本国から敵国へ
本作は遥彼方様主催「共通恋愛プロット企画」参加作品で、プロット提供は長岡更紗様です。6月25日までに完結いたします。
戦は嫌だ。
血が流れる。家族を失う。住む場所もなくなる。
そして、人間の尊厳まで失くしてしまう。
我がペトラーダ国は長らく、隣国のモブシアンと戦っている。
父はペトラーダ騎士団を率いて、モブシアンとの戦争を指揮していたが、軍規違反で王都に幽閉され帰って来ない。
爵位も取り上げられ、邸と領地を手離した。
状況を受け入れられなかった母は、私と弟を置き去りにして消えた。
十二歳の私は、五歳下の弟と、かつて侍女だった人の故郷に引き取られた。
生きなければ、生き抜いていかなければならない。
せめて、弟リブロが、成人に達するその日まで。
決意した私オラニアは、肩まであった髪を切り、市井に下った。
◆ペトラーダの織姫◆
「姉さん、今日も森に入るの?」
朝食はトウモロコシを潰して焼いたパンと、キノコのスープ。
そのスープをお代わりしながら、リブロが姉のオラニアに訊く。
「うん。そろそろ繭が沢山取れる頃だから」
「僕も一緒に行く」
「ダメよ、あなたは教会でお勉強でしょ」
リブロは十二歳、オラニアは十七歳になっていた。
二人の姉弟と侍女は、隣国との国境に近い町で生活している。
オラニアは生活費を稼ぎ、リブロは週に何回か、教会で勉強を教わっている。
「一人じゃ危険だって」
オラニアは微笑む。
「大丈夫よ。今日はロイが一緒だから」
それが嫌なんだと、リブロは思う。
多分ロイだけじゃないけどね、と言葉を飲み込むオラニア。
モブシアン国との国境付近は丘陵地帯で、低木の森が続く。
低木に貼りつく繭は、紡ぐと糸になる。
稀に真っ白な繭が見つかる。
それは貴重な糸の材料だ。
オラニアは、しばしば山に分け入り、白い繭を集めた。
繭から少しずつほどいた糸を織ると、見事な光沢のある布になる。
ささやかながらも生活が出来るのは、ひとえにオラニアの布が売れるからだ。
オラニアは布を買い取る商人たちから、密かにこう呼ばれている。
『ペトラーダの織姫』
オラニアの父インフィニィ伯の領地では、織物の生産が盛んであった。
オラニアも幼き頃から、見よう見まねで糸を紡いだ。
女たちが集まって、機織りをする場では、噂話も盛り上がる。
それらはたわいもない噂。だが、一つだけオラニアの心を捉えたものがあった。
『虹色の繭』
白い繭よりも更に貴重なものだという。
大人の掌位の羽を持つ、七色に光る蛾から生まれる繭は、まるで虹のような輝きを持つ。
その繭から取れた糸で織った布は、騎士の剣でも切れず、水も炎すらも撥ねつけるのだ。
「さあ、食べ終わったら、出かける準備よ」
オラニアがリブロに声をかけると同時に、家のドアがノックされた。
◆商会の跡取◆
オラニアが身支度を整え外に出ると、ロイザーが片手を上げて笑った。
「おはよう、ニア」
「おはよう、ロイ」
ロイザーはオラニアよりも三歳年上で、この町で一番大きい商会の跡取だ。
クロプス商会会頭であるロイザーの父は、貴族や軍に新規の商品を多数納入し、準男爵の爵位を受けている。
「何でも屋だよ」
そう彼は言うが、クロプス商会は近隣の貴族の御用達を長く務め、最近は王宮にも出入りを許されている。
領地から逃げるようにやってきたオラニアとリブロは、当座の生活費を得るために、オラニアの髪を売ろうとクロプス商会の店に入った。
オラニアのプラチナブロンドの髪を見たロイザーの父は、理由を聞かずに金貨を三枚手渡した。それはこの町で家族三人が、一年間生活できる金額である。
跡取として早くから父と一緒に店舗に出ていたロイザーは、オラニアの凛とした姿に見惚れた。
女性の命ともいうべき見事な金糸の髪を、生活の為とはいえ躊躇わずに差し出す少女の姿に衝撃を受けたのだ。
以来五年。
ロイザーは何くれとなく、オラニア姉弟の面倒を見た。
オラニアが糸を紡ぐ技能を持つことを知り、小型の機織り機を提供したのもロイザーである。
世間知らずの貴族の少女が、しなやかな平民の娘に成長する姿を、間近で見続けたロイザーにとって、いつしかオラニアは特別な存在になっていたのだが。
