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寝かしつけた後のお話 <晶>

続きです。晶視点になります。

 泣きつかれた広希がスゥッと眠りについたのを確認して、私は寝室の扉を開けた。そして目の前に大きな壁を発見し、心臓がとまるかと思った。


 我が弟……いや、夫が立ち竦んでいたのだ。

 大きな体を震わせて、滂沱の涙を流すままにしている。


「ど、どうしたの?」

「俺……うっ……」

「あのっ……2人とも寝たから、あっち行こうか?」


 せっかく眠りについた子供達を起こされてはたまらない、と思ったのだ。

 清美は無言で頷きながら、私に手を引かれて素直に付いて来る。


「お茶でも飲む?ミルクあっためようか?」


 ソファに清美を座らせてキッチンへ立とうとしたら、グイッと腕を引き寄せられた。アッと言う間にスッポリと大きな、硬い腕に閉じ込められギュッ抱き込まれてしまう。だから諦めて相手に向き直る事に腹を決め、彼の背に手を回した。そうしてポンポンと優しく撫でてみる。


「悲しくて、泣いてるの?」

「違う……」


 清美は私を抱き込みながら、首を振った。


「嬉しくて……」


 もう鼻声になっている。ティッシュ何処だっけ?と視線を走らせるが、まだ当分この檻から逃げ出せそうにない予感がした。


「晶が……俺のこと『諦めない』って言ってくれて」


 どうやら私と広希の話を扉の外で窺っていたらしい。

 うーむ、立ち聞きは良く無いなぁ!


「清美……本当に『取られそう』なの?」


 だから意地悪く聞いてみる。

 すると一旦グイッと体を離して、清美は潤んだ瞳で私を睨みつけた。


「そんなワケないだろ?誰のこと言ってるの?!」

「広希が言ってたんだよ?幼稚園のママ達に、清美が人気で取られちゃうかもって。……心配だったんだって」

「仕事だよ?」

「うん。でも清美ってモテるからなぁ」


 と、ちょっとだけ拗ねてみる。でもそれが事実なのだ。


「浮気なんかしないよ」


 するとムッと口を引き結んで、清美は眉を吊り上げた。

 つい悪戯心が湧いて来て、更に余計な一言を投入してしまう。


「でも、もし『本気』になったら?」

「ナニ言ってるの?!」


 ギュッと彼の指に力が籠った。

 イタタタ……揶揄い過ぎたようだ。


「アハハ!冗談だよ」


 私は笑った。すると清美がグッと涙目のまま眉を寄せる。―――なのでかなり悪い事をしているように錯覚してしまう。


 調子に乗ってしまったかもなぁ。反省を込めて表情を意識して引き締めた。それから腕を伸ばして清美の頬を両掌でゆっくりと包み込む。


 ホント、大きくなっちゃって。


 年をとっても、いや年をとる毎にドンドン私の弟はカッコ良くなって行く。その上初めて会った時のキラキラした輝きは変わらずにそこにあって……ちょっと髪色は濃くなったけれど、内面から溢れる光が眩し過ぎて時々目がくらみそうになる。だから私が彼に飽きることなんかない。毎日少しずつ、好きって気持ちが降り積もって大きくなって行く一方だ。


 でもきっと清美がくたびれたオジサンになって、お腹がプクッと出ちゃったとしても―――私はずっと目の前の彼の事を大好きなままだと思う。むしろそう言う清美も見てみたい気がする。ちょっと髪の毛が薄くなって抱き着くと柔らかくって……そんな彼も可愛いかもって想像してしまう。

 でも長生きして欲しいし、不健康なのは心配だからやっぱりこのまま体型は維持してもらった方が良いのかなぁ?


