5話:秘められた、世の真実は、そば近く、そこに秘めるは、一人の最期(後)1
布団で寝ていた櫻木誠は、そこが昨日この世界で目を覚ました時にいた保健室であることに、瞬時に気が付いた。
それに気付くと同時に全身のあちこちから痛みを感じた。
左腕は包帯でぐるぐる巻きにされ、まともに動かせる状態ではなかった。
左右の足も、松葉杖を使うほどでは無いが、相当な痛みがある。ただ、背中の痛みは上半身を起こそうとした瞬間、思わず呻いてしまう程の激痛が走る程の痛みだった。
傍らの丸椅子にはくまの残った顔で誠の方を見ていた吉乃と、護衛役としてなのか、吉乃の体に寄りかかる形で白妙華が、穏やかな寝息を立てていた。
しかし、吉乃が誠の起床に気付くと同時に立ち上がった為、華の体は支えを失い、床に叩きつけられる結果となった。
「起きたのね、良かったぁ……」
安堵したような表情をこちらに向けた吉乃がそう告げるのと同時に、誠は居ないとわかっている筈の存在をしきりに探す。
そして、布団をめくり、躓きそうになりながらも、誠は制止の声を上げる吉乃の言葉を無視しながらその部屋を後にし、とある部屋に向かった。
息が乱れる程走る誠。その体はボロボロでありながら、彼は一心不乱にその部屋を目指す。
彼が目指したのは、自分達に与えられた教室。
勢いよく扉を開き、中を確認すれば、沈んだ様子の大島雲竜と嵐山渡が床にあぐらをかいて座っていた。
そして、二人の傍には、白い布を顔に被せられた青年が寝かせられている布団があった。
布団に寝かせられている青年に近付く誠を、二人の仲間は止めない。声をかけることもない。ただただ悔しそうに涙を流す二人は、誠の気持ちを汲み取り、部屋を静かに去った。
誠は青年の顔に被せられた布をそっとめくり、一筋の涙を流した。
「……夢であって欲しかった……叶うことなら……本物の夢であって欲しかった……」
誠の手で人生に幕を下ろした青年の名は、河津涼太。
誠が背中を預けられる相棒であり、互いに高めあうライバルであり、そして、誠が分け隔てなく接することができた唯一人の親友であった。
◆ ◆ ◆
俺は今、誰にも使われていない老朽化した教室に連れてこられ、嵐山先輩と二人っきりの状態で向かいあったまま、椅子に座っていた。
その目的は当然、昨日の結末について、報告する必要があったからだ。
何から言えばいいのかわからず、中々言い出せない俺を見て、嵐山先輩はまず、昨日の被害状況や何が起こったのかについて教えてくれた。
その殆どは涼太から聞いていたものと同等の内容だったが、落ち着いた状況の中での話だったこともあり、その内容は事細やかなものだった。
まず結末から言うと、昨日の大規模なゾンビの襲撃で遠征隊の半数が死んだ。
むしろ、半数も生き残ったことは奇跡に近いのかもしれないが、結果的に多くの仲間を失ったことには変わらない。
特にチームのエースとしてこれまで多大な戦果をあげてきた涼太や、今回の遠征隊において支柱の一人とされていた数珠掛さんの死が全体の士気を下げていた。
大島隊長や人体医療のスペシャリストである吉乃姉を失っていた場合の影響はこれ以上だっただろうというのが嵐山先輩の考えで、俺もそれには概ね同意した。
今回の襲撃において、大多数のゾンビを屠ったのは大島隊長と嵐山先輩が率いていた女子チームで、その中に被害者は一人もいない。
元々いずれあるであろう出撃に際しての共同生活や実地訓練という目的を組み込むことで武器弾薬の所持を上に認めさせたが為に女子チームは運動場の辺りで訓練を行っていた。
それのお陰もあり、ゾンビの襲撃に耐えられるだけの武器はあったようだ。とはいえ、大島隊長と嵐山先輩が先頭に立っていなければ被害はそれだけじゃすまなかっただろう。
逆に手持ちの武器で戦うしか無かった男子チームの生存者は一人もいなかった。
場馴れしている数珠掛さんがいたにもかかわらず全滅してしまったのは、間違いなくあの巨大ゾンビのせいだろう。
おそらく外壁をぶち破ったのも巨大ゾンビの仕業だろうというのが、嵐山先輩の結論だった。
そして、俺は嵐山先輩に促され、大島隊長と別れた後に何が起こったのかを事細やかに告げた。
血痕や空薬莢を辿っていった結果、あの巨大ゾンビと遭遇した事。
こちらに気付いていない様子だった為、俺がインカムを使用して大島隊長達に連絡を取ろうとしたが、その一瞬の隙を突かれ、巨大ゾンビに重い一撃をもらった結果、足と背中に大きなダメージをもらった事。
最後のあがきで目の前に落ちていた銃を使ったことで期せずして巨大ゾンビにダメージは与えられたものの、狙いが甘かったせいか殺しきれず、逆に殺されてしまいそうになったところを涼太に助けてもらった事。
涼太は巨大ゾンビから動けなくなった俺を庇った結果、敵の攻撃を正面からもらい、そのせいで感染してしまった事。
そして……感染してしまった涼太を俺の独断で殺したことを、包み隠さず伝えた。
嵐山先輩は全てを聞き終え、そうかと一言だけ呟くと、しばらく黙ったまま床を見つめ始めた。
そして、しばらく経つと、大島隊長の元に戻るかと気落ちした声で告げ、椅子から立ち上がった。
だが、俺はその言葉に頷くことは出来なかった。
ただただ目から涙が溢れ、一人にしてほしいという気だけが強まっていった。
許されることではない。
本当なら真っ先に大島隊長へと報告し、謝罪すべきだったのに、俺はまだそれをしていない。
それなのに、今はただ、一人っきりになりたくてしょうがなかった。
だが、何故か自分勝手な行動をしている俺を、嵐山先輩は叱らなかった。
「自分をそう責めんなや。自分はようやったで」
俺が涙を流していることで気を遣わせてしまったのか、嵐山先輩はそれ以上何も言わず、優しく肩に手を置いてから、去っていった。
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