけが、何も知らない愚か者だったのだ、と。
「むしろ、私はかなり弟子思いの師匠だと、感謝されるべきだと思うがね。もちろん、お前を殺すべきだと言う意見は何度も上がったが、全て私が握り潰してきた。お前の嫌いな汚いことには、一切関わらせずに表の仕事だけを任せ続けて、それでも傍に置いた。お前はとんでもなく鈍いところを除けば有能だし、それ以前に可愛い弟子だ。殺したくはなかった」
優しい笑みに、心が揺らぎそうになるのを必死で堪える。どうしてこんなにも、あっさりと心が揺さぶられるのか。それは紛れもなく、この人が本心から語っているからだ。全て本当の事なのだと、本能で気付いていた。
「それでも、私を殺すなら、好きにしなさい。ただ一つ、勘違いしているかも知れないが、お前がご執心だったディアナ嬢は、私が殺したわけではない。きっかけはそうかも知れないが、あの日の襲撃で死んだのは、彼女以外の者だろう。彼らの死に対して、怒りを抱いているわけではあるまい。さあ、サミュエル。それでも私を殺すかね?」
手が、震える。それでも、それでも
最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
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