27 兄、己の感性を疑う
公爵及び侯爵家の屋敷街にある大樹の広場にて、我が家の少しばかり残念な侍女のリアクションで盛り上がっている所にブルーノもやってきた。
ブルーノの幼馴染であるニコラスとエンリオ、それぞれの従者も一緒である。
「やあ、何だか楽しそうだね」
まだ笑っていたガスパールにブルーノが言う。
「おお、ブルーノ。マルセルの所の侍女が面白くてな」
「……一応、一生懸命な侍女でもあるんだけどなぁ」
とりあえずフォローを入れておく。
カナはドジではあるが、日々自分の職務に対し真剣に取り組んでいる。これは事実だ。アルダートン家の他の使用人達もそこは分かっているため、カナがやらかしてもどうにか穏便に済ましている。というか、穏便に済ませられないレベルのドジはしないのだ。その辺、最低限のラインは守れていると思う。
ただ、父上と母上の目の前でやらかさないかだけは心配なのだが……。
「そのようだ。すまない、馬鹿にするつもりではなかったのだが」
俺が未来を想像して真剣な顔になったせいか、ガスパールは笑うのを止めて詫びてくれた。こちらこそすまん、そんな風に受け取ったわけではないんだ。
「へえ、一生懸命面白くしているだなんて、いい侍女じゃない」
それはもはや侍女ではなく芸人だと思うのだが、ブルーノはうんうんと頷く。
「――流石はアルダートン公爵家、育ちのいい使用人が揃っているみたいだね」
ブルーノはちらりと、ロイとエミを見てそんな事を言う。
そうそう、こっちは優秀なんだこっちは。見ただけで看破するとはやるなぁ。
しかしちょっと言い回しが変ではなかろうか。
躾が行き届いた、とかだと家畜扱いっぽいから気を遣ったのかな。
ロイとエミは恐縮するでもなく揃って深々と頭を下げた。
「今わたしの話をしてました?」
唐突に復活するカナ。
うん、大変残念ではあるけれど君じゃあないから、まだ寝てていいよ。
誰も言葉には出さなかったが、多分カナを除く全員の気持ちが一致した瞬間だったと思う。
「あはは、これは確かに面白いね」
「ええ!? えーと、ありがとうございます!」
褒められたと認識したらしく、カナは深々と頭を下げた。
うん、まあカナはこれでいいんだ、多分。
「ブルーノ達も来たことだし、そろそろ中に行こうか」
それ程利用者がいるとも思えないが、入口付近で固まっているというのはあまりマナーの良い行いとは言えない。
俺達は揃って広場の中に移動した。
取り敢えず荷物を置く場所を決めると、エミが敷物を広げる。
5人や6人が寝っ転がっても十分な大きさだ。
今日は主たる目的としてはそれぞれが領地に帰る前に交友を深めようと遊びに来たわけではあるのだが、ブルーノ達のリクエストに応えて俺とガスパールの練習の様子を見せるのも目的の一つに入っていた。
準備体操をして体をほぐしてから、広場を軽く走る。3人も走るとのことなので、3周もすればいいだろう。
なお、ミシュリーヌは殿方の前で息を切らせて走るのは恥ずかしいですわとの事で参加はせず、敷物の上から声援を送っていた。
「お兄様とガスパール様は速いですわね!」
距離が短いので普段より速く走ったからか、ミシュリーヌは感嘆の声を上げた。
うん、兄の威厳がちょっと増したようでなかなか嬉しいぞ。
「ミシュリーヌ嬢にお褒め頂くとは光栄だな」
ガスパールはにこやかに微笑んだ。
先日までの険しさがなくなり、女性をドキリとさせそうな笑顔だったが、エドワーズ王子命のミシュリーヌには当然特に影響はなく、将来のお姉さまの婚約者に対する親しみを示すのみであった。
そういえば、ミシュリーヌとエドワーズ王子、ガスパールとパトリシア王女がそれぞれうまくいった場合、ミシュリーヌとガスパールは義理の兄妹になるんだな。ということは俺とガスパールも義理の兄弟か。
……こういう場合、どっちが兄でどっちが弟になるんだろう。
まあ、とにかく長い付き合いにはなりそうであるので、仲良くやっていきたいものだ。
そんなことを考えているうちにブルーノ御一行がゴールした。
ブルーノとエンリオはまだまだ余裕そうだが、ぽっちゃり系であるニコラスはかなり大変そうな様子だ。
2人でニコラスに合わせたのだろう。
「大丈夫かニコラス? ほらこれ、飲むといいぞ」
ニコラスにマルセル印のなんちゃって経口補水液を渡す。
「あ、ありがとう、ございます」
一気に飲み干すと、ニコラスはそのまま敷物の上にぐってりと横たわった。
「おいおいニコラスー、行儀が悪いぞ。すまないねマルセル、こっちの方から訓練を体験させてくれなんて言っておいたのにこの有様で」
ブルーノは幼馴染の惨状にやれやれと首を振る。
「いや、気にしないでくれ。訓練を見せると請け負ったからには、ペース配分も教えるべきだった」
