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悪役令息の役目は終わりました  作者: 谷絵 ちぐり
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幕開けのお知らせ

リースが市井におりてから五年の月日が流れた。

弟のヒルローズとはポツポツと文のやり取りだけしている。

顔も合わせない、言葉も交わさない関係だがようやっと兄弟になれた気がする、そうリースは思っていた。

封筒に書かれた右肩上がりの少し癖のある『リース様』と書かれた文字をなぞる。


「リース!サボってんじゃないよ!」

「・・・女将、物思いに耽ってんだよ」

「それをサボってるってんだ。そんなんじゃ、サミュエルに嫌われちまうよ」

「んなことさせるかよ」


ふんと鼻で笑いながらリースは戸口の女将を見やる。

その肩越しにはサミュエルが目を眇めてリースを見ていた。


「は?え?サミュ?どうした?」

「どうしたもこうしたも、全然進んでないじゃないか」


リースは自分の周りをぐるりと見渡して、アハハと乾いた笑いを浮かべて髪をかきあげた。

かきあげたサラサラの蜂蜜色の髪はすぐにリースの頬におりてくる。

ほんとにもう!とサミュエルは怒りながらリースの荷を纏めていく。


「もう僕一人でやっていこうかな」

「嫌だ!サミュ、ごめんね。すぐに片付けてこんな所とはおさらばしよう!」

「こんな所とはなんつう言い草だい、リース?」


女将は笑いながら容赦なくリースの頭をはたき、纏めた荷を室外に放り投げていく。

今日、リースはドルマン酒店を出ていく。

サミュエルと共に暮らす為に。


五年前、リースがルナリースの鎖から解放されたあの時サミュエルはリースにこう言った。


「奇遇だね」


たった一言のそれはリースを喜ばせた。


サミュエルはリースほど自分の料理を美味しそうに味わって食べる人を知らない。

初めて会った時から、美味しいとやや大袈裟なのでは?と思えるくらいに褒めてきた。

サミュエルはその事を忘れない。

10歳から雑用としてカナリア亭に奉公し、食器を洗いながら皿に残ったソースを舐め味を覚えた。

野菜の下処理を覚え、肉の切り方を覚え、とうとう10年目に客に料理を振舞った。

それがリースだ。

店主のそれは言わば試験のようなもので、リースの反応を見てサミュエルに合格を出した。

それから五年、サミュエルはカナリア亭で腕を振るいながら金を貯めた。

リースもドルマン酒店で働いて金を貯めた。

貴族であった頃の金はそのまま置いてある。


リースとサミュエルの荷物を乗せた荷車をリースは一人で引っ張った。

白くたおやかだった手はゴツゴツと働く男の手になり、背も伸びて筋肉がついた。

五年も酒樽を配達していたのだ、リースは貴族の面影もない働く男になっていた。

カナリア亭から遠く離れた、平民街の外れに二人の新居はある。

一階は食堂、二階が住居だ。

おんぼろにも見える間口一軒の二階建て。

肩を寄せ合いながらそれをリースとサミュエルの二人は見上げた。


「リース、頑張ろうね」

「サミュと一緒ならどこまでも頑張れる」


リースはそう言ってサミュエルのこみかみにキスを落とした。

サミュエルはふふ、と小さく笑う。


「奇遇だね」


その言葉はまたもリースを喜ばせ、サミュエルはぎゅうと抱きつかれ甘く優しいキスの洗礼を浴びた。


こうして二人は新たな世界に足を踏み入れた。




王都の外れにある『新緑の天使亭』の名物料理は骨付きチキンの煮込みシチューだ。

チキンはフォークを入れると骨からほろほろと身が外れ、その身に煮込んだブラウンシチューが絡んで口に入れると濃厚な味がする。

残ったシチューはパンにつけて食べたり、茹でたじゃがいもにつけたり、小麦粉で練った団子につけたりして食べる。

シチューの入った皿はいつもピカピカで、別名『ピカピカシチュー』とも呼ばれている。

切り盛りするのは蜂蜜色の髪をした色男と厨房で腕を振るう垂れた目元が優しげな男の二人。

いつ訪れても二人は仲睦まじく、阿吽の呼吸で客を捌いていく。



リースとサミュエルは広大な世界の片隅で、誰にも干渉されずに二人の世界を廻している。

幸せも不幸せも、それは自分で名付けるものだ。

誰かにお膳立てされた舞台では得難いもの。

山の裾野で景色の一部になるリースの望みは叶った。

今のリースの望みは、サミュエルと共に生きることだ。



     ʚ♡⃛ɞ おしまい ʚ♡⃛ɞ



最後まで読んでいただきありがとうございました(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”




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