ディアメモリー
「あの……紫月さんは……その…………………………墨男さんが好きなんじゃないですか?」
セリナが思い切った質問をした。
その瞬間、紫月の唇が震え始める。
「!!…………………………」
何も答えない。
ただ口を小さくパクパクさせながら、顔から血の気が徐々に引いていく。
「あっ紫月さん!すいません…配慮が足りませんでした。私たち、それを否定したいとかじゃないんです。」
普通じゃない様子に慌ててフォローを入れるセリナ。
「…………………………」
紫月の様子は変わらない。
フォローに効果はなかったようだ。
「……」
「……」
「………………そんなはずないじゃないですか。」
「え?」
紫月の目から涙がポロポロ流れ始める。
「だって…………そうじゃないですか。わ、私はこの国で階級が1番上の紫なんです…その私が……決まった相手がいるにも関わらず……墨男を……1番下の…階級の黒を……好きだなんて……」
「……」
「……」
リコもセリナも後悔した。
紫月の1番触れてはいけない部分、触れてはならない部分に……土足で踏み込むようなまねをしたのだから。
紫月は今も必死に否定している。
「違うんです……違うんです……本当に……」
だが、涙を流しながらではもう言っているようなものだ。
……墨男が好きだと。
……グスッ……
そこは紫月も分かっていた。
でも仕方ないのだ。
抑えようとしても止まらないのだから。
ギュッ ギュッ
涙を流し続ける紫月に、温もりがふたつ。
「紫月さん……本当にすいませんでした……私が無神経でした。ただ、本当に紫月さんを否定するつもりはないんです……」
「本当にそうです。むしろウチらは素敵だと思いました。」
「……え?」
リコの「素敵だと思った」に驚く紫月。
「そんな……わけ……相手は…黒…ですよ…?」
信じられない、という顔をしている。
「…別にいいじゃないですか。好きになるくらい。身分差なんか関係ないと思いますよ。ね、リコ。」
「うん。ウチは誰か好きになるとかそういう経験があまりないから…その感情はやっぱり素敵ですよ。」
「!…………セリナさん…………リコさん……グスッ」
紫月の顔に流れる涙の量は変わらない。
しかし、涙は暖かくなっていた。
「私…………誰にも言えなかったの……ずっと……ずっと…………誰にも……相談出来なかったの……だから……聞いてくれますか…」
「もちろんですよ。友達ですから。」
「ウチらに任せてください!」
「…はい……ありがとう」
そこから10分。
紫月は泣き続けた。
自分の心境を話そうとしていたが、久しぶりに流す涙のせいで上手く話せていなかった。
なので彼女が落ち着いた今、もう一度話を聞ことになった。
リコとセリナが隣合い、紫月はその向かい側に座る。
「えーまずは、墨男さんをどうして好きになったか。お聞かせください。」
「は、はい。」
話を聞くとは言ったものの、紫月が何から話せばいいのか分からず困っていた為、リコとセリナが質問をしてそれに紫月が答える形になった。
その結果が、面接式。
セリナが質問、紫月が回答、リコが感想といった役割だ。
「墨男は…いつも私の味方でいてくれるんです。幼い頃からずっと。だから……ですね。」
「ほうほう、2人は幼なじみの関係ということですね。いやー実に良いですねぇ。どう思います?セリナさん。」
「実に羨ましいです。では、次に行きましょう。」
コホンッ
「先ほど2人は幼なじみと判明しましたが、その出会いについて教えてください。」
「は、はい。」
「お、セリナさん。いー質問ですねぇ。」
「ありがとうございます。リコさん。あっ失礼しました。どうぞお話ください。」
「は、はい。えっと…私は幼い頃、自衛のためにお父様から剣を習っていました。稽古はとても厳しくて…ある時、嫌で逃げ出した事があるんです。そして道場の場所が森の中だったので……私は森で迷子になってしまいました。」
ーーー?年前ーーー
タッタッタッ
ある森の中を走るひとりの幼女。
タッタッタッタッタッタッ
森は暗く、寒い。
タッタッタッタッタッタッ タッ タッ ピタッ
(ふぅ…ここまで来ればお父様も追ってこないわ……)
幼女は額に汗を浮かべ、肩で息をする。
(ハァ…フゥ…フゥ……もう剣なんて嫌よ……)
森を走っていたのは髪と目が紫の愛らしい女の子、紫月。
「流石に疲れた……ここは…どこ?」
紫月はずっと走っていたので、休む為にその場でうずくまり顔を伏せた。
「お父様……怒ってるかしら……怒ってるわね……でも…戻ったら……また稽古……」
休んでいても思い出すのは厳しい父のことばかり。
今まで父に優しくされたことはあっただろうか。
「剣は自分を守るために学べって…家にはあんなに私を守ってくれる人がいるのにどうして……!!」
やるせない気持ちと八つ当たりで近くにあった石を勢いよく投げた。
ヒュゥーーーーーー ゴツン
(お父様なんか嫌い……きっとお父様も私を嫌いよ。こんなに辛いことばかりさせるんだから……)
そう思うと悲しくて仕方がない。
「グスッ…………グスン……グスッ…グスッ」
この頃の紫月は毎日、父親から剣の訓練や筋肉をつけるためのトレーニングを受けていたのだ。
子供にとってそれは決して楽しいものではなく、幼い紫月には何故、父親が死ぬほど辛い稽古をやらせようとするのか分からなかったのだ。
(家はもう嫌……グスッ……お父様は怖いし……グスッ…だけど……ここも嫌だ…グスッ…暗いし……寒いし……)
ぐぅぅぅううぎゅるるるるるるぅぅぅう
(それにお腹も……ぇ?)
