↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子──前編──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/127

77話:歌劇の題材

「──フェノア」


 シェイラが、イディオンを伴って、フェノアの研究室に顔を出すと、フェノアはなにかの楽譜を見ながら、音律を取っている最中だった。


 汚部屋と言われていた研究室は、シェイラの自動化魔術によって、現在はなんとかまともな体裁を保っている。使いっぱなしの茶器なども今のところ放置されていない。

 内心でほっとする。


 フェノアは、すぐにぱっと顔をあげた。シェイラを認めて、それから後ろに見えたイディオンの影を捉えると、椅子が倒れる勢いで立ち上がった。



「殿下じゃございませんか!」



 倍音の乗った声が研究室に反響する。

 少しだけ、耳が痛くなった。


 イディオンは、慌ててシェイラの長外套(ローブ)に少し隠れ、肯くようにする。



「ほんとうに、殿下ですのね! すごいわあ、シェイラ。やっぱりあなたってすごいのね。殿下がこんなぼろぼろの大学塔に顔を出されるなんて、はじめてじゃないですか」



 フェノアは立ち上がると、研究室から出るようにして、シェイラとイディオンを共同空間の談話室に追い返すようにした。後ろ手に閉めると、イディオンをまじまじと見ながら言う。



「はじめまして、殿下。フェノア・マリアと申します。と、言いつつも、わたくしは宮殿で歌を披露しておりますので、お見知りではあるかもしれませんが」


「イディオンだ。いつも宮中を盛り上げてもらって感謝する」


「まあ!」



 フェノアはうっとりと頬に両手をやった。



「とてもいい声をされておりますのね! フィシェーユの去勢歌手(カストラート)も顔負けのお声ですわ! どうです? うちの国に遊学されませんか? 三王の一人が手ほどきいたしますわよ?」


「フェノア、イディさんに野蛮な誘いはやめてください」



 シェイラは白い目で言う。



「あら、野蛮な誘いって失礼ね」


「去勢歌手は、野蛮であると一部から非難されています」


「それは決めつけね。ちゃあんと、本人たちが望んでやっているんだから。

 ──どうです、殿下? あとは殿下のご意志のみですわよ?」


「……丁重に断る」



 イディオンがいささか引いた様子で言えば、フェノアはつまらなそうに肩をすくめて両手をあげるようにした。

 フェノアのことだから、これからもイディオンに何度も誘いをかけるような気がする。

 シェイラは危ない魔導師と引き合わせてしまったと、げんなりした気分になった。



「──それで、わたしになにか用?」



 フェノアは、うふふ、と朱唇(しゅしん)を妖艶に描きながら、シェイラに本題を尋ねる。



「ラムル師の研究室はどこか知ってますか? この階の談話室を共用していないので、わからず」


「げっ」



 シェイラが答えると、フェノアは美しいかんばせを不愉快そうに歪めた。

 そんな顔をするフェノアをはじめて見たので、シェイラは目をぱちぱちとさせる。



「仲悪いんですか?」


「……ちがうわよ。ラムル師は、わたしに気色悪い恋文を送りつけてくるから、あまり関わり合いたくないのよ」


「え」


「あの魔導師、言葉の選択が絶望的に古いのよね。今時、歌劇でもあんな言葉使ったりしないわ」


「……そ、そうなんですか」



 長葱の新しい一面を知ってしまって、シェイラは一瞬だけ引いてしまった。


(いけないですいけないです、シェイラータ)


 そうやって人に対して偏見を持ってはいけない、と自分をたしなめる。



「……まあ、仕方ないから教えてあげる。あんまり関わりたくないのに教えてあげるんだから、なにかと引き換えじゃないと、割に合わないわ」



 フェノアは言うと、性の悪い笑みを浮かべた。傾国の笑みだ。

 シェイラはいやな予感を覚える。



「ねえ、教えてよ」


「なにがですか」


「決まってるじゃない!」



 フェノアは、両手を合わせてうっとりと言った。



「あなたの恋の話! 両想いだったんでしょう?」


「……覚えてたんですか」



 シェイラは食い気味のフェノアに後退る。

 後ろに隠れていたイディオンが、ちらっとシェイラを見上げた。



「覚えてるに決まってるじゃない! そんなおいしい話題!」


「いやですよ。引き換えにしません。身売りじゃないですか」


「ええー。だって、絶対に面白いじゃない!」


「……面白くありませんよ、なにも」



 シェイラは、ぽつりと言う。



「もう……、どうにもならないんですから」



 シェイラが、言い聞かせるように噛み締めるのを見て、フェノアは、数秒その様子を見てから、にやっと笑う。

 ラムルの研究室に足を向けながら、楽しそうにつぶやく。



「そう。悲恋なのね?」


「…………」


「悲恋はいいわねえ。歌劇でも、舞踊劇でも、いい題材」


「……わたしのは、題材になりませんよ」


「どうかしらねえ。だってあなた、オルリアの貴族だったのでしょう? だけど、貴族の位を剥奪されている。それと関係あるのじゃなくって?」


「…………」


「もうっ、だんまりなんだから。でもまあ、今日のところはこれくらいにしておいてあげる」



 フェノアは、見上げるイディオンを瞥見(べっけん)する。



「こわい御方が睨みを利かせているもの」



 フェノアは、ころころと美しい声を転がす。

 言われてシェイラは、はじめて気がついたように、イディオンを見た。苦笑する。



「つまらないお話を聞かせましたね」


「いや。だが、フェノア師、」



 イディオンはシェイラの言葉を短く否定してから、柳弦(リュート)の音を低くした。



「シェイラをいじめないでやってくれ」


「あら」


「シェイラが困っている」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。