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第24話 「アシュトン家崩壊。借金、私が返します!」

【翌朝:アシュトン公爵邸・主寝室】


窓の外では、昨夜からの雨が滝のように降り続いていた。  


雨音が、私の心臓を冷たく叩く。


重厚な天蓋付きベッドの中、ローズマリーさんが横たわっていた。  


その顔色はシーツと同じくらい白く、陶器のように冷たい。


呼吸は羽毛が揺れるほどに浅く、頼りない。


「……診断は『魔力枯渇症』の末期です」


王都から呼ばれた老医師が、聴診器を外して重苦しく首を振った。


「本来、人間の身体には限界を超えて魔力を放出しないよう『安全装置(リミッター)』があります。ですが、ローズマリー様は……自らの生命力を削ってでも、何かを繋ぎ止めようとしたのでしょう」


私はベッドの脇に跪き、ローズマリーさんの冷たい手を両手で包み込んでいた。  


昨夜の地下室での情事。  


あんなにも激しく、私の身体を貪り、噛みつき、刻みつけたご主人様。  


泣きながら注ぎ込んでくれた、焼き切れるような熱い奔流。  


あれは、ただの快楽ではなかった。


ただの愛でさえなかった。


自分の命を削り出し、私という器に注ぎ込む行為だったのだ。


私のせいだ……。


私を繋ぎ止めるために。  


私がアルベルト王子のもとに行かないように。  


この人は、自分の寿命を燃やして「鎖」を作った。


「先生、治す方法は!?」


カミーラさんが悲痛な声で食い下がる。


「……『神代の霊薬(エリクサー)』があれば、あるいは。しかし、あれは伝説級の希少品。市場に出れば金貨一万枚は下りません」


一万枚。  


庶民が一生遊んで暮らせる金額。  


カミーラさんの顔から血の気が引いていく。  


現在のアシュトン家に、そんな余力はどこにもない。


屋敷の修繕費さえままならないのだから。


その時だった。  


ローズマリーさんの眉間に、微かに皺が寄った。


「……う……ん……」


苦しげなうめき声。  


私はハッとして顔を上げた。  


ローズマリーさんが苦しんでいるのは、病状のせいだけではない。


「金返せぇぇぇ!!」

「アシュトン公爵を出せぇぇぇ!!」


窓の外から、屋敷の壁を震わせるほどの怒号と、門を叩く暴力的な音が響いてきていた。  


私の大切なご主人様の安眠を、汚いドブネズミたちが食い荒らそうとしている。


                 ◇


【アシュトン邸・正門前】


豪雨の中、アシュトン公爵邸の正門前には、黒い傘をさした数十人の男たちが群がっていた。  


銀行の取立人、高利貸し、そして彼らを扇動する保守派貴族の手先たち。


「開けろ! 当主が倒れたのは知っているんだぞ!」

「借金を返せ! 返せないなら屋敷を差し押さえる!」


カミーラさんが傘もささずに門の前に立ち、必死に応対している。  


だが、雨に打たれたメイドの姿はあまりに小さく、無力だった。


「お、お待ちください! 今はご当主様は不在です、戻られれば必ずお支払いを…。…今はどうか、お引き取りを……!」


「待てるか! アシュトン家の資産状況が火の車なのはバレているんだ!」


小太りの男が、カミーラさんの肩を乱暴に突き飛ばした。  


カミーラさんが泥水の中に倒れ込む。


「総額、金貨八億枚! もはや破産だ! 屋敷も、領地も、使用人も全て売り払っても足りんぞ! おい、強行突破だ! 金目の物を運び出せ!」


男たちが歓声を上げ、門を乗り越えようとした。  


カミーラさんは泥まみれになりながら、それでも立ち上がろうとする。


「だめ……お嬢様の……お屋敷が……」


絶望が彼女の心を折ろうとした、その瞬間。


ドォォォォォンッ!!


