王族の責務
『誰か一人を生き返らせてほしい、などというのはどうかな?』
龍皇の一言は、ノースとカトレアの脳内を真っ白に染め上げた。2人の脳裏に浮かんだのは当然――。
――クリスを生き返らせられる!?
試練の内容に頭を悩ませていたのもつかの間、2人の顔に希望の色が戻っていた。懐かしい声、頼もしく感じていた笑顔を取り戻せる。
そう考えれば、降りかかった試練だとしても受けて立つ価値が出てきた。
「ノース、分かってるわよね?」
「ああ。真に10年前のリベンジを果たす時だ」
幼馴染を殺され、故郷を踏みにじられた後悔は、まだ消えていない。そう言わんばかりに気勢を上げる2人を、ウズメは信じられないものをみる目で見た。
(インペリアル様の課す試練だぞ!? 何を呑気なことを……!)
ウズメは主の性格をよく知っている。頭の中や考えは理解不能だが、性格は把握していた。そして今、己が主は絶対に楽しんでいると信じて疑わなかった。紅色の玉の向こう側できっとほくそ笑んでいるのだ。そういうときの主の奇行がろくでもないこともよく知っているから。
だからこそ味方の士気を下げることは承知の上で声を上げるべきだ。
「貴様らは事の重大さを分かっているのか? 敗北すれば全てを失うかもしれないのだぞ?」
「弱音を吐いたってしょうがないじゃない? どうせやるしかないのなら、やれるだけやってみせるのが私のやり方よ!」
胸を叩くカトレアとそれに頷くノース。
「カトレアの言う通りだ、ウズメ君。それに王都には頼れる味方もいる。やる前から諦めるべきではないだろう」
「それは……そうかもしれないが」
ウズメは歯切れ悪く反論しようとするが、なにぶん二人のほうが健全な考え方であるため下手な理屈は通じないだろう。
『フフ、そうでなくてはな。勇者は無謀なくらいが見ていて面白いものだ。諸君らの健闘を楽しみにしている』
そう言い残して紅色の玉は消えた。
*
――紫氷山にて。インペリアルはウズメたちにした説明と同じ内容を伝えていた。
『――というわけだ。本物の余と戦う前の余興としては良いであろう?』
藍色の玉が愉快そうに震えている。問の先にいるのは当然、アスター・フォン・ゼスティベルクである。絶対龍皇の企てであるからして全く油断はできない。しかしながらアスターの胸中はまるで剣を焼き入れる直前の炉ごとく熱く燃えたぎっていた。
「前哨戦たぁ願ってもねえ! 拳のぶつけどころにも困ってたところだしよ! 今の俺の全力、叩きつけてやるよ!」
アスターはパシッと拳を手のひらに叩きつけた。紫氷龍はゼフィに取られてしまったので、力を持て余していたところである。試練として襲われる王都の人々には申し訳ないが、本気で力を振るう場を用意されて久しく高ぶっていた。
インペリアルはその様子を好感でもって受け入れた。
『……良い。良い。やはりお前は面白い。余との力の差を知っていながら立ち向かってくるか。もはや貴重な傾奇者よのう……』
「全くだよ。頭おかしいんじゃないのかな、この子は……ま、報酬は確かに魅力的だけど」
天帝ゼフィもアスターを非難しながらも腹を括ったようだった。相手が誰であろうが、それが王国の敵であるならば、彼女は迎え撃つだけだ。クリス復活の可能性があるならなおさらやる気にもなる。
『ふむ、希少種のニュンフェ……フフ、余を差し置き天の帝などと呼ばれているらしいな?』
「それはボクも恥ずかしいからなるべく改まって言わないでくれないかなあ」
『良い良い。余は寛大である。字のひとつやふたつで怒りはせぬ』
「それは助かるね。後一つ確認してもいいかな」
『何かな?』
インペリアルはやや興奮気味に質問を待った。きっと目の前の妖精から放たれる気迫に尋常ならざるものを感じ取ったからだろう。
「十年前の龍災………彼らが襲ってきたのはあなたの指示かい?」
王都シャトーを襲ったヒョウとラヴァ。普通に考えればインペリアルほどの存在が守護龍の脱走を感知しないはずがない。だとすればそれは故意の可能性が高いとみるべきだろう。
『いや? 余はそのようなつまらぬことを命じぬ。ただヒョウとラヴァも退屈であったろうと思うて止めなかっただけの事』
「……なるほどね。つまりあなたからすればすべてが些事だったわけだ」
