第359話 キャシーを尾行
第359話 キャシーを尾行
意外にも食べ終わったらすぐ二人は席を立った。
キャシーを手で制して金を払う男。
へえ奢るんだ。お金目的ではないらしい。
男が先導して二人は南門通りに戻り、1キロほど南下して第6環状馬車道を左に入った。
道の途中でも男はキャシーの背中に触れたり、髪を触ったりしている。
キャシーはやめてよと言いながら、笑っている。
こんなベタベタカップルは嫌だな。
「ベタベタし過ぎね。キャシーは何であんなのが良いのかしら」
沙織もかなり否定的になっていた。
少し歩いて二人が入って行ったのは防具屋だった。
キャシーは今さら新しい装備を必要としてない筈だ。あの男は冒険者なのか。
防具屋の店はガラス窓も小さく、ちょっと覗き見するのは難しい。不可視だからといって、ドアを開けて入って行けば明らかに不信に思われるだろう。
「クモミン悪いけど虫型調査員を使って店内を観察してもらえないかな」
『うん、おもしろそうだ。協力するよ』
俺たちは各自の特製スーツの空中ディスプレイで、ハエ型調査員が送ってくる映像を見る。
「この防具良いだろう。金が溜まったらこういうのを買うつもりさ」
男が手に取ったのは店の中でも最良品と思える品物。
十分に鍛え抜かれた薄い金属片を、関節の可動域を十分に取れるように丈夫な糸で編み上げたメタルプレート。そして大事な部分の防御力を補うように、肩当て、胸当て、腹当て、小手当てなど、同じ金属製のパーツが揃っている。
その上左手の小手当てに、取り外し自由な丸盾までセットになっている。
コイツのランクは知らないが、身に余る防具じゃないだろうか。
「いいわ、それあたしが買ってあげるわ」
おいおい、キャシーそれで良いのか。話し方も語尾にゃんに気をつけて気取っているよな。
「いいよ。Cランクになってから自分の力で買うから」
男は意外にもキャシーの申し出を断った。
「二つランクを上げるまで待ってたら、これ無くなっちゃうよ」
え、まだアイツはEランクかよ。 Eランクの依頼と言えば、ペット探しに人探し、屋根の修理とかだよな。あんな良い防具は全く必要ないだろ。
「無くなっちゃうかな。親父さん1年くらいお取り置きってできないかな」
無理なことを言いやがって。
「お取り置きはせいぜい一週間までだな」
「そこを何とか」
「無理だな」
「金貨20枚だもんな。やっぱ諦めよう」
高そうだとは思ったけど、金貨20枚て大金だな。
「それくらいなら私持ってるから。
親父さんこれ下さい」
キャシーの注文に、店主は少し戸惑っているように見えた。
「防具に名前は入れるか」と店主。
「キャシーからラグドールへって入れてもらおうかな。
ラグ、そう彫ってもらっても良いかな」
何故か店主はキャシーを値踏みするように観察する。キャシーは男を見ていてそれに気がつかない。
「おう、裏側ならな。でも本当に良いのかい」
「もちろん良いよ」
キャシーよ、ちょっとEランクの冒険者を甘やかし過ぎだろ。これが惚れた弱みってやつか。
「彫る前に金を払ってくれるか」
店主がそう言った。高額な商品だから当たり前か。
「試着してみなくて良いの」
キャシーがそう言うと、以前試着させてもらったことがあるから大丈夫だと男は答えた。
「そうなんだ」とキャシーが金貨20枚をカウンターに並べた。
「お買い上げありがとうございます」
そう言った店主は、はす眼に男を見て首を捻っている。
「これは品物の預り証と領収証だ。
名前を彫るのには一時間と掛からないと思うが、品物を取りに来る時はその預り証を持って来てくれ。品物はそれと引き換えだ」
店主はキャシーに直に渡そうとしたが、横から男がそれをひったくるようにして受け取った。
男はホクホク顔で預り証と領収証を受け取り、キャシーの手を握る。
「金は出世したら必ず返すからね」
多分返すつもりなんてこれっぽっちも無いだろうな。
二人は後でまた来ますと店主に告げて出て行った。
この後はどこへ行くつもりだろうか。
もう尾行観察にも飽きて来たし、ここらでやめておくか。そう思った時。
「ちょっと店に忘れ物をしたみたいだ。
それにこの後ギルドで仲間と待ち合わせしてるんだ。
また今夜6時、いつもの所で会えるかな」
「そうなんだ。分かった。またね」
おや、急展開だな。もうデートは終わりかよ。まあ丁度いいか。
少し寂しげにキャシーは南門通りの方向へ一人帰って行った。
沙織としのぶはキャシーの尾行を継続するつもりのようだ。
それなら俺は男をもう少しつけてみるか。
アイツが店に戻るかは怪しい所だが虫型調査員に見張ってもらって、俺はUターンしてさっきの店に先回りする。
不可視モードは途中の路地に入ってから解除した。
「いらっしゃい」
さっきの店主が俺に挨拶した。
結構愛想が良いじゃないか。一見老けて見えるが30代前半くらいかも。
「店内のものを見せてもらっても構わないでしょうか」
「どうぞごゆっくり」
俺は店の片隅で品物を物色する。
「いらっしゃい。あ、あんた、もしかして忘れ物か、これだろ」
さっきの男が入って来た。本当に忘れ物でもしたのか、コイツ。
男は店主の差し出したバッジらしきものを受け取る。
「ああうっかり置き忘れたらしい。所で後ろの人はお客様か」
男は振り返って俺を胡散臭そうに一瞥した。
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