氷結王蠍プリズマリーアンタレス
——パキャッ!!
灼熱の魔力核が砕け散った音が、戦場に響き渡った。
「グ、ォ……」
ヴォルカニオンの巨体が大きく揺らぐ。
巨人は力を失い、ただの岩塊へと姿を変えて崩れ落ちた。同時に、周囲を駆け回っていたミニヴォルカニオンたちも動きを止める。まるで糸を切られた操り人形のように、その場で次々と崩れ落ちていった。
「終わっ、た?」
体から血煙を上げながらホトが呟く。
火傷も挫傷も、見る見るうちに塞がっていく。どうやら、死にかけるほど再生速度が上がるらしい。その代わり、体内魔力がごっそり持っていかれる感覚がある。あとで魔力回復薬を飲めばいいか、とホトはそのことに悩むことはなかった。
「そのようであるな」
キマイラも警戒を解き、ホトの傍に近寄った。どうやら、本当に終わったらしい。
少し遅れて、ルシエルとモルティがホトのもとへ駆け寄ってくる。
「君のおかげで助かった」
「やるねぇ、君〜。おかげで被害も時間も大幅カットできたよ」
「いやぁ、そんな大したことじゃ——」
照れ臭そうに笑うホト。
その横で、ルシエルが少し気まずそうに目を泳がせていた。
やがて意を決したように、彼はホトの前に立つ。
「ホトくん、だったね。モニカ殿の推薦とはいえ、その……正直に言おう」
ルシエルは一度言葉を切る。
「キマイラはともかく、君自身のことは、あまり戦力として数えていなかった」
「あー……」
ホトは苦笑する。
「いやぁ、それが普通ですよ。団長さんは悪くないっす」
「……ありがとう」
ルシエルは生真面目そうに結んだ口の角を上げ、剣だこだらけの手を差し出した。鍛錬を積んだ立派な剣士の手のひらだった。
「それと、ルシエルで構わない。今をもって、我々は戦友だ」
「ルシエルさん……」
差し出された手を、ホトは少し驚きながら見つめる。やがて、その手をぎゅっと握り返した。
「私はモルティさんと呼ばせてしんぜよう」
「えへへ、どうもっす。モルティさん」
「うむ」
先ほどまで、ホトを戦力として数えていなかったことが嘘のようだった。
「それにしても、よくヴォルカニオンの本体を見抜けたものだ」
ルシエルが崩れ落ちたヴォルカニオンへ視線を向ける。ミニヴォルカニオンたちの群れのなかに隠れていた本体、さらに爆発魔法の連鎖発動もあり、魔力の流れはかなり乱され魔力核の感知は至難の技だったはずだ。
普通に戦っていれば、あれを見つけるのは容易ではない。物量作戦に真正面から挑み、消耗戦は必至だったはず。
「そうだねぇ。魔力感知って、結構難しいんだよ。私も魔法を使いながらだと、どうしても集中できないし〜。あ、苦手ってわけじゃないよ? ウン……」
モルティの言葉尻が徐々に小さくなっていく。
「嘘をつけ。お前はユニーク魔法頼りの攻撃能力特化すぎて防御魔法とか魔力感知は冒険者でいえば銀級下位レベルだろう」
ルシエルに暴露されて「ケッ、ルシたんのノンデリがよぉ」とモルティは悪態をついた。それでも得意分野以外も銀級レベルなら相当レベルは高いだろう。
ホトが首を傾げる。
「じゃあ、あれって見つけるの難しかったんすか?」
ルシエルは苦笑する。
「魔法生物の核の位置を正確に探ろうとしたら、普通は動きを止めて、なおかつ集中しないとわからないよ——俺のような戦士タイプにはそれでも難しいが」
「ほぇ〜」
ホトは顎に手を当てる。
——でも師匠たちも同じこと普通にしてたからなぁ。
まずその師匠たちの求めているレベルがおかしいことには気づかないホトだった。
「ホトくんのおかげで我々にも余裕ができた。ほかの戦場の応援に向かおうと思うが、君はどうする?」
そんな話をしていると、ドォン!と一際激しい戦闘音が響いた。そしてそれに応じた魔力の高まりも。
「また上級の魔物が出現したようだな。かなり強力な個体のように感じる」
キマイラが険しい顔で遠方を睨んでいた。ホトも遅れながら魔力感知を研ぎ澄ませれば、確かに大きな冷たい魔力を感じる。
「氷精霊に似てるけど……もっと大きな魔力を感じるっす」
