第一話 -10
「――ぉぃ!おいっ!大丈夫か?」
誰かが頬を叩く。
「ん……んん……」
いつの間に寝たんだろう?
そんなことを考えながら巧は目を覚まし、上半身を起こした。
周囲は見覚えのない荒野。
辺りが暗く、月が出ていることから、時間は夜だろう。
そして、
「目覚めはどうじゃ?」
巧のすぐ横には見知らぬ女性がしゃがみこんで顔を覗いていた。
「……え~と……?」
巧は女性の顔をじっと見て、まだぼんやりしている頭をフル回転させる。
意思の強さを表しているようなキリッとした目に合わせて、外跳ねのショートカットの髪が、活発な性格を予想させる。
服装は、見覚えのない制服。高校生だろうか。
ブレザーどころかワイシャツのボタンすら「胸が隠れていればいい」とでも言うかのようにほとんどはずしており、スタイルの良さをアピールしているかのようだ。胸の谷間やらヘソやらが見えて、目のやり場に困る。
「はじめまして、じゃな。異世界のスサノオよ」
そう言いながら立ち上がり、巧に手を差し伸べる女性。
「……すさ……?」
何か意味のわからない単語を聞いたが、とりあえずその手を掴む。女性はぐっと引っぱって、巧を立ち上がらせた。
その手の感触に、巧の頭が一瞬でクリアになる。
「……今の手……僕を蜃気楼に引っ張り込んだ……」
「うむ、わしじゃ」
女は老人のようなしゃべり方で悪戯っぽく笑う。
「あの……あなたは……?」
「まぁ待て。まずはここから退散しよう。ほれ、招かれざる客が集まってきておる」
女が指差す方を見ると、何かが複数でこちらに歩いてくるのが見えた。
四つ足で歩く、毛むくじゃらの動物。
「……犬?……いや……」
よく見ると、大型犬と呼ばれる犬種よりもさらに大きい。
牙や爪は長く、よだれを垂らしながら鋭い目でこちらを見ている。
「な、なんだあれっ!?」
「む?ケイム・エラーを知らんのか?」
「ケイム……え……?」
巧は呆気にとられた顔で女を見る。
まるでゲームの世界のモンスターだ。
だが目の前の獣は、バーチャルでも夢でもない。
巧の心を、恐怖が支配していく。
不良達に絡まれるのとは比べ物にならないほどの圧倒的な感情。まだ距離があるというのに、足が震え、立っているのがやっとだ。
数分後、辺りを赤く染めながら、あの怪物共の餌になっているイメージしかわいてこない。
そのとき、巧達とケイム・エラー共の間に人影が割って入った。
その人は、地面に着きそうなほどの長い黒髪を風になびかせ、ケイム・エラーを睨み付ける。
「え…女の子…?」
飛び出てきたのは、巧よりだいぶ背の低い少女。
その少女は一度しゃがみこむと――そこに置いてあったのだろうか――その華奢な身体には似つかわしくない大きな剣を軽々と持ち上げ、構えた。
それが合図とでもいうように、一斉に襲いかかるケイム・エラー達。
血飛沫が上がる。
が、それは少女のものではない。
ケイム・エラー達が断末魔をあげ、倒れ込んで動かなくなる。
巧は驚きで目が離せなかった。
少女はタイミングを見計らい、大剣を横に一閃。
たったそれだけでほとんどのケイム・エラーが倒れたのだ。
しかし、運良く逃れた一匹が、少女に牙をむく。
少女は、それを人間離れした跳躍で回避。
地上10mほどの空中で少女は身体をひるがえし、大剣を下に向け、そのまま落下。ケイム・エラーに突き刺した。
時間にして数秒。
絶命したケイム・エラー達が真っ白になり、灰塵となって崩れていく。
息を乱すこともなく、ゆっくりとこちらに歩いてくる少女。
いつの間にかその手からは、大剣が消えていた。
「………」
巧は、目の前で起きたファンタジーな現実を理解するのに必死だった。
「ケイム・エラーを見たのは初めてか?」
隣の女性から声をかけられるが、首を縦に振るのがやっとだ。
「そうか……そちらは平和な世界のようじゃのぅ……。
お疲れ、かなめ」
女性は少女――『かなめ』という名前らしい――に声をかけた。
かなめはコクンとうなずくと、巧をじ~っと見つめる。
年下だろうか。艶やかな長い髪とは対称的に少女の肌は白く、小柄な身体や幼さを残した顔でありながら、どこか美しさを感じさせる。
「この人が……スサノオ?」
かなめがつぶやくように問う。
「そうじゃ」
「え?いや、あの、僕の名前は…」
「さぁ、まずは帰ろうぞ!もう時間も遅いしのぅ」
女性は、強引に巧の背を押しながらどんどん進む。
「ちょっ、ちょっと!」
「助けたい者がおるのじゃろう?」
「っ!」
女性の耳打ちに、巧ははっとする。
今までの非現実な出来事で一瞬忘れかけていたが、瑞穂を追ってここまできたのだ。
巧は改めて気を引き締める。
「まぁ慌てるでない。その娘はおそらく無事じゃろう。
とりあえず今のところは、わし達についてきてくれんか?いろいろ情報も必要じゃろ?」
たしかに、巧にはここがどこなのかすらわからない。
瑞穂を捜すはずが、自分が迷子になっていてはどうしようもない。
「……わかりました」
「うむ、良い返事じゃ」
巧の返答に女性は満足そうに笑い、街の明かりが見える方へと歩き出した。