雷が落ちたような轟音が響いた。  


門を乗り越えようとしていた男の一人が、見えない砲弾に打たれたように吹き飛び、背後の馬車に激突した。  


馬車がひしゃげ、木っ端微塵になる。


「な、なんだ!?」


静寂が訪れる。  


雨の中、私は門柱の上に立った。  


ずぶ濡れの銀髪が顔に張り付いているが、私の瞳は地獄の底のように冷たく、燃えていた。


「……あ?」


私は低く唸る。  


獣の威圧。  


その殺気に、男たちが後ずさりする。


「うるさいんですよ。……今、ご主人様がお休みなんです」


私は音もなく地面に降り立った。  


カミーラさんを助け起こし、背中に庇う。


「き、騎士団を呼ぶぞ! 暴力反対!」

「ただの下女の分際で、我々に逆らう気か!」


男たちが震えながらも凄む。数で勝てると思っている浅はかさ。  


私は無表情のまま、足元の小石を拾い上げ、指で弾いた。


ヒュンッ!


石礫は音速を超え、リーダー格の男の頬を掠めて、後方の街路樹をへし折った。


「ヒィッ!?」


「次は眉間です」


私は一歩踏み出した。  


殺意の波動が物理的なプレッシャーとなって男たちを襲う。


「ご主人様は疲れているんです。……その安眠を妨げるなら、全員ここで肉塊に変えて、魔獣の餌にしますよ?」


「ひ、ひぃぃぃ! お、覚えてろよ! 破産した家なんてすぐ潰れるんだからな!」


男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。  


私の背後で、カミーラさんが安堵のため息をつく。


                ◇


【玄関ホール】


屋敷に戻った私は、タオルでカミーラさんの泥を拭いながら、静かに尋ねた。


「カミーラさん。借金は全部でいくらですか?」


「……金貨、八億枚です。さらに、お嬢様の薬代が一万枚……」


天文学的な数字だ。  


普通なら絶望して泣き崩れる場面かもしれない。  


でも、私は笑った。  


不敵に、獰猛に。


「八億。……上等じゃないですか」 「え?」


私は拳を握りしめた。  


ローズマリーさんから貰った魔力が、身体の奥底で唸りを上げている。  


この力は、ご主人様が命がけで私に残してくれたもの。  


なら、これを使ってご主人様を救うのが、私の役目だ。


「カミーラさん。落ち込んでいる暇はありませんよ。お湯を沸かして待っていてください」


「アリア様……?」


「その借金、私が返します。……私の『身体(フィジカル)』で!」


私は階段を駆け上がり、自室へ飛び込んだ。  


服を脱ぎ捨てる。  


鏡に映る自分の肌には、昨夜ローズマリーさんが刻んだ証が無数に残っている。  


私は、ご主人様から貰った勝負下着へと肌を滑らせた。  


黒いレースの感触が、私を奮い立たせる。


ご主人様……。


心の中で愛しい人の名を呼ぶ。  


私はクローゼットの奥から、古い革鎧を取り出した。  


動きやすく、急所だけを守る実戦的な装備。  


そして、幾多の戦いを共にしたボロボロのマントを羽織る。  


最後に、顔の半分を覆い隠す銀色の仮面を装着した。


それは、かつての冒険者の姿。  


「アシュトン家の影武者」は、ここにはいない。  


いるのは、主人のために獲物を狩る「捕食者」だ。


「行ってきます、カミーラさん。……八億稼いできますから!」


「ちょっと、お待ちください! そんな無茶な!」


止める間もなく、私は屋敷から飛び出した。  


豪雨の中、王都を駆け抜ける。  


目指すは「冒険者ギルド」。  


そして、王都の地下深くに広がる、未踏破の高難易度ダンジョン。


待っていてください、ご主人様。


貴女が守ろうとしたものも、貴女自身の命も……私が全部、物理(うでっぷし)で繋ぎ止めてみせます!

次回予告 :冒険者ギルドに現れた仮面少女。 「一番高い依頼を全部ください。あと、即金で」 受付嬢が止めるのも聞かず、私は最高難易度の「深層ダンジョン」へソロで突入する。

次回、「冒険者復帰。ダンジョン最速攻略(RTA)」

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