私を歩く
あれから、数年の月日が流れた。
無事に難関資格の試験を突破し、私は小さな専門職の事務所に就職した。覚えることも多く、目まぐるしく過ぎる日々。けれど、自分の知識と技術で誰かの役に立ち、その対価として得た給料で生活を営む喜びは、何物にも代えがたい。
忙しくも満ち足りた毎日の中で、何より変わったのは「自分自身を大切にできている」という実感だった。
休日は、以前から興味のあった手芸教室に通っている。無心で針を動かし、静かに作品と向き合う時間。そこで出会ったのが、今のパートナーだ。
お互いの価値観を尊重し、無理のない距離感で寄り添える人。焦ることもなく、ゆっくりと二人でこれからの道を歩みたいと思っている。
ある日の外回りからの帰り道。
ふと思い立ち、かつて去った屋敷へと向かう。辿り着いたその場所で、足を止めた。
かつて私を押し潰し、冷たい悪夢で見下ろしていたあの「高遠家」の重々しい門も、広大な屋敷も、影も形もなくなっていた。
跡地は綺麗に区画整理され、明るい陽光が差し込む敷地には、真新しい小さく可愛らしい住宅が四軒、並んで建っていた。
庭先には小さな子供用のおもちゃが転がり、大小様々な洗濯物が風にはためいている。
少し前、疎遠になっていた実家の母から連絡があったのだ。
最低限の付き合いしかしていない母が、申し訳なさそうに、けれどどこか興奮気味に教えてくれた。
『私も最近知ったんだけどね。あんたの元旦那、逮捕されてたんですって。会社をクビになって、変な奴らに騙されて家も失って。差し押さえに来た人たちに暴力を振るったらしくてそのまま……。お姑さんも施設で認知症が進んで、息子の顔も分からないみたいよ』
母は「あんな家に嫁がせて悪かった」と遠回しに私に媚びを売ろうとしていたが、私は「そう」とだけ返し、すぐに電話を切った。
正直ざまあみろ、と叫ぶ気持ちが湧くかと思った。
けれど、胸の中にあったのは拍子抜けするほどの「無関心」だった。
自分たちの愚かさと傲慢さで自滅したあの人たちの末路は、今の私にとってチラシの端ほどの関心もなかった。
傷ついた過去も、耐え抜いたあの日々も、もう私を縛るものではない。今の私を作り上げ、自分らしく立つための強さをくれた単なる「糧」だ。
仕事の資料が詰まったバッグを持ち直し、私はゆっくりと歩き出した。
作者の代表作です
『異世界転移したら、地球を所有してました。その裏で、地球では大騒動が始まっていた』
5話までは、ふーんこういう世界観ねと流し見てもらって
6話目から面白くなると思います
読んでくれると嬉しいです