圧倒的高位存在であるインペリアル。その視点から見れば確かに、配下がどこかへ逃げ出そうが、人間の都市が一つ滅びようがどうでもよいこと。すべてはインペリアルの匙加減と気分次第。
「試練の前にそれが分かって良かったよ。おかげで気分良く魔法をぶちかませそうだからね……!」
『フフ、怒りの顔もまたよし。期待しているぞ妖精よ』
きっとインペリアルにとってゼフィの単価は想定内だったのだろう。だが挑戦者など久しく皆無であった彼にとっては、紋切り型の挑発でさえうれしく感じられるのだろう。全くもって度しがたい感覚である。
『次に相まみえるは戦場ぞ、心してかかれよ?』
群青の宝玉はその言葉を皮切りにしてひときわ大きな明滅とともに消えた。
*
一方、王都シャトーは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。突如、絶対龍皇インペリアルを名乗る声から試練を行うと告げられたからだ。
【闇影】ギルドマスターのドォグを倒したホトは、腕にに巻かれた包帯を指先で撫でながらその宣告を聞いていた。
闇ギルド壊滅の功労者兼怪我人という理由にて、王城の客室のベッドで休息を取るように近衛メイドのモニカから言いつけられている。ホトにかけられた羽毛布団の上には、キマイラのぬいぐるみが偉そうに鎮座している。
「こりゃ師匠とウズメ姐さんがなんかやっちまいましたんですかねぇ」
「我もそう思う。絶対余計なことしでかしたのである」
1人と1匹が互いの感想に共感していると、重厚なオークの扉をノックする音が3回響いた。濃紺の髪に片目を隠したメイドが入ってくる。
「モニカさん!」
「ホト様、キマイラ様失礼いたします。お休みのところ申し訳ございませんが、至急謁見の間までお越しください。理由は――言わなくても分かっていそうですね」
ならば話は早いと、モニカはホトを連れて行こうとするが、治療用に着せられた貫頭衣を一瞥して足を止めた。
「……その前に着替えが必要ですね。ちょうど良くメイド服の替えがありますからメイドになってもらいましょう」
「えっ?」
何がちょうど良くなんだろうか、なぜメイド服を持ち歩いているのか、どこから服を出したのか? そんな疑問はあれよあれよとメイド服に着替えさせられていくうちに消えたのだった。
――謁見の間へはまもなく連れて行かれた。
玉座に座るレグノム王を中心に、王直属組織ブレイブが横に控える。頭領のビャクヤを筆頭に、近衛メイド隊の3姉妹モニカ・イブ・ミト……そしてなぜか身ぎれいにされたメイド服ホトとキマイラのぬいぐるみが一緒に控えている。
(なんでアタシがこんなところに!?)
「皆、急な呼び出しだがよく集まってくれた。ひとまず面を上げよ。国の非常時に礼儀もクソもあるまい」
そんなホトの戸惑いをよそに謁見の間では、王レグルスより王言が賜れようとしていた。王都に集っていた貴族、王城で働く臣下たちは一斉に王へと注目した。
「それは王都中に響き渡った絶対龍皇の試練のことか、親父よ」
ビャクヤが仮面の下で目を潜めた。紅蓮の装束に身を包んだ益荒男が王の前に出る。
レオンハルト・ブレイ・レグノム王太子。レグルス王によく似た筋肉隆々の男は、作法も何も無く王に問う。
「レオンの申す通り、これより我が国に試練……いや厄災が再び迫ろうとしている。これは止めようのない事だ」
王の言葉を皮切りに謁見の間が騒がしくなる。怯え恐怖する者、奮起に燃える者、どちらでもなく静かに周りを観察する者。三者三様を呈したとき、レオンハルトが「たわけどもが、静まれい!!」と魔力を乗せた怒号で一喝した。
王家にふさわしい膨大な魔力が謁見の間の壁を震撼させる。シンと静まりかえった場でレオンハルトがマントを翻した。
「何を臆することがある! 我がレグノムは、絶対龍皇の鼻息一つで消し飛ぶような脆い国であったか? 守護騎士クリスがいなければ何もできぬ腑抜けの集まりであったか? 違うであろう!!!」
激励の言葉で身が引き締まる貴族・官僚たち。そして王太子の姿を意外な目で見つめるレグノム王とビャクヤ。彼の目には今こそ戦いの時だという、漢の決意が宿っていた。
(……私は兄上のことを誤解していたのかもしれない。鍛錬にしか興味のない人だと思っていましたが、このような熱い心を秘めていたとは)
「今こそ10年前の雪辱を果たすとき! 長きにわたり研ぎ続けてきた刃を、龍共の逆鱗に突き立ててくれよう!」
