再会
リブロの布に書いた手紙は、オラニアに届いた。
ロイザーがオラニアを追って旅立った後、リブロの元に訪れる者がいた。
◆故国◆
ロイザーがモブシアンへ旅立って、数日たった。
オラニアが帰ってくるまで、絶対この家を守ろうと、リブロは決意していた。
毎日教会で祈り、年下の子どもたちの面倒を見て、家に帰ってから掃除や洗濯をする。
一緒に付いてきてくれた侍女は、高齢の域だ。侍女の足腰に負担をかけてはいけない。
オラニアが居た時は、当たり前のように、全てやってもらっていた。
それがどんなに有難いことだったのか、ロイザーは今更ながら噛みしめる。
オラニアがいつ戻って来ても良いように、オラニアの部屋も機織り機も、毎日埃を掃っている。
今こそ自分がやるのだ。
リブロは嫡男なのだから。
家族はもちろん、本来ならば、領地や領民を守る者なのだ。
その日の晩、リブロは遅くまで繕い物をしていた。
ズボンの膝が擦り切れてしまっていた。
リブロの運針はまだ覚束ないものの、擦り切れた箇所に端切れを当てることは、なんとか出来た。
「ふうっ。姉さんほど上手くないけど、まあいいや」
リブロがひと息ついた時である。
風がドアを揺らしたように感じた。
カタン、カタン。
風の音ではない。
それは、誰かが、ドアをノックする音だ。
リブロは裁縫箱から鋏を一つ持ち、静かにドアに向かう。
戦争が終わってから、見知らぬ人々が村の中を往来している。
盗みは横行し、治安の低下は甚だしい。
ガタン、ガタン。
ノックの音は先ほどよりも大きくなる。
リブロは意を決し、低い声で言う。
「誰だ!」
「わたしだ、イシリスだ」
えっ?
イシリス?
そんな!
まさか!!
ドアの向こうから聞こえる声は、確かにイシリス・インフィニィのものである。
リブロとその姉オラニアの、実の父親が生還したのだった。
◆縁◆
「わざと、だったと思う」
デアトリーは俯きながら言った。
ここはモブシアン国のデアトリー邸だ。
「わざと……鍵を盗ませた、そういうことですか?」
オラニアの問いに、デアトリーは頷く。
いつもよりデアトリー顔の陰影が濃い。
夕食後、デアトリーの自室で、二人はお茶を飲んでいた。
繭が取れる木の葉は、乾燥させると茶葉になる。
かつてオラニアが過ごしていた領地では、平民たちがよく飲んでいた。身体にも、良いお茶と言われている。
戦争後の処理で疲労している、デアトリーの部下たちに勧めてみようかと、二人で相談していたのだ。
ふと、デアトリーが、少年兵として捕まった時の話になる。
「インフィニィという師団長だった」
オラニアのカップが音を立てる。
「自分にも、娘と息子がいる。年若い者を無下に扱えない。彼はそう言っていたんだ」
デアトリーは顔を上げ、オラニアを見つめる。
「インフィニィ師団長、彼は……君の……」
「父、です。イシリス・インフィニィは、私の、私と弟の父です」
オラニアは一粒、涙を落とす。
デアトリーは、彼女をそっと抱いた。
「感謝する。君の父上に……。俺を救ってくれた。そして何より」
デアトリーの腕に力がこもる。
「君を、育ててくれた」
デアトリーの胸は厚く温かい。
幼い日に抱かれた、オラニアの父と同じだった。
◆父と母の真実◆
父と息子はしばし無言で、互いに抱き合った。
イシリス・インフィニィは、息子の背の高さに驚いた。
「デカくなったなあ」
破顔一笑。
イシリスの表情は昔のままだ。
だが、身体は変貌している。
利き手の腱は切られ、左足の膝は、粉砕されたのか動かない。
一騎当千の働きは、もはや望むべくもない。
叙爵も断ったと父は言った。
「すまんな。お前のことを考えたら、男爵くらい貰っておくべきだったか」
リブロは思いきり首を横に振る。
「そんなことは些末なこと。とにかく、よく、よく帰ってきてくださいました」
命があっただけで良い。
リブロの本音である。
「戦争が集結し、ペトラーダの軍規違反で、独房に収監されていたところを、解放されたのだ。モブシアンからの指示、というか命令だったようだな。ところで、オラニアは?」
「それが……姉さんは……」
リブロはオラニアは捕まって、まだモブシアンから戻って来ないことを告げた。
「なるほど。『繭の森』か。モブシアンの武器工場がある場所だからな」
「そうでしたか。道理で今も、鉄線があちこちに張ってあります。実は、何日か前に、その鉄線に布を巻いておきました」
今日、教会からの帰りに、リブロは一度森に入り、巻いた布の有無を確かめた。
「僕が巻いた布は、なくなっていました。布には姉さんの名前を書きました。もしも、もしも姉さんに届いたなら、きっと返事が来るはずです」
返事が届くとしたら、同じ森の中であろう。
「僕はこれから毎日、森に通います。モブシアンの兵士が来たら、僕も一緒に連れて行ってもらいたいのです」
「そうか。……わたしも一緒に行こう」
「えっ! 良いのですか?」
「爵位だけではなく、領地も失くした今、最早、この国に未練はない」
その夜、親子は久々に、枕を並べて寝た。
どうしても、リブロは父に訊きたいことがあった。
母のことである。
「リブロ。母を、我が妻を、どうか許してやってくれ」
リブロは無言だ。
せめて母が一緒にいたら、オラニアの苦労も半減しただろうに。
「お前たちの母は、出奔したのではない。お前たちを、捨てたのではないのだ」
「!」
リブロは暗闇の中で息を飲む。
父を、姉と自分を見限って、母は逃げたと思っていた。
「私の命を助ける代わりに、彼女は王の後宮に入った」
リブロの胸が苦しくなる。
後宮ということは、王の側妃になったのか。
「この度の戦の責を取り、王は退位し、王妃と隠棲する。側妃たちがどうなるか、それは分からん」
リブロは枕に顔を埋めた。
『戦は嫌よ、リブロ』
姉の声が耳元で蘇った。
いつもお読みくださいまして、誠にありがとうございます!!
いよいよ大団円。
誤字報告、感謝です。




