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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児──後編──

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56話:約束

 シェイラは、そのまま頭ひとつ分小さいイディオンの背を追う。


 ややもせずに、陶器工房の吊り看板が目に入った。

 工房の入口は開けていて、簡素な樫(かし)の板材で枠が取られているのみだ。シェイラとイディオンが戸をくぐると、しまいの片づけをしている最中だった。土を捏(こ)ね終える者、ろくろを止める者、焼成前のやわらかい器を運ぶもの、全員がばたばたとしていた。


 薄暮の影に、シェイラたちを気にするものはいなかった。



「──ごめんくださいな」



 声に{拡声}を込める。

 凛と、シェイラの声が工房に響いて、全員が一度手を止める。互いが互いを見やって、それからひとりが手を挙げると、また皆もとの片づけに戻っていった。



「魔導師か。何用です?」



 工房の親方であろうか。シェイラの肩留め(フィブラ)をちらっと見て尋ねる。指先が粘土にまみれて爪のなかにも入っていた。



「こんな時間にごめんなさい。ご相談したいことがあって、参りました」



 親指の先で隅を指される。壺類が並んだ棚のそばに、簡易な長椅子と長机があった。向かい合うようにして座る。シェイラの隣に、イディオンもちょこんと座った。



「けったいな壺のご注文じゃありませんよね?」


「けったいな?」


「先日来た魔導師は、飲んでも飲んでもなくならない酒壺をご要望でしたよ」



 男の言葉にシェイラとイディオンは笑った。

 冗談を言って和ませようとしてくれているらしい。



「酒壺を呷るように見えます?」


「魔導師は年齢不詳ですからね」


「たしかに」


「それで、ご注文は?」


「振り子(ペンデュラム)と杖を作っていただきたいんです」



 シェイラが言えば、男は棚から汚れたパムの植物紙を出す。そこらに置いてあった角墨(コンテ)も持ってくる。



「触媒ですか?」


「そうです」


「陶工に触媒ねえ……」



 さっさっ、と角墨で下絵を描いていく。手慣れたものだった。



「こんな感じですか?」



 あっという間に、振り子と杖を書き終えて、男はシェイラに確認する。



「いいです。もしよかったら、もう一度どちらか合ったもので注文させていただくかもしれません」


「他にこだわりは?」


「女王国の土はありますか? それで本体と、それから釉薬も」


「女王国の土かあ……」



 あったかなあ、と言って男は土埃だらけの頭を掻く。立ち上がると、棚の壺を覗く。覗きながら、尋ねられる。



「納期は?」


「なるべくはやくです」



 シェイラの答えに、男は唸りながら壺を覗く。ひと通り見終えると、ここにはない、と言って椅子に戻った。



「努力はしてみましょう」


「特急料金を上乗せします?」


「上乗せしていただいたら、まあ腕まくりはいたしますよ」


「じゃあ、お願いします」



 男はさらにシェイラにこだわりを確認する。



「絵付けに、これもお願いしていいですか?」



 シェイラは言うと、植物紙の隅に角墨をかりて、陣を描いた。計算はいらない。シェイラの手になじみのある、陣を描く。

 書き終えた陣を見ると、男は覗き込んで今度は顎を掻いた。



「あんまり見たことがないですねえ」


「古くからのおまじないです。融和を願っています」


「はへえ。魔導師さまっていうのは、いろいろお詳しい」



 この陣は小さくてもいいのか悪いのか、などを最後に確認すると、振り子と杖の意匠は完成だった。

 特急料金を乗せたふたつ分の金子を払い終えると、シェイラはイディオンとともに工房を出た。


 すでに夕陽はすっかり沈んで、夜闇のなかに、ガルバーンの七色の輝きが浮かんでいた。

 イディオンは終始無言でやり取りを眺めていたが、シェイラのあとを追いながら顎に手を当てて、なおもなにかを考えている。



「──シェイラ」



 呼ばれて振り返る。



「ぼくは、あの陣を見たことがない」



 イディオンの瞳がシェイラを貫いた。


(よく見ていますね)


