第20節 土砂降りの雨の中で……
キードもセーラも夕飯時には宿に帰ってきたのだが、キードのほうは食事を済ませたらすぐにまた出かけてしまった。島のことや儀式のことを調査するために走り回っているらしい。
仕方がないので、食後はセーラとリアンとティアの三人で、キードから借りたカードゲームをやって過ごした。とくに初めて遊ぶティアは楽しそうに熱中していた。
しばらくして、途中で雨に打たれながらキードが帰ってきた。ある程度の収穫はあったらしいが、それは明日話すという。
まもなく、リアンたちはそれぞれの部屋で眠りについた。
夜中。激しい雨音が窓を叩く。
奇妙な予感のようなものを感じて、リアンは目を覚ました。
窓の外を見る。すると、そこに雨の中をふらふらと歩く少女の姿が見えた。
「ティア?」
外は真っ暗闇だけど、それが誰だか、なんとなくわかった。
リアンは急いで部屋から出て、階段を降り、宿の外へと飛び出した。
「ティア! どうしたんだ、こんな時間に……?」
背を向けていた少女が、おもむろに振り返る。ずぶ濡れの姿で。
「リアン……えへへ」
小さく苦笑するティアの身体は、わずかに震えていた。
「どうしたんだろうね、あたし……最近、あんまり眠れなくて……」
「と、とにかくこっちへ……」
雨の中へと踏み出していくと、ティアはリアンにもたれ掛かるように倒れる。
「ティア、大丈夫か?」
とっさに受け止めて支えたリアンの、耳元でティアがささやく。
「怖く……なっちゃった」
「…………」
「ほんとはね、みんなのために命を捧げる覚悟はずっとしてたんだよ……。二年前、あたしの使命を知ったときから、ずっと」
だけど……。
「きみと出会ったから……」
「俺と?」
「うん……あたし、きみと出会って、いっしょにお話して、笑って…………そうしているうちに、生きたいって……まだ生きていたいって思っちゃった」
「ティア……」
「でも、あたしがちゃんと役目を果たさないと、黒龍が復活しちゃう……今度こそ、世界が滅びちゃうかもしれない」
ティアが細い体で、小さな手でリアンにしがみつく。
「……あたし、怖いよ。死んじゃって、なんにもなくなっちゃうことが……。きみの顔を見ることも、声を聞くこともできなくなっちゃう」
最後は絞り出すような声だった。夜の闇が、抑えていた感情を爆発させたのだろう。
「……ごめん、ティア」
「どうして謝るの?」
上目遣いで尋ねるティアに、リアンは答える。
「俺、ティアにひどいこと言ったから。――残酷なことを」
何も知らずに。ティアの気持ちなんて、何も考えずに。
「……いっしょに行こうって。旅に出ようなんて……」
それがどれほど困難な――あるいは、叶わぬ夢なのかも知らずに。
「でも、やっぱり俺は諦められない。きみに本当の広い世界を見せたい」
「リアン……」
ティアのしがみつく力が強くなった。
「いいんだよ……これ以上、希望なんてなくても……あたしは、最後まできみといっしょにいられれば、それでいい……」
それで十分に、しあわせ。
そのはずだから。
ずぶ濡れのまま宿屋に戻ったリアンは、ティアに場所を聞いて二人分のタオルを持ってきた。肌着になって濡れた髪や体を拭く。
その後、二人は水浸しになった玄関を拭いてから、それぞれの部屋に戻った。別れ際に、ティアは名残惜しそうにリアンのほうへと何度も振り返った。
その日もリアンは遅く眠りについた。ティアはちゃんと眠れただろうか。
翌日、目覚めて食堂へと降りていくと、すでにキードとセーラとシファはいつものテーブルについていた。
「おはよう、リアン♪」
ティアもすでに起きていた。何事もなかったかのように笑顔でみんなと話しながら、テーブルに朝食を並べている。本当に強い子だな、とリアンは思った。
椅子に座って皆が互いに「おはよう」の挨拶をしてから、まずはキードが話し始める。
「さて。リアンくんも来たことだし、今日の予定について話そう。まず、私だけど……やはり王都フォーゼリアに行ってみようと思う」
フォーゼリアは、黒龍イリュードフレアの災厄によって滅びた国だ。たしかに、黒龍封印の儀についての情報も得られるかもしれない。
「これは二十年前に来た船乗りたちの情報らしいんだけど……どうやらフォーゼリアは、黒龍や勇者ラスベルについて研究していた国でもあったらしいんだ」
それを聞いたセーラがぽんと手を叩いた。
「なるほど。でしたら、何か手がかりが見つかるかもしれませんね」
「そうだね。研究の資料とかは紛失している可能性が高いけど……行ってみる価値はあると思う」
リアンが宿に戻ったあとも、キードは情報収集をしてくれていた。ティアを助けたい。黒龍封印の儀の現状をどうにかしたいという想いはキードもいっしょだ。それがうれしくて頼もしい。
「フォーゼリアまでは、船に乗って一日弱……おそらくジークフリートなら半日で行けるだろう」
「それでも往復するだけで丸一日かかるのか……」
二日後には儀式が執り行われてしまう。調査するにしても、時間はギリギリだった。
「それで、フォーゼリアまで行くメンバーだが、私とセーラちゃんで――」
「俺も行く」
キードの言葉に割り込んでリアンは言った。
「リアンくん、だけどね……もう儀式まで二日しかないんだ」
「わかってる……けど、俺は少しでもティアを助けられる可能性があるのなら、それに賭けたい。何もしないでいることは……できない」
「そうか。……きみがそう望むのなら、いっしょに行こう」
「ああ。みんなで手がかりを探しに行こう」
「あ、私は行きませんよ」
そっけなく言ったのはシファだ。
「どうせ私は調査の役には立ちそうにないですし。もとより、そんなことをしても、儀式をどうにかできる方法が見つかるとは思えないので」
