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9.レーモーネ村 帰還

 トレントを討伐した神人はレーモーネ村に戻った。その様子を見て村人たちが不安気に集まってくる。


「ど、どうでした? 奴はまだ同じ場所に居ましたか……?」

「あ、はい。」


 村人の言葉に対して神人はあっさりとした口調で答える。それを受けて村人は随分と余裕があるな……と思いつつ神人に告げる。


「お、お願いしますよ? あいつがいると、入会地の薪が……」

「はい。もう大丈夫です。」


 微妙に笑みを浮かべてそう答える神人に村人は自信があることは結構だが口だけにならないといいんだけどな……と思いつつ、念を押して討伐を頼むとその場から立ち去って行った。


 その後ろ姿を何となく見送ってから神人は肉まん仮面が邪魔で良く分からないがおそらく少々疲れているはずのシズネに声をかける。


「シズネ。俺はこれから村長の家に行って討伐完了の報告をするけど……先に宿に行って休んでおく?」

「い、いえ……ご一緒させていただきます……」

「無理はしないでね。」


 表情は良く分からないのでそれだけ伝えて神人はシズネを伴って村長の家へと移動する。

 しばらく移動すると、昨日もてなされた家に着いてそのあまり立派とは言えない門の前で掃除をしていた村長夫人の目に留まる。


「あんれまぁ!もう偵察は良いんですか?」


 村長夫人は神人を見て割と大きめの声でそう言ってきた。そして神人が何か言うよりも早く続けて褒めて来る。


「流石、才能のある人は違うわ~! で、どうでした? いつ頃退治できそうですか? おんや、これは失礼しました。立ち話も何ですし、続きは家の中で夫も呼んでお話をしましょう。あんた~!」


 神人が入る隙もないマシンガントークで村長夫人はそう告げて神人を家の中に入れながら大声で裏庭にいる彼女の夫を呼ぶ。


「何だ~?おぉ、これは…………ジン様! お早いですなぁ……流石ですぞ。」


 鋤を片手にのっそりとやって来て、神人を見ると急ぎ足でやって来た村長に神人は奥さんと同じようなこと言ってるなぁ……と苦笑しつつも本題に入る。


「あの、恐縮です。……それでなんですが、これが討伐証明の魔核になりますね?あ、それと討伐証明部位として一応こちらを……」

「「……は?」」


 和やかだった空気が固まり、村長夫妻の顔が驚きの色に染まる。神人は討伐証明の物証を出して二人の驚きの顔を見て何かまずい事でもあったかと動きを止める。


「……ほ、本物ですか? どこか別の土地のトレントでは……? もしや、種子から増えて、ベビートレントが……?」

「あ、そうですね。ギルドカードで証明もしないとダメでした。」


 神人はそこか。失敗したなぁ……と思いながらカードに埋め込まれた宝石の色が討伐完了の印を示しているギルドカードを村長に示した。


「……な、何とまぁ……」

「さ、流石、ですな……」


 シズネは驚きのあまりお湯を飲む手が震えている村長夫妻に若干の同情と普通はそうですよね……という感情を持った。


(普通は下調べをして、罠を仕掛け、自分に有利な状態に持って行ってから戦闘をするものですよね……)


 シズネは昨日、宿で説明を終えた後に作戦を立てる時点でそう思っていたのだが、神人は【観測せし者(シュレディンガー)】から話を聞いてそんな面倒なことはしなくていいと知ったので即日決着を決定したのだ。


 シズネは神人の底知れない能力とあまりにも当然と言わんばかりのその態度に引いて同意したが、この村の面々は殆ど知りもしない若者だが、常識を当てはめて今日の探索を事前準備だと勝手に判断していた。


「では、今日は休んで明日帰りますね。」


 驚いている二人に神人は少し早かったかな……まぁ確かにまだ日が落ちる前だし普通よりは早いかも知れない……と思いつつ告げる。


「お帰りなさらないんですか?」

「え? 依頼期間中は福利厚生あるんですよね?」

「ふくりこーせー……?」

「宿、泊まっていいんですよね?」


 村長夫人は正直に言って討伐が終わったのだからさっさと帰って欲しい。それに依頼は終了したのだから期間外だろうと思ったが、神人の至極当然と言った風な口調と、その異常さに負けて無言で頷いた。


