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『仮面の狂王』  作者: SORAスタジオ


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第2話:『グラスの底のアラストール』

ご訪問いただきありがとうございます!

第2話からは、舞台を路地裏にひっそりと佇む『Bar Alastor』へと移します。

スモーキーなお酒の香り漂う店内で、親身になって人々の話を聞く温厚なマスター「レン」。

彼の真の姿と、2年間の沈黙を破って始まる「最初の復讐劇」を、どうぞお楽しみください!

路地裏の地下へと続く階段の先に、その店はある。

昔からそこにあったかのような、ふと見た時には誰も気づかない不思議な佇まい。重厚なオーク材のドアには、黒い金属プレートで店名が刻まれていた——『Bar Alastor(アラストール)』。

ドアを開けた先では、まずスモーキーなお酒の香りが鼻腔をくすぐる。耳には落ち着いたジャズが心地よく流れ、目には薄暗く暖かな琥珀色の光。明るすぎないカウンターは、並べられた酒瓶を美しく浮かび上がらせていた。

そのカウンターの中に、店の雰囲気を壊すことなく、客の前に立つに相応しいシワ一つないベストを纏い、髪を綺麗に整えた男が立っていた。誰が見ても美しい、隙のない出で立ちの男だ。

「マスター、いつものを頼むよ。今日仕事で嫌なことがあってさ……」

カウンター席に、肩を落とした中年の男が腰を下ろした。

「おやおや。では、日頃の疲れを癒やす特別な一杯をお作りしますね」

カウンター越しに温かい微笑みを浮かべる男は、「レン」と呼ばれていた。

物腰は柔らかく、客のどんなくだらない愚痴や悩みにも静かに耳を傾ける。街の人々からは「親身になって話を聞いてくれる、頼れるマスター」と深く慕われていた。

「レンさんの作るお酒は、本当に体に染み渡るよ。いつもありがとうな」

「滅相もありません。今日はどうされたんですか?」

柔らかな笑顔で問いかけるレンに、男は「聞いてくれよー」と上司への不満や妻への愚痴をぶちまける。レンは心地よい相槌を打ちながら話を聞き、男はすっかり気分を良くして帰っていった。

時計の針が深夜2時を回ろうとしていた頃。

——バンバンッ!

静まり返ったドアが、激しく叩かれた。

「頼む……誰か……助けてくれ……!」

レンがドアを開けると、雨に濡れた中年夫婦が倒れ込むように入ってきた。

衣服は破れ、夫の顔には痛々しい腫れがある。何者かに追われているのは一目瞭然だった。

レンはすぐさま二人を奥のソファーへ通し、温かいタオルと湯気立つホットワインを差し出した。

「ゆっくりで構いません。……何があったのですか?」

夫は震える手でカップを握りしめ、涙をこぼしながら語り始めた。

自分たちは国からも仕事を請け負うような、小さな精密機械の町工場を営んでいたこと。だが、ある卑劣な男にハメられ、偽りの借金を背負わされた挙句に工場も家も奪われ、ついには命まで狙われていること——。

「全部……あの男の仕業なんだ! 地位も名誉もあるくせに、人の絶望を楽しそうに笑う……あの悪魔に……!」

表情ひとつ変えずに耳を傾けていたレンだが、グラスを拭いていた手が、ピタリと止まった。

だが、レンはすぐにいつもの温和な笑みに戻ると、夫の肩を優しく叩いた。

「恐ろしい目に遭われましたね。……全てを捨てて、一からやり直す覚悟はありますか?」

「え……?」と呆然とする男を前に、レンはカウンターの奥から小さな暗号化端末を取り出し、迷いのない手つきで操作を始めた。

「今夜のうちに、国境を越える特別な魔導列車を手配しましょう。身分を証明する新しい書類と、向こうでの生活資金も用意します。……水平線に沈む夕日が、とても綺麗な国ですよ。あそこまで離れれば、誰もあなた方を探せません」

夫婦は目を丸くした。一人のバーのマスターが口にするには、あまりに手際が良すぎる脱出劇だった。

「そんな……なぜそこまで……! 私たちには、お返しできる金なんて……」

「お気になさらず。あなた方のような真面目な人が泣きを見るのは、間違っていますから」

レンは柔らかく微笑むと、手配した裏社会の密航業者に夫婦を引き渡した。

暗闇の中、車が去っていくのを静かに見送り、夫婦は泣きながら「命の恩人だ」と何度も頭を下げて消えていった。

◆

静まり返った店内に、再び一人きりになる。

レンはカウンターへ戻ると、鍵をかけ、営業札を「CLOSED」にひっくり返した。

そして、ゆっくりと姿見の前に立つ。

温和だったマスターの顔から、一瞬にして一切の感情が消え去った。

レンはシャツのボタンを外し、胸元を露わにする。

そこには——2年前、豪雨の夜に最愛の女から突き刺された、生々しく引き攣った大きな刺し傷の痕が刻まれていた。

冷たい指先が、その傷痕を撫でる。

2年前、川底から這い上がったあの日から、アルスは死んだ。

整形し、声を変え、裏社会の毒に浸かり、金と人脈と裏のルートを泥すする思いでかき集め、この『アラストール』を創り上げたのだ。

「……助けたわけじゃないさ」

鏡の中の自分を見つめ、アルスは低く、地底から響くような声で呟いた。

「あの夫婦がここへ逃げてくることも……彼らを追い詰めたヴァルツの足元で甘い汁を吸う『金融会社』の連中が、今夜どの店で酒を飲んでいるかも……すべて最初から分かっていた」

夫婦を逃がしたのは、親切心などではない。

奴らの不正の証拠を握る「カード」を安全な場所に隠し、同時に奴らが油断して酒をあおるタイミングを待つための、すべては計画通りの手順だった。

アルスはカウンターの下から、黒い革の手袋と、かつて医療用として使っていた危険な劇薬の入ったアンプルを取り出した。

「さあ……復讐の始まりだ。まずはあの連中から、骨の髄まで叩き潰してやる」

優しいマスターの面影はそこにはない。

漆黒の闇を纏った一人の男が、雨の降る街へと静かに消えていった。

(第2話・完)

第2話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

優しいマスターの仮面を脱ぎ捨て、ついに動いたアルス。

「実は最初からすべて知っていた」彼の冷徹な計算と、手に握られた劇薬のアンプル——。

次回・第3話では、ヴァルツの足元で甘い汁を吸う悪徳金融会社への圧倒的でダークな復讐劇が幕を開けます!

もし「面白かった!」「マスターのギャップにゾクッとした!」と思っていただけたら、下の【スキ(いいね)】や【ブックマーク/フォロー】をポチッと押していただけると、執筆の大きな原動力になります!

次回(第3話)は、2週間後に更新予定です。ぜひお楽しみください。

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