「オラニア姉さま、おはようございます」
ロイザーの後ろから、ひょこっと顔を覗かせたのは、一人の少女である。
「あ、お、おはよう、コナー」
「今日はご一緒しますね!」
今日も、でしょうとオラニアは心中呟く。
コナーはロイザーの遠い親戚だそうで、半年前、ロイザーの家にやって来た。
赤みがかった髪は光の具合で薄紅色に見え、くりっとした瞳はいつも潤んでいる少女だ。
ロイザーを「お兄様」と呼びながら、彼の行く先に同行している。
もちろん、オラニアの家にもやって来る。
「今日行く場所は、国境の近くだから、危険だわ、コナー……」
ほんの少しの棘を出し、オラニアはコナーに言う。
なんで連れてきたの。
せっかく二人で行こうと思っていたのに。
そんなセリフをロイザーに言いたい、オラニアである。
「大丈夫だよ、ニア。ペトラーダとモブシアンは、今のところ停戦しているし」
能天気にロイザーは言う。
間もなく、戦争自体終結するから、などと付け加え。
コナーはさりげなくロイザーの腕を取り、オラニアに向かって微笑む。
「では、行きましょう。オラニア姉さま!」
◆繭の森◆
森での繭の採取は、順調に進んだ。
相変わらず、コナーはロイザーにまとわりついているが、オラニアは目の前の作業に集中した。
持ってきた籠に入れた繭の個数は、およそ八百ほど。三人なら、千五百くらい集められるだろうか。
「お兄様、お腹すいた」
コナーの甘えた声に、ロイザーは空を見上げる。
「ああ、もう昼か。どうする?」
オラニアは軽く息を吐き答える。
「お昼ご飯にしましょうか」
はしゃぎながら、コナーは日当たりの良い場所を目指す。
「あんまり奥まで行っちゃ、危ないわ」
「平気、平気」
コナーに注意するオラニアの頬に、ふわりと、柔らかな風が当たる。
風の方向へと目を向けたオラニアは、思わず目を大きく開く。
羽ばたきだ!
オラニアの頭上を、ゆっくりと飛んで行く、一匹の蛾。
掌ほどの羽は、陽光を受けて煌めいている。
その色は赤でも黄色でも青でもなく、色を変えていく。
七色の、まさに虹のような羽色。
幻の羽にオラニアが手を伸ばそうとした、その時である。
「きゃあ!」
オラニアの前を行くコナーが、躓いて転ぶ。
同時に軽く大きな音が響く。
カラン、カラン、カラン
「しまった!」
ロイザーの顔色が変わる。
トラップ!?
気付かないうちに、森の中の国境ラインを越えていたのだろうか。
オラニアはコナーを助けて、起こそうとする。
近づいて来る、重い靴の足音。
「逃げろ!」
ロイザーが二人に叫んだ。
オラニアはコナーの手を引く。
「止まれ!」
軍服の男たちが銃を構える。
コナーは立ち上がると同時に、オラニアを突き飛ばす。
「なっ!!」
飛ばされたオラニアは、そのまま体勢を崩し、転倒する。
オラニアの目の端に映った、コナーの歪んだ笑み。
そして、飛んで行く、七色に光る羽。
オラニアの顔に、押し付けられた金属を感じながら、彼女の意識は混濁した。
◆敵国◆
遠く近く、聞こえてくる音。
何かが蠢く音。
シヤリシャリと食む音。
ああ、リブロがご飯を食べているのか。
お腹、空いていたのね。
お腹?
そういえば、お昼ごはん……食べて、ない?
はっとして、オラニアは目覚めた。
薄い敷物の上に、彼女は体を横たえていた。
薄暗い。夕方? それとも夜?
ここは、何処だ。
私は、一体……
「目覚めたか」
部屋の隅から声がした。
ロウソクの灯りが見えた。
声の主は、するりと立ち上がり、オラニアの側に来た。
軍服を着ている男性だった。
顔の陰影が濃い。
男が着ているものは、ペトラーダの軍服ではなかった。
ぼんやりと思い出す、繭を集めて森に入ったこと。
転んだコナーを起こそうとして、自分が転んだこと。
カラカラと鳴った罠。
「此処は……」
掠れた声を出すオラニアに、軍服姿の男は言う。
「モブシアンの辺境。ダサクの村だ」
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