「じゃあ、失礼します。」

「あ、あぁ……」


 何とも言えないような声を絞り出した村長を後に神人は先日泊まった宿へと移動して行った。











「……あの、ご主人様。」

「ん? 何?」


 シズネは宿の個室に移動した後、神人に言いたいことがあった。


(……依頼が終了して、それでも居座ると村人衆から何をされるか分からないのですが……)


 報酬が惜しくなった村人たちが神人の就寝時に襲ってくるかもしれないとシズネは思ったのだ。一応、冒険者に依頼の報酬を出せる程度には豊かな村ではあるが、それは逆に言えば自警団のようなモノを維持するほどの財力はなく、依頼の報酬も村にとってはかなりの負担になることを示している。

 

 そして、D級冒険者がC級の魔物に挑むこと。これは戦闘中に死んだとあっても不自然ではない。ギルドカードで討伐完了とあっても持ち主の状態までは示さない。大怪我を負って村に戻ってその傷が原因で死んだことも考えられる。


 つまり、殺されても何の不自然もなく隠蔽されるのだ。


(……ですが、それは流石に分かっておられるはずですよね……? 毎回口出しをして欲しいと言われましたが……自明のことにまで全て口出しをすればご不興を買うかもしれない……)


 シズネはそう判断して何でもないと言い直した。しかし、一応今夜は疲れている体を推して不寝番をすることに決める。


 そんな覚悟をしているシズネの思惑など知りもしない神人は市場で買い物をするにあたって一々説明が面倒だからと【観測せし者(シュレディンガー)】から付けられた【鑑定眼】を用いて結晶化している【樹人の怨呪】を見る。

 因みに、【鑑定眼】を付けられる時の痛みは目に高温の油が跳ねて来たような熱さと痛さを覚える物だった。


(……ふ~ん。これ、便利だな……この珠を光に当てておくとあのトレントより弱い魔物とか生物が寄らなくなるのか……地球で言うところのフィットチン? 何だっけ? 何か樹木が菌とか虫を寄せ付けないようにするやつ……あんな感じ?)


 【樹人の怨呪】の効果を適当に推測する神人。そして、現世の樹木が発している揮発性物質で神人がおそらく出したかったのはフィトンチットだ。


 それはさておき、神人は【樹人の怨呪】を月明かりの下、そして探検用の非常に長い間燃え続ける魔具に火を灯してその隣に置いた。


「う……?」

「……あ、ごめん。」


 途端にシズネが居心地悪そうにし始めたので神人は謝り、シズネに【樹人の怨呪】の効能を教えた。


「さ、流石です……ね……それを見越して……」

「……まぁ、うん。よくわかんないけど……その。」


 神人は【樹人の怨呪】の情報にあった物を思い出して口を濁しながらシズネに伝えた。


「アレだ。べ、別に疚しいこと考えて使ったわけじゃないぞ?でも、あれはあのトレントより強い生物には通じなくて……で、トレントより強い俺が、アレの壁になれば……効果がないから………………一緒に、寝ないか?」

「……え?」

「いや! その変なことはしないからさ! でも、嫌なら嫌ってはっきり……」

「い、嫌ではありませんよ? 可能であれば……よ、よろしくお願いします……そ、それにその、私は別に変なことをされても……あ! いえ、変ではないです! えっと……と、とにかくよろしくお願いします……」


 しばしの気まずい沈黙がおりる。その後、シズネがベッドに入り、神人がその後に入る。


 静寂の中で緊張していた神人が先に眠り、それよりもさらに緊張していたシズネは彼の側で一人、心の中で呟いた。


(……傍に居られるだけで、見ているだけでいいと、言い聞かせているのに……どうして……私は……期待してはいけない……私は醜い、醜いパト族の女……光り輝くご主人様とは不釣り合いな……でも……)


 シズネは体を入れ替えて神人の顔を見る。


(今だけは、僅かな期待と、この気持ちをお許しください……)


 向かい合うように、そして抱きこまれるようにして身を縮めたシズネは仮面の中に一切の表情を隠したまま眠りに就いた。




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