第6話「私にさっぱり興味ないのよ」
火曜日。
あまりにも異常な経験をした翌日でも、瑞椛はいつも通りに学校へと向かった。バスと電車と徒歩で一時間半ほどの、ちょっとした旅だ。
中学の知り合いに会いたくないという理由で選んだ学校だったが、それは瑞椛にとって正解だった。授業についていくのはやや大変でも、穏やかな校風が心地よかった。
「おはよー」
教室に入った瑞椛は、入口近くにいたクラスメイト達に声をかける。髪をふたつに結んだ松ノ木さんは、すぐに返事をしてくれた。彼女と会話していた柚野くんは、どこか驚いたように小さく「おはよう」と口にした。
奈央の姿はまだ見えない。熱血バスケ部の朝練が延びてしまうのはよくあることだ。よくも続けられるものだと、瑞椛は毎度感心してしまう。
窓から二列目の席には、藤下が綺麗な姿勢で座っていた。遅刻しない日の彼は、いつも朝早く教室に来ていたことを思い出した。
鞄から教科書を取り出し机に押し込んでいると、ふと人の気配がした。見上げた先には美少女がいた。可愛いというよりは、大人びて美人なタイプだ。
「おはよ、山木さん」
「うん、おはよ」
彼女の名は山木 桂子。友達と呼べるほど親しくはないが、度々声をかけてくれるありがたい存在だ。奈央と共に雑談の輪にも入れてくれる。
いつも身綺麗にしているのに、どこか話しやすい雰囲気をまとっている彼女は、瑞椛の中では《爪綺麗な山木 桂子さん》と登録されている。
「ねぇ、昨日、どうだった?」
「昨日? あっ、昨日ね」
ちらりと周りの様子を伺い、山木は小声で瑞椛に問いかけた。一瞬質問の意味がわからなかった瑞椛は、オウム返しをしつつすぐに彼女の意図を察した。
瑞椛が藤下をデートまがいに誘ってしまったことを気にかけている。つまり、山木は藤下にそういう気持ちがあるということだ。
知らなかったとはいえ、山木には悪いことをしてしまったかもしれない。なんとか安心してもらわないとと、瑞椛は言葉を探す。
「大丈夫、何もなかったよ」
「大丈夫?」
「うん、ごめんね気付かなくて」
「んん? どういうことだろう」
山木が眉を下げ首をひねる。やや茶色がかった長い髪が揺れた。染めているのが地毛なのか、瑞椛は知らない。
「あっ、そういうことか」
納得したように手を叩いた山木は、瑞椛にぐいっと近付いた。耳打ちする程の距離で、声を低くして呟く。
「私は私に興味のない男子には興味ないから」
「えっ、そうなの」
「気を遣いすぎよ」
瑞椛から離れた山木はそのまま背筋を伸ばす。ちょっとした動作でも様になるのは、彼女の魅力だと思った。
「くっついてくれれば、ライバルが減ると思っただけよ」
「ライバル?」
「そ、仲良くしたいってこと」
「そっかぁ、ありがと」
「じゃ」
言いたいことを言えたのか、山木は友達の輪の中に入っていった。ライバルという意味はさっぱりわからなかったが、仲良くしたいと言ってもらえたのはとても嬉しかった。
山木の向かう先では《やたら髪質がいい 持田 真美さん》と《鞄を凄まじいセンスでデコる 石島 優実さん》が瑞椛に手を振っていた。慌てて瑞椛も手を振り返す。
藤下に目を向けると、いつものように基本の顔で男子の雑談に混ざっていた。
奈央が教室に飛び込んできたのは、始業のチャイム直前だった。
「ふう、やっと落ち着いた」
「奈央ちゃん、朝からバタバタだったね」
「そー、練習厳しすぎ」
瑞椛の机の上で弁当を広げた奈央は、楽しそうにぼやく。本当に部活が好きなんだと、瑞椛は微笑ましい気分になった。
午前中は教室移動が多く、奈央とゆっくり話せたのは昼休みになってからだった。
「そんで、ヒーローの正体はわかった?」
巨大なおにぎりを片手に、奈央が笑いかけた。瑞椛の回答を心待ちにしていたみたいだ。
「うーんとね」
「うんうん」
答えは簡単だ。昨日の朝のヒーローは藤下だった。それどころか、さらにもう一回命を救われた。ただし、これは瑞椛の行動が原因だ。ほんと、ごめんなさい。
ヒーロー本人は、その事実をあまり知られたくない様子だった。そうでなかったとしても、本人のいない場で了承もなく秘密を話すのは良くないと思う。しかし、奈央に嘘をつくのも瑞椛の良心が痛む。
「ごめん、言えない」
瑞椛はなんとか言葉を絞り出した。奈央と藤下、両方に失礼のないようにすると、この回答しか思いつかなかった。
「……ええと、すでに言ってる気もするけど、わかった。もう聞かないよ」
「ありがとう奈央ちゃん」
苦悩を察してくれた友人に、瑞椛は心から感謝した。
「ヒーローは置いておいて、藤下くんとはどうだったの?」
瑞椛が弁当を広げ終わった時には、奈央のおにぎりは半分ほど消えていた。
「んーと、たぶんだけど、友達になった?」
「なんで疑問形なのよ」
瑞椛は自作のしょうゆ味の卵焼きを箸でつまむ。坂下家のルールにより、火曜日と金曜日は瑞椛が弁当を作る当番日だ。
「んー、友達と呼びたいけど、呼んでもいいものかって」
「なんか、複雑みたいだね」
「そーなのよー」
奈央に返事をしつつ、複雑な相手こと藤下を盗み見る。彼は昨日と同じく、ふたつ目のコロッケパンを規則的に口へと運んでいた。
「瑞椛が男の子をそんなに気にするの、珍しいよね。大丈夫?」
「あ、うん。すごく大丈夫。それについてはとっても自信があるの」
奈央の心配はもっともだ。中学時代の瑞椛は、よく恋愛がらみのトラブルに巻き込まれていた。奈央にかばってもらったことは、今でも忘れない。
「えっと、勘違いされるかもしれないから、奈央ちゃんにしか言えないんだけどね」
「おん?」
瑞椛は机に身を乗り出す。唐揚げを口に入れた奈央は、瑞椛に合わせて身体を屈めた。
「藤下くんね、私にさっぱり興味ないのよ」
瑞椛の小声に、奈央は慌てて自分の口を押さえた。