「なら予想通り、氷結王蠍が出現したと見たほうが良いだろう。そっちは冒険者ギルドの管轄になるが……ホトくんは「じゃあアタシも援軍に行かなきゃっすね!」け、決断が早すぎる! 少し休んでからでもいいんじゃないかな!?」
大怪我をしたばかりで体力も魔力も底をついているのでは、心配するルシエルだったが——
「怪我はもう治ってるんで平気っす!」
「え、そんなバカな……」
しかし、言われてみればホトの体はボロボロだったが、身体に傷はほとんどなかった。
「それに魔力も……師匠たちから魔力回復薬を沢山貰ってるんで!」
そう言って腰に巻いたポーチ型のマジックバッグから青色の回復薬を取り出して一気に飲み干した。「カァーっ! 生き返る!」と妙に親父臭い仕草だったが、そこは幼い頃に実親である酒カスの親父の姿を見て育ったせいだろう。
「キマさん、まだいけるっすよね!」
「もちろんだとも」
ホトはぴょい、とキマイラに飛び乗って走り去っていった。
呆気にとられていたルシエルたちは苦笑いしながら顔を見合わせた。
「私たちも修行し直しだな」
「そだね……」
*
戦場には、いくつもの砕け散った氷像が転がっていた。かつては人間だったもの。その残骸を、水色の氷晶甲殻に覆われた巨大な蠍が踏み砕いていく。
「キュルルルルル!」
八本の脚で大地を踏み鳴らし、五本の尾を揺らす。尾の先端から滴り落ちるのは、触れた者の肉に凍傷を与える劇毒である。
両腕に備わった巨大な氷鋏は、常に極低温を纏っている。挟み込まれれば最後。獲物は一瞬で氷漬けとなり、そのまま鋏の切断力によって粉々に砕かれる。
氷結王蠍。
ヴォルカニオンには及ばぬものの、見上げるような巨体を前にして、三人の冒険者が立ちはだかっていた。
特金級——"水聖"リオ、魔銀級——"万毒"バスラと"堅城"グランデだった。
「あれが氷結王蠍……二人とも、いけるわね?」
「おう、リオの姉御」
バスラが逆手に握った短刀二刀を構える。その刃からユニーク魔法『ポイゾマイティ』で生み出した黄と緑の毒液が滴る。
顔中に無数に走った傷と黒い眼帯の強面の男だが、これでも二十代前半の若者である。軽装の暗殺者然とした姿とは裏腹に、その立ち姿には妙な落ち着きがあった。
「ぼくぁ、受けるだけだよ。動くの面倒くさいし」
ズンッ、と大地が鳴る。バスラとは対照的なフルプレートメイルの巨漢、グランデ。
ダマスカスとミスリルの合金で作られた大盾と戦鎚。全身を覆う重厚な鎧の下には、亜人種——巨人の血を引く巨体が隠されている。
「手筈通り、俺から出る!」
バスラが一番槍を駆ける。
「キュルル!」
バスラの接近を感知したプリズマリーアンタレスは必殺の鋏を振って迎え撃つ。
バスラはこれを紙一重で躱し、掠った髪の毛に霜がついたのもお構いなしに蠍の側部に回り込み短刀を振るう。
瞬間、五本の尾の先がバスラを捉え、白く濁った液を発射する。
「ッ!」
尾から噴き出した毒液がバスラの全身へ降り注ぎ、バスラは白く染まった。ジュッ、と肉を急速冷凍する音が響く。
頭部から足先まで一瞬にして氷に覆われる。
「無鉄砲なやつだに」
グランデは眉一つ動かさなかった。
そのまま巨大な盾を構え、氷像となったバスラの前へ立ちはだかる。
「バスラを援護するよ!」
水色の髪を振り乱し、リオがバトルロッドを掲げた。
「水手之王!」
リオが水属性高等魔法を発動——地面から大量の水が噴き上がった。それは無数の触手となり、プリズマリーアンタレスの周囲を縦横無尽に駆け巡る。
「キュルルル!」
尾針から毒液を飛ばしたり、鋏で触手を凍り千切っていくが——ニョッ!と、凍った触手が砕けるより早く、その根元から新たな触手が生まれた。
無数に分裂する水の触手が、次々とプリズマリーアンタレスに絡まっていき、自ら氷と水の触手監獄に囚われていく。
「さあ、どんどんいくよ!」
「助かるにー」
その隙にグランデはバスラを守れる位置に着き、大盾を構えた。
「キュララララ!」
プリズマリーアンタレスが苛立たしげな奇声を上げ、五本の尾を高々と持ち上げた。
リオの直感が何か来ると囁いた。
