第4節 ガイルの戦い
人々の悲鳴が聞こえる。恐ろしい異形の魔物が、村を襲っていた。大蜥蜴のような見た目の魔物だった。蜥蜴と違うのは、体が影のように真っ黒なこと、牙を持つこと、二本の後ろ足で立つこと、そして、巨大であること。
小屋の屋根ほどもある怪物が暴れたことによって、壊されて倒壊した家屋もある。中に人が残っていないことを祈りつつ、ガイルは剣を抜いた。
「今度こそ……俺は、大切な人を守る」
家族を。リアンとミレイユのことを思えば、自然と力が湧いてきた。
あれは、ノクトザールと呼ばれる魔物だ。別名では「影喰い」とも呼ばれている。魔物は普通の動物とは違う理を生きている存在であり、その多くは人を襲い、人を食べる種族もいる。
ガイルは過去、冒険家時代にノクトザールに遭遇したことがあり、そのときは二人がかりで討伐した。
戦士としてブランクがある上に、一人では厳しい戦いになるだろう。だが、この村のためにも、守るべき家族のためにも。退くことも負けることも許されない。
「お前がなぜこの村に現れたかは知らんが、狩らせてもらう」
村人の一人へとノクトザールが爪を振り下ろす。そこへ剣を構えたガイルが走り、割って入った。甲高い音とともに爪と刃がぶつかり合う。人間を遥かに越える膂力を持つ怪物の一撃。それをガイルは力の向きをそらすことで受け流した。
「今のうちに逃げろ」
「ガイルか! す、すまねぇ!!」
村人の男は腰を抜かしながらも、這うようにしてその場から離れていく。村の中は混乱していて、避難しきれていない者も多い。ここで魔物を引きつけておかなければ、被害は広がってしまうだろう。
「グァルルルル……!!」大気を震わせながら唸るような声を上げる大蜥蜴は、ガイルを先に倒すべき獲物だと認めたようだ。向き直り、爪や尻尾を振るう。
ガイルは爪を屈んでかわし、距離を取って尻尾の攻撃から逃れた。大きく振るわれた尻尾に巻き込まれた家屋の一部が崩れる。
「……長引かせると被害が大きくなるか」
ばくん、と噛みついてくる牙をやり過ごし、続いて疾風のように振るわれる爪を紙一重で避けると、ガイルはさらに魔物に接近していく。攻撃がかすめて手傷を負い、血が流れるのもいとわずに肉薄したガイルは、大蜥蜴へと剣を振るった。
銀色の刀身が漆黒の皮膚に傷をつけ、黒い霧が吹き出す。すると怒り狂った魔物が激しく暴れ始めた。
「無傷で倒せるとは思っていない。腕でも脚でも持っていくがいい」
たとえ負傷し、体が動かなくなったとしても――今なら、畑のことはリアンに任せられるだろう。まだ覚えてもらうことは残っているが、命があればなんとかなる。
手がつけられないほどのノクトザールの攻撃に対し、ガイルは致命傷だけを避け、いくつもの手傷を負いながら反撃する。爪で肩を、脇腹を切り裂かれながら、大蜥蜴の腹へと剣を突き刺し、胸元を斬った。
このまま押し切る。そう剣を構え直したそのとき、魔物がすさまじい咆哮を上げた。
「ぐっ!?」
ガイルが思わず後退する。直後、大蜥蜴の魔物は眼前にいるガイルを無視して村の奥へと走り出した。
しまった。ガイルは歯噛みする。そっちの方向には、まだ逃げきれていない村人が残っているかもしれない。
急いで魔物の後を追うが、体の大きな魔物は足も速く、なかなか距離が縮まらない。どこからか火の手が上がっているらしい。煙のにおいがする。怪物の進行方向には、村人の姿が見えた。それも幼い子供。女の子だ。
「パパ、ママ、どこ……?」
両親とはぐれたらしい。さまよっていた少女が、怪物の姿を見て悲鳴を上げた。少女の目の前にたどり着いた魔物は、小さな獲物を叩き潰そうと太く巨大な尻尾を振るう。
「くそっ」
間一髪、間に飛び込んだガイルは少女を突き飛ばした。それによって魔物の凶悪な攻撃から少女は逃れたが、身代わりになったガイルは胴体をしたたかに叩かれ、家屋へと激突した。
「がはっ!」
家屋が崩れてきて、血を流して倒れたガイルへと瓦礫が降り注ぐ。さらには大きな柱が倒れてきて、すさまじい重量によって体が圧迫される。
「……くっ」
身動きがとれない。
普段なら、この瓦礫を自力でどかすこともできたかもしれない。だが手傷を負った今の体では、どう足掻いてもここから抜け出すことができない。
「グァルルルル……!!」恐ろしい唸り声を上げながら、魔物ノクトザールが、ガイルへと迫った。
避難した森の中で、リアンは胸騒ぎを感じていた。言いようもない嫌な予感がする。
「大丈夫だよ。リアン。父さんはすごく強いから……」
ミレイユは言った。
それは知っている。父さんは自分よりずっと強い。けど――。
そういうミレイユも、心配で居ても立っても居られない様子で青ざめていた。
(父さんは、この森に避難していろと言った。……母さんのことも放ってはおけない。それに……)
怖い。恐ろしい魔物が村のほうにいるのであれば、様子を見に行くのも恐ろしい。
だけど、胸騒ぎはどんどん強くなっていった。
リアンは空を見上げる。一羽の小さな鳥が、頭上を飛んでいく。
あれは伝説の霊鳥フィリオスルピアじゃない。けど。
「行かなくちゃ……俺も」
夢を追いかけるのであれば、こんなとこで恐怖に負けててはダメだ。
愚かかもしれない。けど、自分の感覚を信じてみる。
「母さん、ここにいて……すぐ戻るから」
鍬を手にして、リアンは走り出した。背後でミレイユの呼び止める声が聞こえるけど、止まることなく進んだ。
父のもとへと。




