表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/7

Prologue

 23歳のサラリーマン・前田弘貴(まえだこうき)は、コピー機の前で立ち尽くしていた。


 正確に言えば、ほんの数秒前までは、コピー機の前にいたはずだった。


 室内照明の白い光。乾いた紙の匂い。安物の靴の底に伝わる事務所の床の硬さ。


 そうしたいつもの職場で、昼休み明けの眠気を抑えつつ、上司に頼まれた資料を抱えてコピーの作業をしていた。内心では、今日もまた特に意味のない残業が増えそうだと考えていた。


 それが、次の瞬間には消えていた。


 目の前にあったのは、職場の壁ではない。


 白くも黒くもない、奇妙な光の空間だった。


 空も地面もない。けれど落ちている感覚もない。前田は自分が立っているのか、浮いているのかさえ分からなかった。


 そして、その光の中に、一人の男がいた。


 男、と呼ぶべきかどうかも分からない。顔立ちは穏やかで、年齢も判然としない。老人にも見え、青年にも見えた。白い衣をまとい、こちらを見ている。


「前田弘貴くんだね。」


「・・・・・・はい?」


 返事をしてから、前田は自分でも間抜けな声だと思った。


 だが、無理もなかった。仕事中に突然、得体の知れない空間へ飛ばされ、目の前の人物から名前を呼ばれたのである。冷静でいろという方が無理だった。


「落ち着き給え。君はこれから、別の世界へ行く。」


「別の世界?」


「律令風異世界、という言い方が近いかな。日本人の君には、ある程度なじみやすい部分もあると思うよ。古代の日本や中華風の制度に似たところも多い」


「いや、待ってください。律令風?異世界?それ、どういう――」


「それでね。」


 男は前田の混乱をまるで気にしなかった。


「今回、魔王討伐の名目で、君を含めて二人の素王が召喚されているらしい。」


「・・・・・・魔王討伐?」


 前田は思わず聞き返した。ラノベとかに出てくる勇者になれとでもいうのか。


「なのに律令風?和風?というか、もう一人召喚?」


 ラノベの異世界は洋風だったはずだ。なぜ洋風なのかはよくわからないが。


「そう。別々の者たちが、それぞれに召喚しているみたいでね。政治的には少し面倒なことになるかもしれないが、まあ、仕方ない。」


「仕方ないで済ませる話ですか、それ」


 こう言う場面でツッコミを入れることが出来る前田も、結構図太い神経の持ち主である。勇者の才能があると言えるだろう。まぁ、そういう人だからこそ召喚されたのかもしれないが。


「君の持ち物も、ある程度は一緒に移るはずだよ。」


「持ち物って・・・・・・。」


 前田は反射的に自分の手元を見たが、そこには何も無い。


 自分の持ち物とは、いったい何なのか。家に置いてある物まで巻き込まれるのか、それとも今持っている物だけなのか。そもそも召喚に法的所有権の概念が通じるのか。


 考えれば考えるほど、安心できる材料は一つもなかった。


「ちょっと待ってください。私は同意していません。魔王討伐なんて無理です。私はただの会社員で――」


「ただの会社員だった、という方が正確かな。」


 男は微笑んだ。


 その微笑みは優しげだったが、前田には少しも救いにならなかった。


「行き先で詳しい説明を受けるといい。では、頑張り給え。」


「いや、頑張り給えじゃなくて――!」


 無責任な神様のような存在に対する前田の抗議は、最後まで言葉にならなかった。


 いきなり視界が白く塗りつぶされる。


 足元が抜けるような感覚があり、ジェットコースターに乗っているような、あの不快な感覚になった。同時に恰も幽体離脱したような、身体の輪郭を感じなくなるような、言葉にできない違和感が全身を走った。


 そして前田弘貴は、意識を失った。


律令風異世界ものはあまりないようです。近いものを検索すると中華風異世界ものばかりなので、痺れを切らして自分で作ってみました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