ブシュ、と液体の飛び散る音と共に、尾の先から雨のように凍結毒が振り注ぐ。
「アクアシールド!」
回避不可能レベルの広範囲凍結毒噴射——フロストレイン。リオはそれらを水の膜を張り、屋根のように覆いかぶせることで防いだ。アクアシールドは見る見るうちに凍っていく。
そのせいで凍結したドーム状のフィールドに三人と一匹は閉じ込められることになってしまった。まるで決闘場のようだ。しかも相手は残忍凶悪な、絶対零度の殺戮者。
「リオさんのせいで閉じ込められたに」
「いやいや、余計な横槍が入ってこないようにしただけだから……結果論だけど」
などとリオが言い訳をしている隙に、プリズマリーアンタレスは次の手を打っていた。
「キュルラッ!」
魔力の籠もった叫びとともに、空気中の水分が凍りつき、巨大な氷の壁がプリズマリーを覆う鎧の如く形成されていく。
上級氷魔法。紫氷龍ヒョウも得意としていた防御魔法。
防御のためのそれを攻撃に転じさせ、八本の脚で地面を蹴る。氷の要塞そのものを纏った突撃。
さしずめブリザードチャージといったところか。
「所詮、蠍の浅知恵だに」
グランデが大盾を構え、迫り来る氷の要塞を迎え撃つ。そして激しい衝突音が響き、グランデは潰されてしまった——ように見えた。
プリズマリーアンタレスが、グランデの身体を轢き潰すようなことにはならなかった。
「ギアッ!?」
頭部を頂点とした氷兜——ブリザードフォートレスの鎧の方が砕けたからだ。
グランデのユニーク魔法。物理、魔法を問わず衝撃を反射する魔法。
氷の要塞が粉々に砕け散る。
グランデに伝わるはずだったため衝撃までプリズマリーアンタレスが全て受けたせいで、その巨体が弾き飛ばされる。
硬い氷晶甲殻をまとった額に――ピシッ、と小さな亀裂が走った。
「ギッ、リャァァァォ!」
「おわっ!? 発狂したに!」
プリズマリーアンタレスが怒り狂う。
八本の脚で大地を削りながら、グランデに左右の氷鋏を振るい、巨大な盾を挟み込んだ。流石に巨人族の血を引くグランデも、怪力バサミとの力比べは経験がない。
「ぐぬっ……!」
——ミシミシミシッ!
押しのけようとするグランデとねじり切ろうとするプリズマリーアンタレスの力が拮抗していた。
「……冷たいに」
グランデの表情がわずかに歪む。鋏そのものが極低温を纏っているのだ。鎧を通して冷気が侵入し、四肢へと凍傷が広がっていく。
皮膚が白く染まる。
「ぐ、ぬぬ……!」
それでもグランデは盾を離さない。コイツを抑えておくのが自分の成すべきことだとキッチリ弁えているからだ。
背後で、リオが叫ぶ。
「グランデ!」
「問題ないに!」
巨大な盾が軋みを上げる度に、プリズマリーアンタレスの冷気がグランデを蝕んでいく。
その時だった。
「――ひゅ〜」
氷像の中から気の抜ける声がした。
「ちっと時間がかかっちまったが……解析完了だ」
「遅いおはようだったわね」
「まったくだに」
リオとグランデが「やっとか」と言わんばかりにその声の主に皮肉を返す。
パキッ。
バスラの氷像に亀裂が走る。
パキパキパキッ!
亀裂は加速度的に広がっていき、バスラの氷像は内側から弾けた。
白い湯気が立ち上り、氷像は生身の人間へと戻った。
凍りついていた皮膚や衣服も、まるで熱湯を浴びたかのようにもうもうと湯気が噴き出していた。
バスラがゆっくりと顔を上げる。
「プリズマリーアンタレスの凍結毒、始めて喰らってみたが意外と辛口で美味いじゃねえの」
そして口元に残っていた凍結毒の残渣をもったいなさそうにぺろりと舐め取った。
バスラは不覚を取って凍りついたわけではなかった。プリズマリーアンタレスの凍結毒を解析し、対抗策を取る。最初からそれを狙いだったのだ。
そして今、バスラによって不凍毒が生み出された。
バスラが短刀を握り直す。
「さあて――」
黒い眼帯に付着した氷の膜を払い、残る隻眼でプリズマリーアンタレスを睨みつける。
「今夜のツマミは蠍だな」
次回更新は9/13(日)の予定ですが、新作のストックも並行してるので遅れるかもです。




