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坂下瑞椛の恋のワケ  作者: 日諸 畔
第2章 《自分のことをあまり話さない人》

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第7話「だから、確かめたくて」

 口の中の唐揚げを飲み込んだ奈央は、その勢いのまま椅子へと腰を落とした。


「そりゃ、あいつ、他人に興味なさそうだけど。瑞椛が言うのはそういうことじゃないよね?」

「そ。だから奈央ちゃんにしか言えなかった」


 瑞椛は朝の挨拶をした男子生徒を思い出す。あの慌て方は、瑞椛を異性として意識していた証拠だ。奈央が常々言っている『瑞椛は可愛い』というやつだろう。

 自意識過剰に思えて瑞椛としては認めたくないことだ。しかし、事実として認めなければならない。それに気付かなかった結果が、中学二年の時に起きたトラブルなのだから。


「瑞椛がそう感じたなら、それが本当なんだろうけど」

「けど?」

「それで瑞椛が藤下をすごく気にするのが、わからん」


 奈央の言うことはもっともだ。異性として恋愛的な視線を向けられなかっただけで、こんなにも気になるのはちょっとおかしい。

 

「確かに……」

「確かにって、自分でもわかんないの?」

「昨日、一緒に帰る前の段階まではわかるんだよ」

「助けてくれたって人かもって?」

「そうそう、それそれ」


 ヒーローかもしれないという問題は、奈央には言えないが昨日の内に解決した。それだけならば、お礼を言って終わったとしても何の違和感もない。

 あの時の自分はなぜ、彼の裾を引っ張ったのだろうか。なぜ、自分の名前を呼ばせたのだろうか。

 瑞椛は箸を置いて頭を抱える。その拍子に後頭部のヘアゴムがズレた。後で結び直そう。


「わかんないので、ちょっと考える」

「オッケー、まとまったら教えて」

「うん」


 奈央はふたつ目のおにぎりにかぶりついた。

 横目で見た藤下は、野菜ジュースのストローを吸っていた。昨日は牛乳だった。コロッケパンと違い、飲み物は変えているみたいだった。


 午後の授業を受けつつ、瑞椛は昼休みの疑問について考えていた。教師の話を聞き、ノートを取り、昼下がりの眠気に耐える。当然のように思考はまとまらない。その結果、ノートに妙な落書きが増えていった。

  

 結局、なんの成果も得られないまま、放課後を迎えることになってしまう。


「瑞椛っ」

「んあー」

「うわ何その顔」


 元気よく瑞椛の肩を叩いたのは奈央だった。苦悩に歪んだ瑞椛を見て驚いている。


「だーめだー。お昼の話、なんにもわかんない」

「そうかぁ。まぁ、別に急ぐことでもないでしょ?」

「そうなんだけどねー」


 そういえば髪を結び直すことすら忘れていた。瑞椛はお気入りのピンクのヘアゴムを引っ張る。長い黒髪がばさりと背中まで落ちた。


「じゃ、部活行くよ」

「うん、またね。頑張って」


 瑞椛は髪を持ち上げながら、視線だけで奈央を応援した。両手がふさがっているため、手を振ることはできなかった。


「よしっ、と」


 斜め後ろを見ると、藤下は帰り支度をしていた。きっと彼のことだから、このまままっすぐ駅まで向かうのだろう。どこかで、あの三本足の鳥と落ち合うのかもしれない。


(そうだ)


 瑞椛は鞄を持って席を立ち、窓の方向へ足を向けた。


(気になる理由、直接確かめればいいんじゃん)


 簡単なことだった。悩む必要などなかったのだ。


「ねぇ、藤下くん」

「ん?」


 椅子から腰を浮かしかけていた藤下は、瑞椛の呼びかけに動きを止めた。その表情は、基本の顔のままだ。


「駅まで、一緒に行こ」

「……は?」


 藤下は露骨に困惑していた。基本の顔が崩れかかっているのがわかる。ただし、それを認識しているのは面と向かっている瑞椛だけだろう。


「ええと……」

「んー? あっ」


 藤下の泳ぐ視線を見ていた瑞椛は、昨日ことを思い出した。藤下は朝に黒い塊と戦い、帰り道に狼のようなものと戦っていた。もしかしたら、今日もその予定があるのかもしれない。

 

「無理なら無理でもいいよ。ごめん、忙しいよね」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「そうなの? じゃあよかった」

「まぁ、うん」


 藤下の反応が妙に煮え切らない。瑞椛ではなく、別のところを見ているようだった。藤下の視線を追うことで瑞椛はようやく状況を理解した。


(あー、なるほど。周り気になるよね)


 昨日ほどではないが、クラスの注目が集まっていた。瑞椛が男子に話しかければ、嫌でも目立ってしまう。藤下はきっと、これを好まない。


「ええとね、藤下くん……」


 昨日と同じく、勢いだけで動いてしまったことを後悔してしまう。藤下が絡むと、なぜか上手くいかない。なんとか場を取り繕う言葉を探しても、簡単に出てくるものではなかった。


「うわー、なにこれ可愛いー」


 沈黙しかけた教室に、楽しげな声が響く。瑞椛たちへの注目が弱まった気がした。

 思わず振り向いた先では、山木、持田、石島が談笑していた。山木は一瞬だけ瑞椛の方を見て、にやりと唇を曲げた。

 彼女は朝、瑞椛と藤下が近付くことを望んでいた様子だった。つまりこれは助け舟だ。


「藤下くん、行こ」

「えっ」


 瑞椛は藤下の袖を引っ張った。そのまま引きずるように、足早に出入り口へと向かう。教室を出る際、瑞椛と山木の視線が交差した。


(なんかよくわからないけど、ありがとう山木さん)

(いいってことよ)


 もちろん山木のモノローグは瑞椛の想像だが、そんなことを言っているような目だった。


「引っ張っちゃってごめん」

「いや、いいけど」 


 藤下が着いてきてくれているのを確認した瑞椛は、袖から手を離す。大胆な行動でも、藤下の態度は変わらなかった。混乱はしていても、慌てたり急に上機嫌になったりする様子はない。


「坂、下、さんは、なんで俺と?」


 廊下を歩きつつ、藤下が問いかける。瑞椛を呼ぶのがぎこちなくて、少し面白かった、ただし、彼の質問は当然の疑問だと思う。


「それがね、わかんないの」

「はぁ?」

「だから、確かめたくって」


 上履きからスニーカーへと履き替える。よく見ると藤下と同じメーカーだった。そんな些細なことでも瑞椛の頬は緩んだ。


「嫌じゃなければ、付き合ってもらえないかな。駅まででいいから」

「まぁ、いいけど」

「ありがと」


 学校から駅までは約十五分。その間に、瑞椛は自分の感情を確かめようと思う。

 藤下との飾らない会話は、とても気が楽だった。

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