光は繭の中
二国間の戦争は終結し、オラニアはいまだ母国に帰れない。
ロイザーは、オラニアを探して、モブシアンに入国する。
◆兵どもの始末◆
戦は終わっても、人民の生活がすぐに元通りにはならない。
むしろ、後始末の方が時間はかかる。
デアトリーは日々、東奔西走している。
瓦礫の撤去や足りない物資の供給の他に、流行り病の予防と流入する他国人の対応などが、すべてデアトリーの指示の下で行われていた。
砦でオラニアの故国ペトラーダが、デアトリーの指揮で撤退した後、オラニアはデアトリーの自宅で保護されている。名目は「捕虜の確保」だとデアトリーは言った。
デアトリーの自宅は、モブシアン王都の近くにある、こじんまりとした屋敷である。
使用人は住み込みで一人、通いで一人。
オラニアはそこで、糸を紡ぎ布を織りつつ、邸内の家事も引き受けている。
この国に来て、半年が過ぎようとしていた。
「旦那様がお戻りです」
デアトリー宅の使用人が、オラニアに声をかける。
オラニアも主を出迎える。
「しばらく留守にしていたが、変わったことはないか?」
彼の笑顔は真っすぐオラニアに向く。
「はい。特に、何も」
なぜだろう。
デアトリーの笑顔を見ると、オラニアは落ち着く。
ずっと、眺めていたいとさえ思う。
いつからだろう。
きっと、あの時からだ。
デアトリーが大切に持っていた布地。
それはオラニアが父に渡したもの。
一枚の布が繋いだ縁を、オラニアは噛みしめた。
あの日、布を抱いて泣いたオラニアに、デアトリーは何も訊かなかった。
ただ、布をデアトリーに巻いたペトラーダの師団長は、オラニアにとって大切な人だったのだろう。
オラニアがポツリと呟いた「義と理念」という言葉は、ペトラーダの師団長からも聞いていたのだ。
「君に土産がある」
デアトリーの自室で、彼はオラニアに何枚かの布の切れ端を渡す。
「これって……」
布には、「姉さん、元気?」「僕は大丈夫」などと書かれてある。
いずれも、オラニアの弟、リブロの文字であった。
オラニアは両手で、布の切れ端をぎゅっと握りしめた。
「これは、どこで? どうして、デアトリー様の手に」
オラニアの声が震える。
彼女の涙に気付かないふりをして、デアトリーは答えた。
「繭が取れる森の、あちこちの木に、括り付けられていた。これは弟君か?」
何度もオラニアは頷いた。
デアトリーはオラニアの肩をそっと抱く。
「良かったな。返事を書くか?」
「は、はい。書きます。無事だって、私は大丈夫だって!」
「君が書いたら、俺が森に届ける」
オラニアを椅子に座らせて、デアトリーは小さな包みを一つ取り出す。
「お土産は、もう一つあるんだ」
テーブルの上に、デアトリーは包みをそっと乗せる。
鶏卵くらいの大きさだろうか。
「開けてごらん」
オラニアは言われた通り、包みを開く。
「えっ! これ……これって」
包みの中には、鶏卵より、ひと周りほど小さな繭があった。
森で取れる繭よりは若干大きい。
何よりもオラニアの目を奪ったのは、繭の色である。
ぼかしたような薄紅と淡い青と若草色が重なり、その上に粉をはたいたような紫と金色が落ちている。
こんな繭は見たことがない。こんな色鮮やかな……。
「この色の繭、初めて見るわ」
「俺も初めて見た。見つけたのは同じ森だ」
繭からは、時々細い光が漏れる。
発光する繭など、オラニアは知らなかった。
「同行していた高齢の兵に聞いてみたら、『虹色の繭』ではないかと言っていたよ」
虹色の繭!
オラニアが、ずっと憧れていたものだ。
これが、実物なのだろうか。
「まあ、本物の虹色かどうかは別にして、孵化した成虫を見てみたいな」
「はい。私も見たいです」
◆辿り着いた先◆
ロイザーは商会の名前と幾ばくかの金を使いながら、モブシアンに問題なく入国した。
漠然とオラニアを探すには、モブシアンは広すぎる。
そこで、オラニアが捕らわれた森を管理する人物を探した。
「ああ、そりゃあ将軍だ」
「将軍とその部下だな。あそこは繭の狩場だし」
意外にも、該当人物はすぐに特定できた。
国境付近で『将軍』と呼ばれる人物は一人だけだ。
デアトリーという男だ。
将軍は役職名というより、愛称であった。
「将軍に会いたい? なんで」
こういう質問に、商会の名は有効だ。
「戦争が終わって、現在こちらのお国でも、いろいろな物が不足しているのではないでしょうか」
ロイザーがにこやかに答えると、厳つい兵士も納得した。
国境を越えてひと月かかったが、ようやくロイザーは「将軍」に会える。
あと少し続きますm(__)m
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