57話:ファル石廃坑
──第三回班別対抗戦。
セゾン県にあるファル石廃坑が、高等魔術学院の実践場所として選ばれた。その日は、〈大地ノ日〉だった。
やることは、一回目、二回目と大きく変わらない。坑道内に隠されたファル石を発見し、日没まで持っていた班に石ごとの点数が入る。他班から、ファル石を奪取することは構わない。ただし、元素魔術を使用して、大きな怪我をさせるなどの危害を加えないこと。
これが学院四年生の対抗戦の決まりだ。
学年が上がると、もっと複雑になり、危険になる。五年生になると、道中に規模の大きい罠などが仕掛けられる。六年生や七年生になると、〈魔導霧〉の出る場所や季節での演習が主となる。
学院を卒業したものは、蟲への対抗が実践としてできるようになっているのだ。
元素魔術の判定を受けたものは、専科の授業のなかでさらに系統を極める。個人戦や団体戦も行えるようになり、そうしたものたちは討伐隊や討伐団に所属をしていく。力の強いものは大学府でより力を磨き上げるものも多いが、だいたいはどこかの組織に所属し、実践の場で力を養う。
セレリウスは、ヴァックス家の人間として討伐団に所属をしながら、自身の力を極めていくことになるのだろう。
自身の〈導脈〉を感じながら思う。
(加えて、精霊の力をかりることができれば……)
ヴァックス家としては、辺境領主としての力を誇示できて万々歳なのだろう。
セレリウスにはよくわからないが、受け入れてもらうからには果たすしかない。
手に巻き付けた振り子の先を握りしめる。
そうすると、耳の奥なのか隧道の壁なのか、距離感のつかめない場所で風鳴りのような囁き声が聞こえる。不思議な感覚だ。
──これが精霊の声と呼べるものらしい。
先週、導師から振り子をもらうと、握りしめた時に聞こえることがわかった。もうひとつ、杖も試したが、そちらは握ってもよくわからなかった。振り子のほうが自分には合っているらしいとわかって、杖のほうは導師に返却した。
見たことのない陶製の振り子は、特注らしい。
受け取った時、担任教師の「よかったね」という声に、どことなく素直に肯いてしまった。導師へのありがたい、という気持ちも生じる。
セレリウスが感じていた憂さを、担任からも導師からも否定されなかったからかもしれない。
いいところがある、と言われたことも、うれしかった。
──いいところがある、いいところがある、いいところがある。
頭のなかで何度も繰り返されるくらいにはうれしかった。
(僕にも、いいところがあるのか)
自分には、人間としてのよさは欠片もないものと思っていた。
ヨハルが絡んでくれていたのは、ヨハルがいいやつで奇特なやつだから、絡んでくれると思っていた。理解者ではあったが、セレリウスにいいところがあると思って付き合ってくれているとはまったく思っていなかった。
だから、担任から言われたことは青天の霹靂であり、霧間に射す光のように喜びたくなった。
感謝、というやつである。
思うと、人に自分ばかりが合わせなければいけない、という気持ちは少しだけ薄らいだ。
なくなりはしない。
擬態している、という感じも払拭はできない。
けれど、休暇前後の高ぶるような気持ちは薄らいでいた。
(僕にも、いいところがある)
それは、セレリウスのなかで、護符のような役割になって日々を奮い立たせている。
だがしかし、なぜか別の日に、担任は謝ってきた。
「──セレリウスくん、ごめん」
文脈がまったくわからなくて、セレリウスは正直にわからないことを告げた。
「今まで担任として、なにもできなくて、ごめん」
もう一度謝られてもさっぱりわからない。
「すみません、僕にわかるように結論からなんのことか説明してください」
「……君が、学環で嫌な目に遭っている時、担任としてなにもしなくてごめん」
「なるほど」
「気づいてたのに、黙認してごめん」
「はい」
「謝って済むことじゃないけど、ごめん」
「べつに謝らなくていいですよ」
セレリウスが返せば、担任は間抜けな顔をした。
「僕も、先生が気づいているのになにもしないのをわかっていたので、謝られることじゃないです」
「……ええええ、え、いや、それ最悪だよね? 最悪だよ。もう、私、最悪だよ……担任失格だよ……恩師に顔向けできない……」
「うじうじしているところ悪いですが、致し方ないと思います。先生がどうのこうのできる空気感ではなかったと思うので、致し方ないです」
「あのね、致し方ないというのは、ちがうというか。人間の誠実さとか倫理に基づくというか──」