「いつも、あんなに、速いん、ですか――?」
まだぜいぜい言っているが、頑張って聞いてくるニコラス。
うんうん、かつて(と言ってもつい最近だけど)同じぽっちゃり系から減量した身としては気持ちがよく分かるぞ。
「いや、今回はいつもより短いから、その分速さを出したんだ。いきなりあのペースは無理だよ。あの半分程度を維持できれば十分だ」
「うう、ちょっと希望が見えてきました……」
光明を見出すニコラス。そこに――
「いつもより短いとのことですが、普段は何周分走っているんですか?」
エンリオが聞いてきた。
あー、聞いちゃうかー。それ聞いちゃうかー。
「……この広場なら、まあ15周だな」
「今の5倍っ!?」
聞かれたからには黙っている訳にもいかない。
ニコラスは再び敷物に沈んだ。
「……甘い考えは、本人の為になりませんので」
まあそうだよね。
簡単なものに取り組んで、思ったより効果がないと投げられては困る。
この幼馴染コンビも、中々に面白いかもしれない。
「ああそうだ、ブルーノとエンリオもこれを飲むといいぞ」
俺は二人にもスポーツドリンクもどきを渡す。
「おお、この飲み物はオレからも薦める。オレも前に飲ませて貰ったが、走った疲れと渇きが消えるかのようだった。味もいいしな」
ガスパールが太鼓判を押してくれた。
「ありがとう。――へえ、これは何て言う飲み物だい?」
一口飲んで、ブルーノが聞いてくる。
「そういえば、名前はオレも聞いていなかったな。何でもライヒアルト様ゆかりの飲み物だとか」
ガスパールも興味深げだ。
「えーと……」
困ったな。名前、名前かぁ。
経口補水液という言い方もスポーツドリンクという言い方も馴染まないよなぁ。
そうだ、ライヒアルト様由来という事にしてあるんだから――
「これは王兄ライヒアルト様の逸話を元に俺が考案した――その名も、ライヒアルト様水だ!」
……ちょっと安易だっただろうか?
ブルーノとガスパールがなんとも言えない表情をしている。
ミシュリーヌは、あちゃーと言わんばかりの表情だ。
「へえ、この飲み物はマルセルが考案したんだ。レシピを教えてもらっていい?」
そしてノーコメントである。
ライヒアルト様水という名称を完全にスルーされたことに一抹の悲しみを覚えながら、俺はレシピを教えた。
……もしかして、『様』が余計だったのだろうか?
泣いてなんかいないぞ!
「湯冷ましと砂糖と塩に、オランジェの果汁か……。どうやって思いついたんだい?」
ブルーノが単純な好奇心といった風に聞いてくるが、これは何かしらを企んでいる態度だ! この知識を利用して一儲けとかなら別にいいのだが、この発想が俺の前世の記憶に起因していると露見するのはまずい。
まあ、普通そんな突飛な考えには至らないだろうが、相手はあのブルーノだ。
ちょっとしたきっかけから芋蔓式に思ってもみなかったことまで喋らされるかもしれない!
どうにか自然に説明しなければ……。
「ああ、きっかけとしては運動をするようになって、汗が塩辛い事に気づいたことだ」
そういうことって、あるよね。
「ふんふん」
「汗が塩辛いということは、体から塩が抜け出てるということだろ? 元々あったものが無くなるというのは良いことでは無い場合が多いから、体が無くしたものを取り戻す飲み物を考えてみたんだ」
この辺りは厨房の料理人への説明でも使って納得してもらったので自信がある。
「なるほど……」
ブルーノも特に疑問はないようだ。
「初めは塩水にしてみたんだが、これが飲めたものじゃなくてな。塩の味を打ち消すために砂糖を入れて、今の割合に落ち着いた。オランジェを混ぜたのは、ライヒアルト様が走った後に食べて確かな回復を感じたと記されているからだ。ライヒアルト様はいい加減な事を言う御仁では無いはずだからな。実際、そっちの方が飲みやすいし」
締めとしてライヒアルト様の逸話を使用! 相手は腑に落ちる!……といいなぁ。
「そういえば、マルセルはライヒアルト様を目指すんだもんね。……それにしてもこの飲み物は――ライヒアルト……様水は、もしかしたらもの凄いものなのかもしれない」
納得してくれた!
それよりも祝! ネーミング採用!
言い淀んだ所から察するに、原因はやっぱり『様』だったか。
でも敬称を略するのは気が引けるからなー。
それからブルーノがしばらく何やら考え込んでいたけれど、ライヒアルト様水というネーミングセンスを受け入れてもらえた嬉しさで、俺はあまり気にしなかった。
さあ、自分のセンスへの自信も回復したところで、ガスパールと稽古をするぞー!
投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。
待っていてくださった方、ありがとうございます。