キードはうなずいた。
「……そうだね。たしかに、フォーゼリアに行ったところで、現状を変える何かなんてないのかもしれない。その確率のほうが高いだろう」
「でも、やってみなくちゃわからない」
と、リアンが続けると。
「暑苦しいですね……」
シファの目つきも言葉も、あくまで冷ややかだった。
でも、彼女の行動はティアを一人にさせないためのものだとも思う。リアンたちが留守の間も、ティアを見守ってくれようとしているのだ。シファの真意はわからないけど、そんな気がした。
「そうと決まれば、さっそく船旅の準備をしよう。時間がない」
「ああ、リアンくん。それは大丈夫だよ。今朝のうちに食料や必要なものは船に運んであるから」
「さすがキード!」
そうして四人で話しているところに、厨房のほうからティアがやってくる。
「リアン……キード、セーラ……」
話を聞いていたのだろうか、ティアは悲しげに肩を落としていた。
「島の外に行くの……?」
「うん。……儀式の日までには戻ってくるよ」
「儀式の日かぁ……」
ティアはうつむいたまま、胸に手を当てている。葛藤するように。それから、絞り出すように言葉を発する。
「ねぇ……あたし、きみにここにいてほしい。……あたしが死ぬまで、あと少しの時間……きみといっしょにいたいんだ」
切なる願い。――だけど。
ティアの揺れる瞳を真っ直ぐに見ながら、リアンは言う。
「俺は、きみを助ける方法を探してみせる。だから――」
ティアはかぶりを振った。
「いいよ。そんなの……あたしはそんな希望、いらないよ……」
「ティア……」
そのやりとりを見ていたキードが、控えめに提案する。
「リアンくん、やっぱりきみは残るべきなんじゃないかい? 結局のところ、私たちのやろうとしていることはエゴだ。彼女の望みがあるのなら、第一にそれを叶えるべきだと思う」
たしかに――これはエゴだし、ただのわがままなのかもしれないけど。
「……それでも、俺は行くよ」
「リアン……あたし……」
「ごめん、ティア」
どうしても助けたかった。それがティアを、もっと苦しませることになったとしても。
「……行ってくる」
「……うん」
うなずくティアは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
曇り空の中、魔法の帆船ジークフリートが海を駆ける。
その間、みんな無言だった。話好きなジークフリートも、今はおとなしくしている。
甲板で海を眺めながら、リアンはずっと考えていた。
ティアを助けること。黒龍封印の儀をやめさせたいと思うこと。
これらはすべて自分のエゴなのだろうか。叶わない希望を持たせることは、ただ彼女を苦しめるだけの残酷な仕打ちなのか。
わからない。
リアンは今まで、こんなにも正解がわからないことは経験したことがなかった。
解決する方法も見つからなければ、それを探すことが正しいのかも定かではない。
それでも――どうしても、ティアを助けたい。
何もわからないけど、今はその信念だけが、わずかな灯火なのだ。
どうやらジークフリートは全力で船を走らせてくれたらしい。
半日とかからないうちに、街と港が見えてきた。
正確には壊れた港と、広大な廃墟群だ。
焼け焦げ、崩れた建物の残骸たち。
かつては王都と呼ばれたこの都市の、現在の姿を見たものはこう呼ぶだろう。
廃都フォーゼリア、と。
日が西へと傾き始めた頃。錨を下ろして帆を畳み、リアンとセーラとキードの三人は港へと上陸した。
「キード、急いで調査を始めよう」
「そうだね、リアンくん。けど、この廃都は広いから……ある程度の目星をつけて探さないと、あっという間に日が暮れてしまうだろう」
歩き出そうとするリアンとキードを、セーラが呼び止める。
「あの……。わたしは、ここから別行動をしますね」
「セーラ……どうして?」
手がかりを探すにしても、三人のほうが安全だし見落としも少ないだろう。
「わたしは……この場所で、やるべきことがあるのです」
首をかしげるリアンに、セーラは優しく微笑んだ。
「リアン。あなたは、あなたの成すべきことをしてください。その心に、素直に従って――」
「……わかった」
リアンに続き、キードもうなずく。
「では、私とリアンくんの二人で探索をしよう。……セーラちゃん、気をつけて」
「はい。日が暮れたら、また船で」
セーラと別れて、リアンたちは調査を開始した。
瓦礫だらけの街。中央の大通りの先に、遠くに半壊した城のような建物が見える。もとが王都と呼ばれただけあって、そこが王城なのだろう。
比較的、形の保たれている大きめの屋敷を選んで、リアンとキードは手分けして探索をしていた。
「リアンくん、そっちは何か見つかったかい?」
「何も……。本棚っぽいものはあったんだけど、すべて燃えてた」
「そうか……せめて書物だけでも見つかればと思ったんだが」
人が誰もいない。無事な家屋もない。
国がなくなるほどの災害、想像もつかない破壊がここで行われたのだろう。
災厄と呼ばれる黒龍イリュードフレアのもたらす破滅は、思っていたよりもはるかに凄まじいものだった。
「闇雲に探していてもダメか……。リアンくん、やはり先に目星をつけてから探そう」
「やっぱり、あの城まで行ってみるか?」
「いや。城もぜひ調査したいが、それよりも気になる建物がある。――あれだ」
屋敷の二階、ガラスがなくなって吹き抜けになった窓からキードは身を乗り出す。そして、前方にある崩れた塔のような円形の建物を指差した
「距離も城よりは近い。まずはあそこから調査してみよう」
「わかった」
リアンとキードは円形の建物へと向かった。