「──先生も孤児院出身だったんですよね?」
担任は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。
セレリウスのなかでつながりはあったが、担任はつながりをつかめなかったらしい。それくらいの表情はわかる。
「先生も孤児院出身だから、うまく人に伝える術を学べなかったんだと思います」
「……う、うん」
「あそこは一人ひとりの声を奪うから」
「……うん」
「だから、意思表示の術を学べない。先生がそうなるのは致し方ないです」
「なるほど……?」
でも、と担任は自分がやってきたことを受け入れられないように、否定の語を用いる。
「謝罪は受け入れました。もういいです。もちろん、嫌な気持ちにはなりましたし、先生のことを腹立たしく思うこともありましたが、致し方なかったって思います。それ以上、謝罪されるほうが不快に感じます」
「う、うん……でも、」
ごめん、と最後の言葉は聞き逃すことにした。
「僕としては、先生がきちんと僕のよさを見てくれていたことのほうが大事です。元気が出ました。ありがとうございます」
「そ、それは、よかった……?」
「はい、よかったです」
ありがとうございます、と礼を言えば、担任は少しだけ顔色を戻していた。
『見つかるといいな』
ヨハルが言っていた言葉を思い出す。
お前の理解者、見つかるといいな。
(見つかったよ)
案外、そばにいた。世の中、捨てたもんじゃない。
セレリウスは、今度ヨハルへの手紙にはそんなことを綴ろうと思う。
(こいつらとは、変わらずだが)
目の前を歩く、一番と十三番と、二十番。
護符があったとしても、住む世界の異なる人間とは、共有されているはずの言語さえ異なるように感じる。
だが、もしかしたら、セレリウスのいいところをわかってもらえるかもしれない、と思うと、この対抗戦の時間もなんとか一緒に歩めるような気がした。
「──屈んでくれ」
歩いていると、しっと指を立てて、先頭を歩く二十番がしゃがんだ。一番と、十三番が応じてしゃがむ。セレリウスも一拍遅れて、その場に屈んだ。
足元がじめついている。地ネズミやムカデの死骸が転がる。ところどころ、補うようにして張られている梁は、脇を支える柱とともに、木材が腐って、あまり意味をなしていない。剥き出しになっているごつごつとした岩の壁は、二十番が覗き込む場所で途切れていた。うす寒いなかで黴臭さが鼻をさす。
「他の班が戦ってる」
途切れた先は、開けた場所になっているらしい。
戦闘音が反響している。セレリウスも下を覗き込めば、戦っている班のなかに顎女がいた。顎女は同い年だが、ちがう学環の班にいるのだ。
「見つけたものを取り合ってる?」
「わからない」
「{探索}を使って……」
そんなやり取りが聞こえるなか、セレリウスの耳にはべつの声が届く。
──《……ナイ》
(なんだ……?)
耳を、研ぎ澄ます。
──《危、ナイ、危険》
──《逃ゲる、逃げル》
警告の声が届く。
(精霊の声か……?)
なにを言っている。危険とは、なんだ。
無意識に、振り子を握る。
ぶくぶくっという泡のような音がした。湿った土から泡が出てきて、足裏から体を突き抜けていく。
──《逃ゲて、逃げテ》
鮮明に聞こえた瞬間、坑道から下の空間につんざくような悲鳴が響き渡った。
同時に轟音。
地の揺れ。
「なに……っ?」
十三番の女が言う。
一番の女が、二十番の男の袖を掴む。
セレリウスは三人の隙間を縫うようにして、柱を掴んで下を覗き込んだ。揺れがつづく。
天井の一部が落ちたのか土煙が舞っていた。煙が晴れていくなかで、{灯火}の明かりに、二班八名が倒れているのがわかる。
ヴァックス家の嫡子である顎女も倒れていた。
「──助けるぞ!」
同じように覗いて指示をした二十番の声に、一瞬セレリウスは足が止まった。
声がまだ、セレリウスには聞こえる。まだ危険と警告をしている。
セレリウス自身の判断もまた、助けるのではなく、この場から退避しろと言っている。常なる判断なら、ここでひとり離脱するところだ。
──だが。
ちらっと、二十番の男と視線が交錯した。
「……セレリウスも、行くぞ」
名指しで、指示を受ける。
(覚えていたのか)
『僕は名指しで指示を受けなかった。僕だって、きちんと言われたらやった』
自分の発言。春の第一回対抗戦。
その時の発言を受けて、二十番が発したのだとわかった。
──セレリウスに伝わるように。
ぎりっ、と八重歯を噛む。
(僕は……)
今は、自分が行動を変えるべき時だ。




