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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第5章:できそこないの王子──前編──

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64話:途切れた{導線}

「──トールは、これみたいです。いつも、当たり前に、そのうえを走っている。選ぶことができず、敷かれた線を、走っているんです」



 ヴィクトルは、シェイラが指し示す板を見る。なにかの魔導具の基板のようだった。

 {始点}と{終点}が定められ、{導線}が敷かれている。ほかに{分岐点}が三つだけ定められているだけの、ごく簡単な自動化魔術の基板だった。説明用の模型として使われているだけのものだ。


 王宮内の一室で、ヴィクトルたち王族が魔導師らから授業を受けるための部屋だった。教材のようなものは、そこら中の棚にある。



「私が、{導線}?」


「正確には、{導線}の上を走る魔法の力、そのものです。

 ほんとうは……べつの道だってあるのに。もう敷かれてしまっているから……選べないんです」



 シェイラの言いようは淡然としているのに、どこか悲しげだった。嘆いているようにも聞こえる。

 ヴィクトルは言われてはじめて気づいたことだった。


 そんなふうに、自分の道を考えたことなど、なかった。


 上から見る。俯瞰する。敷かれた道。{導線}上を自分は走っている。


 たしかに、と思った。

 たしかに、そうだ。聖王家に生まれた時から、ずっと。


 指摘されるまで、敷かれていているままを走っていることに、気づいていなかった。言われなければ、もしかしたらずっと気づかないままだったかもしれない。


 気づき、見て、同時に悟る。

 だが、それは今後も変わらない。


 ──聖王家に生まれた以上、ヴィクトルがこの線を脱線するということは、ありえないのだ。


 それは、己の生まれてからの責務で担わなければいけないものだからだ。

 なら、せめて──……



「……じゃあ、ラータは?」


「わたし?」



 ヴィクトルに尋ねられて、シェイラは驚いたようにする。

 自分の路(みち)なんてまったく考えていなかった。そんな顔だった。



「君は、どこを走っている?」


「わたしは……」



 ──隣を。

 敷かれているなら。もう選ぶことができないのなら。ならば。


(隣に。ずっと)


 ヴィクトルが思ったのは、それだけだった。

 シェイラがなにを考えているのかは、俯いていてよくわからなかった。


 わかったのは、それから少し経ってからのことだった。



「……これ、あの」



 おずおずと、差し出されたものを、ヴィクトルは受け取った。

 腕環(バングル)だった。よく、できていた。


 金の腕環。中央に、紅いファル石。ヴィクトルの色を気にとめて用意してくれたのだとわかった。



「ありがとう。くれるの? 私に?」



 こくりと、肯かれる。急な贈り物だったけど、うれしかった。



「きれいだね。どこの工房? いい職人だ」


「……わたしが」


「ん?」


「……それ、わたしが作りました」



 びっくりした。もう一度渡されたものを見る。ほんとうによくできていた。いつ作ったのだろう。飛び級して大学府に通いはじめて忙しいはずだ。

 シェイラは、細工物を作る才能もあるらしい。



「君が……」


「……はい」


「そうか」



 自分のために作ってくれたと思えば、さきほどよりも強く込み上げてくるものがあった。早速、左腕に通す。

 ずっと昔から付けていたように、肌によく馴染んだ。



「どうやって作ったの?」



 なんとなく聞いてみる。



「川でさらって」


「え?」


「エシアの砂金です。川でさらって、取り出して、それで取り出したものを熱すると、不純物が落ちるので、きれいになるんです。それで型を取って……このあたりは、ひとりで全部は難しかったので、彫金(ちょうきん)工房にお邪魔して──」


「待って待って待って」



 なに言っているんだ。

 忙しい合間を縫って、エシアまで行ったのか。



「砂金から作ったの?」


「はい」


「型入れして、石探して、石留めて?」


「はい」



 驚きすぎた。

 同時に心配にもなる。



「火傷、しなかった?」


「…………少しだけ」


「……なんでそんな危ないことを」



 だめだよ、とは言いたくなかった。言いたいけれど、言わなかった。

 両手の、おそらく火傷の痕を隠すようにしているのは、あとで暴いてやろうと思う。



「魔法は、」



 シェイラが小さく言う。



「……魔法は、手間にこもるんです。手間が大事なんです」


「手間?」


「時間をかけて、手をこめて、そういったものに真の魔法は……宿るんです」



 わたしは魔法が使えないから、とシェイラは視線を下げてつぶやく。



「……だから、いにしえのユベーヌのまじないを込めました。〈導脈〉がなくても、ユベーヌのまじないは手間をかけるから、効くんです。母さんが、そう言ってました。教えてくれました」


「まじない……」



 どんな、まじないをかけてくれたのだろう。



「──守りを」


「守り?」


「トールを守ってくれますように。これから……蟲と戦うようになるあなたを、守ってくれますように。傷つきませんように」



 そんな願いを込めたという。



「……わたしは……、あなたの隣にいることしかできないから。隣で、あなたの{導線}と一緒に走ることしかできないから。だから……そう、祈りをこめました」



 いつかの問いかけの、応えだった。

 俯いて、顔を赤くした彼女の、明確な応えだった。



「……ありがとう」



(ああ……)


 自分の敷かれた{導線}を、伴に歩んでくれるのは。歩んでほしいのは──……








「──ヴィック?」


 名を呼ばれて、ヴィクトルは我に返る。

 聖女が──ヒバリが、不審そうに自分を見ていた。


 無意識に剥がれ落ちていた無私の仮面を付け直す。どうしようもない苦汁が口のなかに流れ込んでいて、うまく付け直すことができなかった。


 そんな様子にヒバリのほうが驚いたようで、だがなにも言わずに、ヴィクトルの空いている肘に、腕をすべり込ませてきた。



「……あたしたちは、どちらも同じ」


「…………」


「聖女として、聖剣使いとして、レールの上を走らされている。どうしようもなく。抜け出すこともできず。走らされているとわかってるのに、逃げることはできない」


「……そうだな」


「もう決まってる同士、あたしたちは運命共同体だよ、ヴィック」



 ヒバリの声は、諦めろ、と言っている。


 諦めろ。

 もう戻れない。

 もう、終わっている。



「……ああ」



(そうだ)


 もう、あの頃には、決して戻れないのだ。無私の、仮面が戻ってくる。



「だから、せめて楽しく過ごそう?」


「……そうだね」


「楽しく、他愛もなく、過ごそう?」


「……ああ」


「あたしもね……やっと、この数ヶ月で諦めがついてきた。時間かかりすぎて、ごめん」



 ヴィクトルは右腕にいるヒバリを覗いた。

 そこには、さっきも見た、もの哀しい娘がいた。聖剣の力──ヴィクトルの詠唱によって、故郷から突然離され、召喚された憐れな娘を。



「あたし、聖女ちゃんとやるよ」


「……助かる」


「だから、ヴィックもちゃんと聖剣使いと王子さまやって」


「ああ……わかっている」


「王子さまとして、婚約者のあたしを、大事にして」


「……もちろんだ」



 そうだ。ヴィクトルが今大事にしなければいけないのは、この憐れな娘なのだ。

 責務としての罪悪感を誘う娘を大事にすることしか、今のヴィクトルにできることはなかった。


 左手首が、肌なじみのよい金環の心地を、持て余していた。

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