23話:リヨンとモーちゃん
「──ただいま、モーちゃん」
ふっと緊張のゆるんだリヨンの笑みは、笹縁の花のあしらいのようだった。
シェイラはぎゅっと抱きしめたくような気分を得る。
{遠隔}を用いると、ふわっと飛んで、リヨンの腕のなかに飛び込んだ。ぎゅっと抱き返される。
「おとなしくしてた?」
《ちゃんと、動かないぬいぐるみのふりをしてたよ》
「お母さまの連れてきたモーちゃんが、こんなふうに動いたり喋ったりするなんて思わなかったな」
リヨンは、くすくすと笑った。
年頃らしい笑みだった。
リヨンの母が土産として渡したモレリーのぬいぐるみを、リヨンは当初から気に入ってさわったりなでたりしていた。一人になると、ごっこ遊びをはじめるのには時間がかからなかった。
幾分幼さも感じられる遊び方であったものの、シェイラがちょうどよいと思って、{通信}を使って声を出すと、リヨンは、はじめ三十分ほど固まってしまった。
──固まらせてしまった。
自分だけと思っている空間で、突然聞こえてくる声。
瞬時に体が張りつめてしまったのだろう。彼女の領域を、侵してしまったのだ。
シェイラは慌てた。慌てて、歌ったり踊ったり、リヨンの気を引いて気持ちをやわらげるためになんでもした。
ぬいぐるみに、エリスの香りのおまじないをかけていたのが功を奏した。
硬直していたリヨンが踊って舞うぬいぐるみに次第に気を許していき、そうして三十分経つと、「……モーちゃんって、呼んでいい?」と、ぼそっと言ったのだった。
それからモレリーこと、モーちゃんだ。シェイラは全力でモーちゃんとして、リヨンに受け入れてもらえるようになんでもやった。
生活魔術のおままごと。
箒で飛ぶ魔女と使い魔ごっこ。
真剣にやればやるほど、楽しかった。
なにせシェイラは生まれてからこの方、まともなごっこ遊びをやった記憶がない。いや、六歳までは居を同じくしていた旅芸人の子ども同士で遊んでいたかもしれない。
けれど、一座の人間として旅費や生活費を稼ぐために、早く芸を覚えなければいけなかった。貴族家にもらわれたあとは、学園に通ったり魔法にのめり込んでいたりしたから、やっぱりまともに遊びに集中することはなかったと思う。
シェイラは幼少期に経験できなかったことを、リヨンと体験するように、モーちゃんになりきっていた。
そうして今では、リヨンとモーちゃんは、仲よしだ。リヨンはモーちゃんには気を許して、笑顔とたくさんの言葉を振り撒いてくれる。
「──モーちゃんが喋っていられる期間は、決まってるんだよね?」
《うん》
「……いやだな」
ぽつりと心細いようにリヨンが言う。
シェイラは、その幼いけれど深い寂しさに、胃ノ腑が泣きそうになった。
(せっかくいっぱい喋れる友だち、ですもんね……)
水晶玉の先に見えるリヨンは、前髪できれいな翠が隠れてしまっている。
ぬいぐるみに込められた魔法が尽きるまで。
シェイラは、リヨンと話せるのは、期間限定だと説明していた。
シェイラが施した魔術の組み合わせであれば、ほんとうはぬいぐるみがぼろぼろにでもならない限り、半永久的にリヨンと話すことができる。
けれど、シェイラはそれをよしとしていなかった。
所詮シェイラは、ただの踏み台だ。一年しかガルバディアにいないシェイラが、なくてはならない存在であってはいけない。
だから、シェイラは自分は期間限定の魔法だと話していた。
リヨンは言う。
「モーちゃんの魔法を持続させる魔法はないの? 最近、先生から{保管}っていうのを習ったよ。そういうの使ったら、モーちゃんはまだまだリヨンと遊んでくれる?」
《ごめんね、そういうのは……ない。……ほんとうにごめん》
シェイラが言えば、リヨンは黙った。学環での──緘黙を思い起こさせるような、すべてを押し殺したような沈黙だった。
《……リヨンちゃんは──》
リヨンの沈黙をしばらく受け入れたのち、ぬいぐるみを通して尋ねる。
《わたしがいなくなったら、楽しくなくなる……?》
「…………今の学環なら、それはないと思う」
間があってから、リヨンの答えがあった。
答えにシェイラは驚く。水晶玉ごしのファル石の目をまばたきたくなった。
《今の学環なら?》
「……うん、だって、先生……面白いし、リヨンにも優しいもん。レーネも……いるし」
ぽつぽつと話される理由に、シェイラは驚きつつも、自分の感情を観るようにして冷静さを保った。リヨンの気持ちを受け止めるように、理由を深ぼるように話を聴く。
《そっか、先生楽しいんだ》
「うん、オーズ先生面白いよ。いつも、みんな笑ってる。リヨンは笑えないけど……、でも面白いって思ってる」
《リヨンちゃんは、学校では笑えないの? わたしの前ではいつも笑ってるよ?》
シェイラが尋ねれば、ぎゅっとリヨンから抱き込まれた。感情が滲み出るような抱き方だった。
「……笑えない。なんかいつも体がかちこちになって喉もかちこちになっちゃう。人がいっぱいいるのこわい。目も……すごくこわい。いつも見られてる気がしちゃう」
《そっか……》
「ほんとはこんなんじゃだめだってわかってるよ。ペリメルのために、喋れるようになんなきゃってお母さまも言ってる……」
《……うん》
「でも、かちこちになっちゃう。あんまり動けなくなっちゃう。言えなくなっちゃう……だけど、レーネはね……いつも、そんなリヨンにもふつうにしてくれるよ」
《レーネちゃんは、リヨンちゃんにとって、大切なお友だちなんだね》
「うん」
明確な肯きだった。ためらいがなく、そこにリヨンの感情すべてがのっているような肯定だった。
「いつか……」
リヨンはぬいぐるみを抱きしめる。
「……レーネと、いっぱい喋りたいな」
ぽつりと、そんなことを言った。
ぬいぐるみとして、シェイラはリヨンを見上げる。
そのまま別の話題に移り変わると、いつもの遊びへと切り替わっていった。




