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目をギュッと閉じたまま、怯えるように縋る幼子を抱え、窓のそばまで連れて行く。春を目前にして、少しずつ我々の世界に近付きつつある空は、彼を祝福するかのように雲一つなく晴れ渡っていた。
「目を、開けろ」
恐る恐る目を開けた彼は、眩しそうに細められたアメジストから、一筋の涙を零した。
「これが……これが、貴方の見ている世界なんだ」
「ああ」
「空が蒼いって、こういうことなんだ」
「……ああ」
「美しい、ね」
掠れた声で紡がれた言葉が、それが世界の全てだった。
「感覚共有はしたことがないのか」
「もちろん。誰かの感覚を勝手に使うなんて、そんなこと出来ないよ。それに俺は『人間』の中で育ったから、魔法は使わないようにしてたんだ。まだ力も上手く制御できなくて、気を張ってないと触れただけで人とかモノの記憶を読み取っちゃうから、なるべく人に近付かないようにしてたしね」
そう呟いて、机の上に置かれた絵の具箱を、壊れ物でも扱うかのようにそっと開ける。パレットの上に一つずつ原色の絵の具を乗せていく。
「黒、白、赤、青、黄……」
「どうにか、なりそうか」
「絵の具の性格を、一個ずつ覚えれば、きっとね」
「性格」
口の中で呟く私に、彼は少し考えて青の絵の具を指先に付けた。
「例えば、これはツルツルって滑りが良くて、ちょっと重く胸に来る感じの匂いがする。自分の目で見たら、かなり暗い印象のする色になるかな。こっちの黄色は、青に比べて少しザラっとしてて、ツンって澄ました匂いがする。光をいっぱい反射する、眩しい色だね」
両の手に少しずつ取った絵の具を、慎重に混ぜ合わせていく手付きが、やっている事は子供のままごとのようなのに、ひどく震えて緊張しているのが分かった。彼にとって、それだけ『色彩』と言うものは未知に溢れた、右も左も分からない世界なのだと理解させられた。
「わぁ……絵の具を混ぜると、別の色になるって本当なんだ。ええと、これは」
「緑だ」
「みどり……それって確か、ああ、あった」
絵の具箱から緑を取り出して、またパレットに乗せる。
「同じ緑でも、全然違うね。俺が作った色の方が、ずっと柔らかい感じがするよ」
それは私にでも分かる程度の色の違いだった。どちらかと言えば黄色の押し出された緑は、どことなくマットな感じのする既成品の緑よりも、温かみのある印象を与えた。
最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。
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