5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(後)5
〜2031.6.22〜
喪服に袖を通した吉乃は、去年購入した数珠がハンドバッグに入れてあるのを確認すると、買って以来全くと言っていいほど運転してこなかった車に乗り込んだ。
しっかりとバックミラーを調整し、シートベルトを装着してからハンドルを握ると、大きく息を吐き出した。
車を持たない伯父と従姉妹を寺に連れて行く必要があるとはいえ、他人を車に乗せるのは教習所以来だ。
(どうか事故りませんように……)
ハンドルに額をつけて神に祈る吉乃。
伯母の一周忌にその旦那と娘を連れて行くなんて洒落にならない。
吉乃は昨晩再確認した手順通りに車を発進させ、途中何度かぶつかりそうになりながらも、どうにか伯父の家の前に着いた。
車を路肩に停め、呼び鈴を鳴らすと、すぐに学生服に身を包んだ三春が現れた。
「おはよう、三春ちゃん」
「おはよう、吉姉。さ、上がって上がって」
笑みを浮かべながら家に招き入れようとしている三春だったが、吉乃はその笑みに陰りを見た。
大好きな母親の一周忌なのだから落ち込んでいて当然とも思えたが、何か別の要因があるように思えた。
「何かあったの? 私でよかったら相談に乗るよ?」
自分の言葉に一瞬ドキリとした三春の姿を見て、吉乃はやっぱりかと確信した。
「……やっぱり吉姉に隠し事は無理か。実はね、誠が一昨日くらいから風邪ひいててね。なんか良くなるどころか悪化してるみたいだから、本当は看病に行きたいんだけど……」
「なるほどね。確かに今日は無理よね……」
母親の一周忌に娘として出席しなくてはならない三春が、男の為に欠席するというのは、父親である神代が許さないのだろう。
それを察した吉乃は、再び口を開いた。
「三春ちゃんは今日は一日忙しいんでしょ?」
「……うん」
「だったら私が後で見に行ってあげる。そんで辛そうだったら病院にでも連れて行くわ」
「本当!!」
吉乃が様子を見に行くと告げた瞬間、三春は花が咲いたような笑顔を吉乃に向けた。そして、何かに気付いたようにポケットに手を突っ込み、一本の鍵を吉乃に手渡した。
「これ、誠の家の合鍵ね」
まさか合鍵を持たせるような関係性だとは思ってもいなかった吉乃は一瞬硬直するも、すぐに笑みを取り繕ってその鍵を受け取った。
「け……結構良好そうな関係を築けてるじゃない? 鍵を預けるなんて」
「ち……違うよ!! これはおばさんがもしもの時にって預けてくれた鍵で、私は別に誠とはそんな関係じゃ無いよ!!」
衝撃を誤魔化すようにからかうと、吉乃の言葉で三春は一瞬で頬を赤らめ、必死になって否定をし始めた。そんな姿を見た吉乃はニヤついた笑みで更に続けた。
「そんなこと言って〜。もうキスくらいは済ませたんじゃないの?」
「だからそういう関係じゃないってば!!! だ……だいたい吉姉だって彼氏作れたの?」
三春の言葉は吉乃に決して少なく無いダメージを与えた。
「吉姉まだ二十六とか言っておきながら、彼氏の気配とか全然無いじゃん? いいの? 三十路まであっという間だよ?」
「わ……私は周りに良い人がいないだけで作ろうと思えばいつだって……」
いつの間にか形成逆転し、吉乃を三春が煽る図になった時だった。
「うるさいぞ、お前達」
三春の背後に、いつの間にか喪服姿の滝井神代が立っていた。
「そんなに騒いだら近所の人の迷惑になるだろう」
「ごめん、パパ」
「すみません、滝井主任」
言葉とは裏腹に穏やかな表情でたしなめられ、三春と吉乃はほぼ同時に謝罪の言葉を口にした。
そして、目を伏せた吉乃の視界にそれは映った。
「ところで主任……そのアタッシュケースはなんですか?」
神代の手に握られたシルバーのアタッシュケースはとても重苦しい雰囲気を宿しており、吉乃にはそれが気になってしょうがなかった。
少なくともこれから行くお寺には似つかわしいものとはお世辞にも言えない。
だが、神代はそんな吉乃を見て、小さく笑った。
「なにってこれは、今から起こす奇跡の為に必要不可欠なものだよ」
まるで何かを企んでいるかのような笑みを見せる神代に吉乃が首を傾げていると、神代はそのアタッシュケースを床に置き、なにかを壊さぬよう慎重に開けた。
すると、ドライアイスを水に入れたかのような白い冷気がケースの外に溢れ出し、神代は手袋をはめてから、一本の容器を取り出した。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