 私はニンマリと笑って、彼の色素の薄い瞳を覗き込む。


「約束したでしょ?清美のこと『諦めない』って。この先清美の目の前にすっごく素敵で綺麗でスタイルが良くて、性格も良くてピッタリ気も合う女性が現れて―――彼女が清美の本当の運命の相手だったとしても。―――ずっと私は清美のことが大好きだから」


 チュッと軽く口付けると、ウルウルと下瞼に溜まっていた涙が溢れだした。


「泣き虫だなぁ」


 フフッと笑うと、彼はゴシゴシと乱暴に目を拭って拗ねたように呟いた。


「晶が泣かせるようなこと、言うから」


 そしてギュッと。再び抱き寄せられる。




「運命の相手なら目の前にいるよ。小学生の頃にもう出会ってる」




 これだ……!こういう台詞を衒いなく口に出来るスキルを、この子はいつのまに身に着けたのだろう?これだもの、幼稚園のママ達も色めき立つのだろうし、英会話のレッスンでもきっとナチュラルに女性のお客様の目を惹き付けているのだろう。誰にでもこんな台詞を言っているとは流石に思ってはいないけれど、相手の気持ちを掴む術をこの子は天然で発揮しているに違いない……と私は密かに確信している。


 でもそれは清美の所為じゃないんだよね。


 無意識だからなぁ……年齢を重ねて衰えるどころか、最近そこはかとなく色気が増しているような気がする。だけどそれはもう、清美の一部だから。

 それに私は清美のファン第一号だもんね。だからそう言う所も含めて『清美』なんだって思っている。


 そんなゴチャゴチャした色んな感情をひっくるめて、私もお返しにギュッと腕に力を込めて彼の首に抱き着いた。


 ……すると清美は私を首にぶら下げたまま、何故か難なく立ち上がる。


「ええと……ご飯は?」

「さっきパン、食べた」

「足りないでしょう?」

「……そっちは後で食べる」

「でも……」


 唇を塞がれて、続く言葉を飲み込まれてしまう。




 本当は全然自信なんか無い。幼稚園のママさん達は華やかで綺麗。女子力も高くって、人との関わりを避ける私なんかよりずっと気もきくだろう。英会話教室に通う生徒さんの中にも、とっても魅力的な女性がそれこそたくさんいるに違いない。


 世の中には可愛らしくって―――それでいて性格も良くてスタイルの良い女の人なんて、それこそごまんといる。


 そしてもし、清美がその人達の誰かとこれから運命的な出会いをして。

 私と別れてその人と生涯を過ごしたいって強く思ったなら、きっと私は清美を送り出すだしてしまうだろう。だって清美の幸せが一番、大事だと思うから。清美は例えその運命の女性と一緒に暮らしたからといって、子供達や、私を含めた家族を蔑ろにするような子じゃないし。

 だからもし私達が別れる事になっても、きっと私はずっと清美の事が大好きで―――このままずっと清美のファン一号で有り続けるのだろう。


 だけど約束したから。本当に完璧な運命の相手と清美が出会わない限り……清美が望まない限り、ずっと私は清美を自分から手放さないって決めたから。

 そんな悲しい未来『もしも』の話は―――絶対口にしない。

 できればずっと、清美と子供達ととーさんとかーさんと一緒に楽しくここで暮らしていたいから。




 清美のガッシリした腕に運ばれている間、そんな益体も無い事をつらつら考えている内に目的地に辿り着いてしまった。そこは子供達が寝ている寝室じゃなくて、客室。私を抱えたまま、清美は器用に扉を開けて中に入る。それから壊れ物みたいに、ベッドにそっと下ろされた。


 たぶん上着を脱ぐ為だと思うけど、ふっと清美の体が離れた時、何だか無性に寂しくなってしまった。離れそうになる体を引き止めるように私から、再び首にギュっと抱き着いて―――彼の耳に口を寄せて囁いた。




「清美、大好きだよ」

「……!……」




 感謝を込めて、そう呟いたら―――結果、彼を更に泣かせてしまう事になってしまった。

 私はベッドに蹲って動けなくなってしまった夫の背中を擦りながら、枕元にあるティッシュを引き寄せてせっせと渡したのだった。


 このようにウチの男性陣は女性陣に比べてちょっとだけ泣き虫だ。

 そこが『可愛い』と、私としては思うのだけれど。それを口にするときっと傷ついた顔をするに決まっているから……その言葉は当分そっと胸にしまって置くことにする。

おまけ話はこれにて終了です。

お読みいただき有難うございました。


二話目にてこずりました。子供視点って難しいです。

言葉の選択に苦労しました。読み返して後からまたチクチク直すかもしれません。


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