 シェイラは思う。

 さきほど、イディオンはシェイラをよく見ていると言ったが、イディオンもまたよく見ている。観察眼があり、鋭い。記憶力も優れているのだろう。



「そうだと思いますよ」



 シェイラは薄く笑う。



「……これと一緒か?」



 イディオンは胸元に手をやると、襯衣(シャツ)の下から銀色のものを出した。──ラリシャ銀のお守り。シェイラが作ってあげたもの。



「わあ……! 付けてくださっているんですね!」



 認識すると、うれしくなってシェイラは思わず声をあげた。

 イディオンは少しだけひるんだようになる。けれど、本題を思い出したのか、取り出したものを掲げて言う。



「これに彫られているのも、見たことがない陣だ」


「それはですねえ。よく眠れますようにっていうおまじないなんですよ」



 シェイラが素知らぬ様子でけらっと言うと、イディオンが顔をしかめる。



「シェイラ、話をそらさないで」



 騙されてはくれないらしい。

 聡い子だなとシェイラは思う。



「……これには、線上文字が使われている。古い、古い文字だ」


「そうですね。今では使われませんね」


「亡国の文字だ。忌月の……ユベーヌ呪法の文字だ」


「…………」


「シェイラはなんで、そんな文字を使った陣を書ける?」



 イディオンは、ほんとうに鋭いし、よく物を知っている。

 ユベーヌの線上文字なんて、ふつうは知らないだろう。知らない人が見れば、引っかき傷みたいに見える文字だ。

 今のシェイラとイディオンの関係からすると、誤魔化すのはよくないし、誤魔化されたくもないだろう。


 シェイラはわずかに逡巡して、事実を答える。



「……わたしが亡国の民の末裔だからですよ。前にお話した通りです」


「…………」


「この青い瞳が証拠とも言えます」



 イディオンはそこでシェイラの青金色の瞳を見た。瞳のなかにちらちらとする金の色を追うようにする。



「異端となった亡国の末裔は、今は流民となって、旅芸人となっているものが多いんです。わたしも、幼少期は旅芸人として暮らしていましたから、そこで母や一座の人たちから、芸とともにおまじないを教わってたんです」


「…………」


「えっと、一応言いますけど、イディさんにあげたものは呪法じゃないですよ? ちゃんといい効果のあるおまじないです」


「そんなことは心配してない」



 ぴしゃっとイディオンは言う。



「あなたがそんな人じゃないのはわかっている」



 はへー。


 シェイラはそんな声が出そうになった。

 いつの間にか、随分と信頼してもらえるようになったらしい。

 ちょっとうれしかった。



「……このまじないは、あなたが魔法や魔術を使えるようになったことに関係しているのか?」


「そうですね。関係してます」


「どんなふうに?」



 痛いところを突かれた。

 あまり、話したくない。


 シェイラが無言でいると、イディオンは知っていることを話しはじめた。



「〈ユベーヌのまじない〉が、〈ユベーヌの呪い〉や呪法とされるようになったのは、その願いを叶える魔法が異端に染まったからだ」



 イディオンは、学園や学院ではまず習わないことを告げる。

 ユベーヌのまじないは、もとはただの巷間(こうかん)の魔法なのだ。それを魔導師ユベーヌが体系化して、強力な力を発揮できるようにしたにすぎない。



「魔女……いや魔導師ノザリアンナ。ノザリアンナ呪術とまざって、〈ユベーヌのまじない〉は呪法となった。──願いとともに、代償を払う魔術に」


「……おっしゃる通りです」


「シェイラは、どんな代償を払った?」



 イディオンの縹色の目は、真実を問うている。



「シェイラは、元素魔術だけじゃない。さまざまな魔術を使える。そのために、どれだけの代償を払った?」



 言わなければならないだろうか。


 シェイラは考える。

 自らの知識や事実から推論を重ねて、これまでシェイラが獲得した魔導呪法の真実を問うてきたものはいない。

 それを言わなければいけないのか、シェイラは冷静と焦燥を同時に感じながら考える。


 いくつか答え方を考えて、やめた。


 ひとつ息を吐き出して、イディオンには正直な気持ちを吐露する。



「……すみません、その話題は今ここではあまりしたくないです」


「……ごめん」



 イディオンは、やっと今がどこか思い出したらしい。人通りの少なくなった工房街であるとはいえ、人目がある。



「場所を変えて、……それから、わたしの心の準備ができたら、お話してもいいですか?」



 答えてもらえないのだろう、と悄然としたイディオンの顔がぱっと上がる。

 シェイラの青金の双眸を覗き込んだ。シェイラは応える。



「約束します。ちゃんとお話しますから、またの機会にさせてください。そうですね……イディさんの誕生日を迎えたら、でもいいですか?」


「……うん」



 イディオンは肯いた。約束できて、ほっとしているようにも見える。



「贈り物の代わりでいい」


「お話が誕生日の贈り物ですか?」



 なんだろうそれは。

 シェイラはちゃんとイディオンになにか贈ってやりたい。



「じゃあ、一旦そういうことにしておきましょう」



 またべつの機会に贈り物は用意しよう、と頭の隅に予定しておく。



「──ぼくも」



 イディオンは決然と言う。



「ぼくも、話す。ぼくのことを。ちゃんと話すよ、シェイラに」



 少し前のやり取りのことだ。


 シェイラは目を見開く。

 それから、やわらかく笑みを浮かべた。



「誕生日なのに、交換になっちゃいますよ?」


「これは前からの約束だから、数に入らない」


「まあそうですけども」


「今日も約束して、シェイラ」


「わかりました。約束です」



 イディオンのすがるような目に、シェイラは安心させるように肯いた。イディオンは、肩の力を抜いてほころんだ。

 ふたりで横並びになって、帰城する。


 約束を背に、シェイラとイディオンは別れた。

 

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