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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子──前編──

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67話:途切れた{導線}

「いや、その……」



 一応、とぼそっとつぶやかれる。

 それがイディオン少年の照れ隠しなのだというのは、視線をそらされて身じろぎをする仕草から読み取ることができた。


 いい子だな、とあらためて思う。



「ご心配ありがとうございます」



 シェイラが言えば、うん、とイディオンは肯かれる。そらされた視線が何度か左右を行き来すると顔が上がった。



「……心配した」




 小さく、一言。


「すみません、その……少しどじったんです。反省でしかないです」


「あなたは約束をやぶるような人じゃないから……だから余計に……」



 心配した、と柳弦(リュート)の高い音は言う。



「ありがとうございます。これからは気をつけます」



 護符を持ち歩かなかった自分の失敗も含めて、気を付けなければいけない。



「すごい苦しそうだった……」


「はい、すみません。これからは、そうならないように気を付けます」


「約束してくれ」


「約束します」


「絶対だ」


「絶対です」



 イディオンの心配に、シェイラが徹底して応じると、やっとつかえは取れたようだった。張っていた弦がゆるんだように、溜息まじりにふっと息がひとつ吐き出される。


 イディオンは茶器を再度取って口に運ぶと、茶の味をやっと思い出したように小さな笑みをこぼした。

 シェイラはイディオンに合わせるように茶器を口に運ぶ。



「──ところで、なのですが」



 飲み終えると、切り出した。



「イディさんは、魔法が使えるようになりたい。そのお気持ちは、今、おありですか?」


「……ああ」



 その話題について、イディオンから明確に返事があったのは今回がはじめてだった。

 幾分、空気がぴりつく。



「ならば、そろそろ、なぜ魔法が使えないのか考えましょう」



 シェイラは言う。

 縹色の瞳が向けられる。



「なぜを考えて、どうやったら使えるようになるのか考えましょう。イディさんにとって、それはもしかしたら……つらいことと向き合わねばならないかもしれません」



 ただ、とシェイラは一旦言葉を切る。



「わたしもご一緒します。なので、一緒に考えましょう」


「一緒に?」


「はい、一緒に。だって、わたしが一方的に伝えるものでも考えるものでもないです。そもそも、イディさんに関することですし、イディさんの気持ちがあって、願いがあって、成り立つものです」


「…………」


「ですので、一緒にです。よいですか?」


「……わかった」



 しばしの間ののち、明確に強い首肯だった。イディオンの意志を感じられて、シェイラはほっとする。


 これでやっと、一番イディオンが困っていたことに手を伸ばせる気がする。今までの自分の関わりがまちがいではなかったと少し思える。

 シェイラは心ノ理学に少し詳しく、子どもとの関わりも経験があるだけで、すべてに自信があるわけではない。


 ひとつひとつ積み重ねていって、やっと手を伸ばせるようになることがある。


 それだって、今のイディオンや、これまで関わったセレリウスたちのように本人の意志がなければ、伸ばせることではないのだ。

 外の人間がなにを言ったとしても、困っている本人がどうしたいかが、一番大事だとシェイラは思う。



「……あなたは、不思議な人だ」



 シェイラがぼんやりそう思っていると、イディオンのつぶやきが聞こえた。

 見れば、第一王子は、はじめてこの場で会った時のように、王都ガルバーンのほうを見ながらつづけた。



「魔導師なのに、一緒に、というのだな」


「イディさんのことですよ。当たり前じゃないですか」



 少なくとも、シェイラのなかで本人の意思確認は、絶対するものだ。

 不思議もなにもない。


 イディオンは、窓の外を見つづけながら言う。



「いや、今までぼくを見た魔導師や医術師たちはそうではなかった」


「王子さまですよね? 勝手に見るんですか? 無礼です、無礼」



 シェイラは冗談混じりにいらえる。

 イディオンは、それには乗ってこなかった。



「……王子、だからだろうな。王子という名の、物を見ているんだ。王子だからどうにかしなければ。王子だから治さなければ。勝手に診て、勝手に匙を投げていく。そこに、ぼくがどうしたいか、の意志なんてなかったよ」



 イディオンは、唇を片方だけ上げて、自嘲するように笑う。

 視線を窓の外からシェイラに戻す。



「──ぼくは、途切れた{導線}なんだ」


「え?」



 唐突な話題の変容に、シェイラはイディオンを見る。

 イディオンはおだやかに、されど諦念を孕(はら)んだ声で言う。



「断絶した、{導線}。それが、ぼくだ」


「…………」



 シェイラはその表現に、喚起される記憶があった。

 昔、似て、非なることを言った覚えがある。──ヴィクトルに。



「……こっち来て。話すよ。約束だから」



 言って、イディオンは立ち上がると、あの研究室のような書斎のような空間にシェイラを招いた。


 日中でも薄暗く埃っぽい部屋に、イディオンの数年の蓄積がある。

 適当に座ってと言われて、シェイラは魔導書が積み上がっていた腰かけを見つける。魔導書は慎重にそっと床へ移動し、座った。


 そのあいだに、イディオンが魔導具の宵燈(ランプ)に明かりを灯す。ぽうっと室内が明るくなった。


 イディオンは書き物机の隅にちょこんと腰かける。

 そうして間をおくこともなく、すでに心の準備は終えていたように、イディオンは語りはじめた。




「ぼくは、生まれたときから{導線}を走っている人間だったんだ」



 

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