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ハエと美少女姉妹(異星人の使いと異世界の冒険)  作者: 千葉の古猫
第1章 地球編その1 コウタがハエと美少女姉妹に翻弄される日々
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第35話 沙織の謝罪

第35話 沙織の謝罪


「コウタが筆箱でやっつけたのよ。

 きゃんきゃんと泣き叫んで逃げて行ったんだから、あの犬」


 それは結果であって、偶然が俺を助けてくれたのだ。


「実は俺、その頃書道塾へ通っていてな。

 あの大きな筆箱には、たまたま大きな文鎮《ぶんちん》が入っていたんだよ」


 沙織は首を傾げている。

 ここまで隣でじっと話を聞いていたしのぶちゃんが、一つ手を叩いた。


「分かった。そのワンコは鉄の文鎮に思い切り噛み付いて、あまりの激痛で退散したんですね」


 沙織が腑に落ちたという顔をした。それまでずっと、俺が筆箱で叩いて犬を撃退したものと、都合よく記憶が変換されていたらしい。

 思い出に浸る沙織はそのままにし、正解したしのぶを少しからかってみる。

「いらっしゃいませ、しのぶちゃん」


「それはもうやめてください。いじわる」

 しのぶは、軽く俺の腕をはたいた。


「ごめん、ごめん。つい調子に乗っちゃって悪い」


 沙織が口をすぼめる。

「また二人の世界ができてる。

 なによ、その、いらっしゃいませって」


「ああ、これは最近始まったアニメの話さ。沙織は見ないのか、アニメは」


 沙織を見ると、熱を帯びた視線が絡んできた。

「アニメは最近あんま見てないから、どうでもいいけどさ。

 私が言いたいのはさ…

 小さい頃に何度も遊んだことがあるのに、あんたがあの時私のことを全然思い出してくれなかったから、腹が立って、くやしくて、あんなことを言っちゃったけど…

 コウタを私が嫌う筈がないってことよ」


 こんなにしおらしい沙織を初めて見た。

 予想外の態度を見せた沙織に、俺は正直かなりとまどっていた。


「そ、そうなのか」


 しのぶちゃんが、俺と沙織を交互に見て言う。

「良かったね二人とも」


 沙織があんな態度を取ったことには理由があった。好きだった人に忘れられていたら俺でも寂しくなる。

 あの一件は水に流すべきだろう。


「俺も悪かったってことで、あの時のことはお互いに無かったことにしよう」


 沙織の表情がパッと明るくなった。

「うん、わかってくれてありがとう、コウタ」


 さっき、良かったねと言ってくれた筈なのに、しのぶちゃんは口をへの字にしている。

 そして姉にクレームをつけた。

「姉さん、幸太さんを気安く呼び捨てにするの、やめてくれない」


 妹に文句を言われてもまだ嬉しそうで、聞いて聞いてという感じだ。

「だってさ、昔はお互いに、コウタ、サオリって呼び合ってたんだよ。

 あのことで私がコウタを追い込んだみたいになっちゃって、仲直りの機会を探すつもりで、教室でもそれとなくずっとコウタを見ていたの。

 それなのに、全然視線を合わせてくれないから謝れなくて困ってたんだ。

 だから遅くなっちゃったけど、改めてコウタ、あの時はごめんなさい」


 沙織は頭を深々と下げる。

 正面切って女子に謝られるとどうして良いか分からなくなる。もう十分なんだが。

 さらさらのロングヘアが、貞子みたいに頭を隠して少し不気味だ。

 早くこのシチュエーションから逃れたい。


「俺の方こそあの時はきもくてごめん。

 沙織のことをすっかり忘れていたことも悪かった。ごめん」


 俺が頭を下げると、上げかけていた頭を下げ直す沙織の様子が上目越しに見えた。

 お互いに謝罪してチャラになったと思いたい。


 しのぶちゃんは呆気に取られた顔を見せてから、俺たちをちゃかすようなことを言う。

「謎は解けたよ、ワトソン君。

 新しいクラスで初めて一緒になったばかりなのに、姉さんが幸太さんのフルネームを言えたのは、過去にそんな経緯があったからなんだよ」


 うんうんと頷く沙織。冷淡などころかとても素直で胸がきゅんとする。

 そんな自分をごまかすように、俺は当時の気持ちを表現する。


「なるほどそういうことか。

 フルネームで呼ばれて糾弾された時はただ恥ずかしかったけれど、少し経つと敗北感を覚えた。

 初日だけでクラス全員の名前を記憶する女には、この先も頭と口では勝てないと悟ったからだ。

 だから、それからは絡まれないようにと思って、沙織に視線を向けないようにしてたんだ」


 沙織はもう感情を隠そうとしない。

「あの日、フルネームを知っていた男子は、コウタだけだよ。

 女子に限っても、前からの友だち一人だけ…」


 そんな告白みたいな真似はもうやめてくれ。心が奪われそうだ。


 俺を見ていたしのぶちゃんがポツリと漏らした。

「この事件は姉さんより幸太さんの方に非があったのかも。女子から見れば」


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