「「「オオオオオッ!」」」
皆が一丸になって歓声を上げたその時だった。1人の貴族がレオンハルトの前に躍り出る。レオンハルトはその貴族を訝しげに見つめた。
その者はパブロ公爵一派の一人だったからだ。おそらく王城グランシャリオに集まった貴族の中にパブロ公爵がいないことと関係しているのだろう。
――まあ、そんなことはレオンハルトは百も承知なのだが。
「レオンハルト殿下! 戦の前にパブロ・ブレイ・ヴァンヘイロー公爵の冤罪を晴らしてください! ブレイブによってありもしない収賄、汚職、違法売買、殺人教唆等の罪を被せられ投獄されているのです! これまで殿下を支えて来てくださった忠臣でございます! どうか、どうか身の潔白を証明差し上げてくだされ!」
「ほう? 冤罪とな? それはいかんな」
レオンハルトはくいと眉尻を上げ、考え込む素振りを見せた。それを同調と捉えた公爵派貴族の口元がわずかに緩んだ。
「……だそうだ、ビャクヤ。お前からは何かあるか?」
「……! 当然ございます!」
「は……はっ?」
用意よく取り出された書類の数々を床にばら撒くビャクヤ。違法に改ざんされた帳簿、違法取締物の取引契約書、闇ギルド"闇影"への暗殺依頼書。それらが1枚や2枚ではなく何十、何百も重なっていた。
途端に血の気が引いていく公爵派貴族たち。それもそのはずで、公爵から甘い蜜を分けてもらっていた証拠までもが赤裸々にぶちまけられていたのだから。
「フフ、よくも王家のお膝元でこれまで好き勝手してきたものです。ここにおわすお歴々の中にも少々火遊びが過ぎる方がいるようで……」
「そ、そんなバカな……こんな、こんなものは虚偽です! 殿下! ここまで貴方様に忠誠を誓っていた我々を見捨てるおつもりですか?!」
「……忠誠?」
レオンハルトは本気で理解していないように、ハの字眉毛で首を傾げた。
「俺が騎士団と練武場で鍛錬している間、事あるごとに俺の名前を借り、城のあちらこちらで好き放題することがお前の言う忠誠か?」
「そ、それは……」
「俺の了承も得ず勝手に神輿に担いだ挙句キャッキャと喜ぶ姿……盗人に金品の謝礼をされたかのごとく不快であるわ!」
それらの公爵派の動きを放置したのはもちろんレオンハルトの判断である。
レオンハルトは黙してずっと待っていた。彼らのように下劣な卑怯な他人の善意を貪る愚物が、その汚らしい馬脚を現す時を。
10年前、パブロ公爵たちが天帝ゼフィを貶めたこと。スラムの復興にかこつけて闇ギルドを王都にのさばらせたこと。他に挙げれば切りもないが、一番許せないことは厄災龍が襲ってきたあの日——騎士団を指揮することも魔法師団に命令することもなく、自らの保身のみを考えて王城から逃げ出したことである。
『レオン、フラン……私を置いて逃げなさい……!』
レオンハルトとビャクヤは母の今際の際の言葉を忘れることはないだろう。騎士団か魔法師団が救助に来ていれば、まだ助かる余地はあった。それもパブロ公爵が自身の護衛として強引に引き抜いてしまったせいで叶わなかった。
父レグルスは崩れた王城の下敷きとなっていたが、強靭な肉体により生存し瓦礫から這い出ることができた。だがしかし、妻と王子たちの危機に気づいて助けにきたころにはすでに王妃は事切れていた。
あの時の屈辱と無力は今でも思い出す。そしてそのたびに、掌に爪を食い込ませ血を流すほどの怒りに沸いた。
厄災龍撃退後の戦後処理では、責任の所在で揉めに揉め、結局は天帝ゼフィに全てを押し付けることになってしまった。
王族としての責務を何一つ果たせず、見ているだけの自分が何より恥ずかしく、怒りが人を殺すならレオンハルトはあの場で憤死していただろう。
あの時の無念、今こそはらさでおくべきか。
「なに、一度に処分すると領地の治世に影響がでるからな。貴様らの処遇は戦のあとにじっくりと行うから安心すると良い」
「そ、そんな……殿下、ああ……あぁ……」
膝からゆるゆると崩れ落ち、へたりと手をついて絶望する公爵派貴族たち。
そんな勧善懲悪の始終を特等席で見てしまったホトは、
(宮廷政治っておっかないんですねえ)
(人の世はいつだってこんなものだぞ)
どこで覚えていたのか、したり顔のキマイラと小声で気持ちを分かち合うのだった。




