26 ???/兄、侍女を心配する
その部屋は薄暗かった。
窓はなく、ランプも明かりの魔道具も無い。
にもかかわらず、薄暗いで済んでいるのは部屋の中央に置かれた鏡状の物体が光源となっているからだ。
本来鏡とは別な光源からの光を反射するものである。
だがそれは自ら光を放っていた。
そして、そこに映し出されているのは周囲の様子――壁の絵画や豪華な調度品などではない。
鏡状の物体には、円卓について茶会を楽しんでいるらしい少年少女達が映されていた。
そしてそれを十人程の人数が扇形に広がり、見ている。
その面々の特徴はばらばらだ。
薄暗くともそれと分かる立派な体躯の如何にも武人といった男も居れば、ローブに身を包んだ痩せぎすな老人、取り立てて目立つ特徴の無い中肉中背の男女も居る。さらには、小柄で目深にフードを被った性別すら不明な者までいた。
だが、その誰もが鏡状の物体が映し出す少年少女達の一挙手一投足を真剣な眼差しで見つめていた。
そうして、少年少女達の茶会は進む。
赤毛の少年に、銀髪の少女が何事か文句を言っている。
それを見て円卓の他の少年少女は和やかに笑い出し――、
一人が突然、鏡像の中から外に視線を向けた。
鏡状の物体を囲む者達の一人が何事かを周囲に説明する。
ある者は頷き、ある者は憂い顔になる。
ある男は覚悟を秘めた表情を見せ、その隣に居た女は悲痛な面持ちで男に寄り添う。
鏡状の物体の中では事態が進行しており、金髪の少女が、具合の悪そうな少年に水の瓶を渡している。
少年はそれを飲むが、状態は改善しないようだ。
それから――
鏡状の物体は悲鳴を上げるかのような音を立てて急速に光を失い、部屋は暗闇に包まれる。
僅かな時間の後、明かりの魔道具がつけられる。
囲んでいた面々の表情は複雑だった。
中央に置かれた鏡状の物体の表面に、大きな亀裂小さな亀裂が幾筋も入っている事に彼らは気づく。鏡状の物体だったものは今では割れた鏡と成り果て、自身を囲む面々の姿を歪めて映しているのみであった。
その、何かを暗示するかのような有様に、一同は沈黙する。
それを破ったのはフードを目深に被った小柄な人物だった。
フードの人物が何事かを宣言すると、彼らの中央、立派な椅子に座った男がそれに応える。それを受けて、数人は椅子の男に礼をして部屋を出る。
ある男女は一瞬、諦観に起因する虚無的な表情を見せるがそれを押さえつけ、先の面々と同じく椅子の男に礼をし、部屋を出る。
その後、部屋に残った面々は椅子の男とフードの人物を中心に話し合いを続けるのだった。
王城での新年を祝う宴の翌朝、俺は別邸の部屋でいつものように目を覚ました。
従者のロイの話によれば、今日も父上と母上はどこかの貴族との茶会に出かけているとのことだ。
ところで、その類いの貴族のお茶会というものに、俺は同行しなくてもいいのだろうか。ふと今までの記憶を振り返ってみても、連れて行かれた覚えがない。
そういえば、このアルフェトーゾ王国において貴族の子息は12歳から本格的に貴族としての義務や儀礼に関わり始めるとの事なので、社交もそれに入るのだろうか。
堅苦しそうではあるものの、貴族界隈に広まっているらしい悪評をできるだけ塗り替えるべく色々交流したかったのだが、もうしばらくは辛抱しなければならないようだ。
そんな事を考えながら着替えを済ませて食堂に降りると、少し早く来ていたらしいミシュリーヌが居た。
「おはようミシュリーヌ。昨日は色々心踊る出来事があったけど、よく眠れたか?」
「ええ、ぐーっすり眠れましたわよ。お兄様こそ、体の調子は大丈夫ですの?」
逆に心配されてしまった。
「ああ、もうすっかり元気だ。そうだ、朝食のあとしばらく休んだら広場に行ってガスパールやブルーノ達と会う予定だけど、ミシュリーヌもどうだ?」
俺の提案に、ミシュリーヌは少し考える。
「ご一緒しますわ。お姉さまと文通をさせて頂ける事になりましたから、いい話題になりそうですわ~」
いつの間にかパトリシア王女とそんな約束を取り付けていたらしい。
この辺り、女子力というものを感じる。
「……ガスパール様情報を集めて、エドワーズ様のちょっぴり恥ずかしい昔話を教えて頂くチャンスですわ」
黒いオーラを放ちながらつぶやく我が妹。
どんな密約を交わしたんだ一体……。
何となく、ブルーノが一枚噛んで来て結果エドワーズ王子とガスパールが甚大な被害を被りそうな気がする。主に精神的な面で。
