66話:かくれんぼの終わり
女王の期待に足が重くなるのを感じながらも、謁見していた居館から出る。政を行う本館や王族の居館は、王都ガルバーンの城山の頂上にあり、周囲を第二の城壁がぐるりとしていた。
夏の暑さを押しのけて、モルベンドの月の、秋の香りを感じる。木々の紅葉がはじまりかけている。
ものものしい検問を終えて第二城壁をくだれば、第一王子宮へと至る小路につながる。
東屋や小さな塔を抜けると、イディオンの住まう宮はすぐそこだった。
シェイラは、近衛に名乗る。
「こんにちは、魔導師のシェイラータです」
「シェイラータさま! お待ちしてました! 先日はご体調が悪かったということでしたが、もうお体はよくなられましたか?」
「はい、もうすっかり」
「そうですか、よかったです。殿下も、我々も心配しておりました。どうぞ、なかへ。殿下も今か今かとお待ちになっています」
ゼイドという名の近衛だった。赤髪に茶色の目を持つ。明るくシェイラに返して、扉を開いてくれる。
はじめて登城した初日に、イディオンに口うるさく声をかえていたのがこのゼイドだった。口うるさいのは、どうやら下に小さな兄弟が多いからということを、青髪の侍女テニアより聞いた。青髪青目の侍女テニアと、赤髪のゼイドは幼なじみなのだという。
訪問するうちに知り得た情報だった。
ゼイドにしろ、テニアにしろ、他の近習らにしろ、はじめはシェイラの顔色を窺うような様子があったけれど、シェイラが怒鳴り散らさないとわかってからは気安く話しかけてくれる。
(怒っていいことってないですよね)
よい人間関係には、まずおだやかさが一番であるとシェイラは断言する。
一方で、ラムルのような怒ってばかりの人間とも、シェイラは関係を築かなければいけない。残りの期間を考えると、そろそろラムルに対しても手立てを講じなければいけなかった。
(あの方は、なぜあんなに怒るんでしょうか……)
ラムルは、盛夏ノ休暇が開けて、シェイラが福音ノ日に訪れるようになると、すべてシェイラに任せてしまって、来なくなってしまった。
ラムル師をどう巻き込んでいくのか、考えていかなければいけない。
シェイラは耳飾りを弾きながら考える。
「──シェイラ!」
いつの間にか、主室に足を踏み入れていた。シェイラは、突然聞こえてきたイディオンの声にびっくりした。思考に入り込んでいたために、声をあげて驚く。シェイラの声に、イディオンのほうも驚いて、互いに目を丸くし、視線を合わせた。
「あ、イディさん、すみません、ちょっと考えごとをしていまして」
「あ、いや、ぼくのほうこそ、いきなり声をかけた」
ものすごく気まずそうにイディオンが、俯く。
シェイラは目をぱちぱちとしばたいて、そんなイディオンを見やる。
(あれ、待ってくださっているの、はじめてでは……?)
気づいたことに、シェイラはうれしくなる。膝をついて、イディオンと同じ視線になると感動をあらわにした。
「お部屋にいらっしゃいます!」
「え、あ、うん」
「中に、いらっしゃる……! かくれんぼ、してないです!」
「うん……」
「イディさん、待っててくださってたんですか?」
「……うん」
シェイラは両手を合わせて、喜色を浮かべる。
シェイラの異様な様子に、イディオンはたじたじで一歩下がった。顔が引きつったようになっている。
「ありがとうございます。とってもうれしいです」
「……いや、その、むしろ今まで……申しわけなかった」
「そんなことないです。いてくださるのはうれしいですが、かくれんぼしておしゃべりするのも楽しかったですよ?」
「……うん」
消え入りそうな声変わり前の高い声に、シェイラはぎゅっとしたくなった。
嫌われたくないので我慢しておく。
「謝るのはわたしのほうですよ」
シェイラは言って、イディオンの両手をそっと取った。
びくっとされるが、振り払われはしない。
シェイラは、イディオンの縹色を見て、しっかりと言う。
「先週は申しわけございませんでした。約束を守れず、お誕生のお祝いにも参上できず」
「……べつに、いい。もう聞いた。それに、もう一度約束もしたから」
気にしてない、と返されて目線を逸らされると、シェイラはまたもや、抱きしめて頭をなでたくなった。孤児院のかわいい子どもたちを思い出す。
さすがに王子さまに対してそれをやると不敬も甚だしいので、ぐっとこらえた。頭のなかで妄想するだけにしておく。
「ありがとうございます」
シェイラは立ち上がってすぐに、イディオンの手を離した。
ぱっと引っ込められる。短かったけれど、そういう問題ではないようだった。後ろ手に隠されてしまう。
「……もう体調は、大丈夫か?」
後ろ手を弄いながら、イディオンはシェイラに尋ねた。
そのまま、応接間にある壁窪窓の座面に腰をかける。この部屋での定位置のようだった。
「はい。この通り、もう大丈夫です。お見舞いをありがとうございました」
シェイラも、適当に空いている長椅子に腰かけると、間もなくして青髪の侍女テニアが茶を持ってやってきた。
シェイラが来たのを認めてすぐに用意をはじめたのだろう。よくできた侍女だ。
「……そっか」
淹れてきた茶を口に含んでから、イディオンは相槌を打つ。
シェイラも茶を口に啜りながら、横目にイディオンが茶器の底を見て止まっている様子を目にいれる。
「もしかして、ずっと心配してくださっていたのですか?」




