↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第2章:大人しくて目立たない娘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/88

30話:事件後の学園長室

 〈法〉は礎

 〈術〉は守株を破りて

 離れし先に〈導〉とならん




 学園や学院、大学府へとつながり、魔法から魔術、そして魔導へと至るサージェストの教え。

 どこの学園や学院であっても、長の部屋にはこの教えが掲げられている。



「──シェイラータ導師、先日はほんとうにありがとうございました」



 次の宵闇ノ日、シェイラは放課後、学園長室に招かれた。

 サージェストの教えを横目にしながら、シェイラはさっと室内を見渡す。


 赤煉瓦の室内には、臙脂色(えんじしょく)の絨毯が入口から伸びている。突き当たった執務机は栗皮色(くりかわいろ)だった。古い年代を感じさせるものの、甘橙(オレンジ)の植物油で丁寧に磨かれて大事にされているのがわかる。


 あちこちの書架には、下段に銀や真鍮(しんちゅう)でできた鍋や釜などが置かれていた。上段にいくにつれて、地図や仔羊皮紙(ヴェラム)の巻物などが積まれながら、魔導書が陳列している。


 入口近辺の壁には、これまでの学園長たちの肖像画が行儀よい姿勢で飾られている。動いていなかったので、どのような絵画魔術が施されているのか一見してわからなかったけれど、画材に{保存}などが付与されているのは、まちがいないだろう。


 室内には、ツェット学園長、筆頭教導師のニカ師、オーズ師と、シェイラの四人のみだった。

 シェイラは学園長に頭を下げられて、恐縮する。だいぶ目上で、背がそこそこあるにも関わらず、立ち上がっても威圧感がない。年下にも頭を下げ、腰の低い学園長なのだろう。



「とんでもないです。偶然が重なっただけですから」


「偶然であっても、子どもたちも、ここにいますオーズも、導師がいらっしゃなければ、命がなかったでしょう。あらためて学園の長として、お礼を申し上げます」



 深く頭を下げられて、シェイラはたじろぐように居心地の悪さを覚える。

 内心で慌てていると、オーズの屈託のない声が言った。



「学園長、シェイラ師が困っていますよ。とっととその薄くなった頭頂部を上げてください」


「……導師の前でなにを言っているのだ」



 おや、とシェイラは思った。

 学園長とオーズ師のあいだに、見えない糸のような気安さを見た気がした。

 首をかしげているうちに、ニカ師が茶を持ってくる。


 促されると、シェイラは執務机前の長椅子に腰をかけた。座褥(クッション)のやわらかさを感じながら、出された香草茶を口にする。

 アメリ草の爽やかなよい香りが、暑気(しょき)を洗い流すようだった。



「──それで、先日の事件は解決しましたか?」



 学園長がシェイラの前に腰かけ、隣をニカ師、シェイラの隣にオーズ師が座る。皆が腰を下ろすのを認めると、シェイラは尋ねた。



「はい。レーネさんのお店の斜向(はすむ)かいにある雑貨店の店主が犯人でした」



 ニカ師が答える。


 ──夏に、{霧除け}をしたはずの場所に、〈猿猴〉が出る。


 シェイラが出くわしたのは、呪術を端緒とした事件だった。

 筆頭教導師として、学園に関係する事件を分掌するニカ師は、先週会った時よりも、桃色の白髪が色褪せてしまったように見えた。県の査問官とのやり取りなどもあり、疲労が蓄積したにちがいなかった。



「商売敵への憎しみ……と言ったところでしょうか」


「詳しいことはわかりません。すでに査問院のあずかりとなっていますから。店主は拘束されたと聞いております」



 では、きっと{解呪}も行われているだろう。


 シェイラはあの日、泣くレーネの合切袋から、紙片を見つけた。

 中央に、〈完成された文字(シッダム)〉で{猿}、囲うようにして陣が引かれた紙片だった。

 〈猿猴〉の血で描かれた陣に、禍々しさと呪者の怨恨を感じた。


 通常、蟲は一定の損傷を与えれば霧散するが、特殊な魔術を施した武具を用いれば魔獣のように形を残して死ぬ。そうやって手間をかけて採取された血や体などは、さまざまな魔術で重宝される。手間がかかっているだけに高価だ。


 そのようなものを使ってまで、レーネを──レーネの家を呪いたかったのであろうと思うと、人の恨みの恐ろしさに、シェイラは底冷えするものを感じた。


 ぎゅっと拳を握り込む。

 〈魔導呪法〉の触媒となっている十の指輪が、皮膚のなかに食い込むようだった。



「……子どもたちは、どうですか? リヨンさんも含め、恐慌を起こしたりしている子はいらっしゃいませんか?」



 シェイラの問いに、オーズが答える。



「おかげさまで。シェイラ師がすぐに、処置を施してくださったので、今のところ、後遺症のようなものを訴える子たちはいません。皆、どうも記憶がぼんやりとしているようです。なにかあったのは覚えてるけど、なんだったかよく覚えていない、と。日に日にぼんやりとしていっているようです」


「なら、効いているようですね。あまり強い効果のあるものではありませんが、人間の記憶の忘却を後押しするものです。このまま効いていけば、再体験症も防げるでしょう」



 人は、一時的に強度の衝撃となるできごとを経験すると、その体験が記憶に焼き付いてしまう。シェイラがやったのは、忘却を助けるようなものだ。そうすることで、似た体験をした時の再体験を防ぐことができる。



「私たちも教わりたい魔導でございますね。学園で仕事をしていると忘れたいことだらけですから」



 ニカ師が、場の空気を和ませるように冗談を挟む。

 まったくだ、と学園長もオーズも肯いた。教師たちも大変らしい。


 シェイラは曖昧に笑う。その魔導のことを──ユベーヌ呪法に関係することをシェイラはあまり扱われたくなかった。

 誤魔化すように、話の焦点をべつに当てる。



「……ところで、ひとつこの場でお話をしておきたいことがあるのですが」



 シェイラが背筋を伸ばして腹から声を出すと、学園長たちもあらたまった空気に応じた。各色六つの瞳がシェイラに向けられる。



「リヨンさんのことです。彼女は、あの事件の当日、言葉を発することがありましたか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。