偏見だと思いたいが、女子の文通内容って色々恐ろしい気がする。くわばらくわばら。
そんな訳であまり良いイメージの無い文通という奴だが、この後領地に帰ってしまえば、ガスパールやブルーノとも気軽に遊ぶわけにもいかなくなる。
どうも手紙のやり取りというものは時間がかかりそうで気が進まないのだが、文に気持ちを込めての遣り取りというのも風情があっていいかもしれない。
まあ、込める気持ちの種類にもよるけどな。
俺はうふふふふと怖い笑顔を浮かべるミシュリーヌから目をそらしながら、そんな事を考えた。
「……アルダートン公爵家は侍女まで面白いのだな」
ガスパールは、広場の芝生に倒れ伏したカナとそれを囲む俺達兄妹を見てしみじみと言った。
この聞くもくだらない話はほんのちょっとだけ遡る。
「おーい、マルセール!」
広場に近づくと、俺は野球しようぜ的な呼び掛けに出迎えられた。
見ればガスパールが手を振っていた。
「ガスパール、早かったな! 今行くぞー!」
荷物を持ったロイとカナ、一緒に来たミシュリーヌとお付きのエミにゆっくり来るように言うと、俺は広場の入口に向かって走り出した。
ここまでは普通に見られる牧歌的な光景だと思うのだが、この後に想定外の出来事が起きた。
「あっ、お兄様ずるい!」
何故かズル判定が出され、ミシュリーヌが後ろから走ってついてくる。
振り返って見れば、先を行かれた事に対する子ども特有の反射行動という奴だろう。
そして同じく俺も子供特有の反射行動――すなわち、追いかけられたら逃げたくなるアレに駆られ、速度を上げる。
負けじと頑張るミシュリーヌ。
実にほのぼのとした光景であった。
そう、俺とミシュリーヌの身分が公爵令息令嬢でなければ。
慌てたのはお付きの3人だ。
この区画は治安という意味では王城につぐレベルで安全なので不審者に襲われるような事は皆無と言ってもいいが、目を離した隙に転んでケガでもされてはお付きの者としてはかなり立場が無い。
しかしながらこちらも一度走り出してついた勢いはなかなか止めることができず――というか正直走ってる最中はお付きの3人の事は忘れてました――結果俺達二人を、荷物を抱えて必死の形相で追いかける従者侍女という何とも言葉にし難い光景が繰り広げられることとなった。
突然の俺を追うミシュリーヌのダッシュに驚いたお付きの3人だったが、ロイとエミは何かしらの訓練をしているのか、初めこそ驚いたものの、余裕を持って俺とミシュリーヌに追いつき、そのまま随走した。
多分、たとえうっかりすっ転んだとしても、倒れる前に体を支えることが出来ただろう。
問題、というかガスパールにそのような感想を持たせた原因はカナ。
ミシュリーヌのダッシュで驚き、それに直ぐさま対応した同僚2人に二度びっくり。ぽつんと取り残されてからこれはまずいと気づくも既に彼我の距離は開く一方になっており、半泣きで走ってきたのだ。
しかし同僚2人とは違って特に訓練は積んでいないらしく、本人の必死さと速度が合致していなかった。
というか、はた目から見てすごい頑張っているのにドタバタするばかりであんまり速くないという、ある種切なさを感じ、温かい目で見守りたくなるような様子であった。
「お、追いつきましたぁ……」
大汗をかきながらも、カナはついに広場の入口へと到着した。
先頭でゴールした俺に遅れること体感多分2~3分くらい。
「カナ、よく頑張ったな!」
「いい根性でしたわ!」
労いの言葉をかける俺とミシュリーヌ。
それを受けて、カナは汗だくの顔で微笑む。
「マルセル様とお嬢様に付いていくのが、侍女の勤めですから」
陽光にキラリと汗が光り、爽やかな風が吹いた。
「……ところでカナ、思いっきりバスケットを振っちゃってたけど、中の軽食は大丈夫か?」
別邸の料理人が腕によりをかけて作ってくれたサンドイッチが入っているのだが。
カナはギギィっという擬音が似合う様子でバスケットに顔を向けると、意を決した表情で蓋を開け――
真っ白になって芝生に倒れ伏したのだった。
「カナー! 死ぬなー!」
「サンドイッチはダメだったんですのね!」
燃え尽きた感のあるカナを両サイドから揺する俺とミシュリーヌ、そんな有様を見てガスパールはしみじみ、
「……アルダートン公爵家は侍女まで面白いのだな」
と言ったのだった。
なお、侍女までという言い回しが何を示しているかは言うまでもない。