今、腹の鳴る音が聞こえた。
だが、それは紫月が鳴らした音ではない。
(そういえば、石を投げた時に鈍い音が聞こえたような………………まさか!)
ドカッ ドカッ ドカッ ドガッ
何かが向かって来ている。
とても荒々しい……この気配は!!
ぐぅぅぅぉぉぉぉぉおおおおおお!!!
背筋を凍らせる音が、茂みの向こう側から響いた。
紫月の瞳が捉えたのは、巨大な影。
黒々とした毛並み、大地を削る鋭い爪。
「く、熊!!また姿は見えないけど……この気配は熊だわ!!」
気づいたら必死に道着の裾を掴み上げて走り出していた。
枝が頬や足をかすめても、服が所々裂けても構わなかった。
ただ恐ろしくて、後ろを振り返ることもできない。
「どうしましょうっ…どうしましょうっ!このままじゃ追いつかれる!!!」
――その時、視界の先に人影が飛び込んできた。
煤で染めたような黒髪、粗末な黒い着物。
手には小刀と袋。
まだ少年だ。
少年は紫月を一瞥したかと思うと、奥の獣の存在を感じ取る。
「……なんでこんな所に……」
低く呟くと、紫月に駆け寄ってきた。
「こっちです!」
「えぇっ」
強引に腕を引かれた紫月は、訳も分からず足を動かす。
引かれるがまま、森を駆け抜けた。
やがて、大きな岩の裂け目のような場所に辿り着く。
上の方に子どもしか通れないような狭い穴があった。
「早く!」
「は、はいっ……!」
戸惑う紫月を押すようにして、少年は岩の中へと押し込む。
「ここは……」
着地した紫月。
岩の中は洞窟になっていた。
直後、背後から熊の咆哮が轟く。
うううぅぅぅぅぅぅぉぉぉおおおおおお!!!
「う……うそ……追いつかれた……!あなたも速く中に入ってください!!」
謎の少年を必死に呼ぶ紫月。
だが少年は乱れる息を整え、袋から何かを取り出す。
出てきたのは小袋だった。
「熊は匂いに敏感です。これを投げれば……少しは時間を稼げる」
そう言うと、袋を外へ放り投げた。
次の瞬間、熊の注意が逸れ、咆哮が遠ざかる。
「よっと…」
その隙に少年も洞窟の中へ。
「い、今のはどうやったの?」
「熊は匂いに敏感です。匂い袋を投げれば……少しは時間を稼げます。」
「そう、助けてくれてありがとう……えっと…あなたは誰?」
問いかける紫月に、少年は短く答える。
「……墨男。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「というのが私と墨男の出会いでした。」
「「おぉーーーーーー!!!」」
紫月と墨男のダイナミックな出会いに思わず拍手をするリコとセリナ。
「いやぁあ、いい話が聞けましたねぇ!リコさん!」
「そぉぉおですよ、セリナさん!まさかこんな出会いだったとは!!」
「そんなに…ですか?少し照れますね……。」
照れる、とは言っているが満更でもなさそうだ。
「「それでそれで!?」」
「はい……。ご存知の通り、墨男は私の従者に。今日までずっと使えてくれています。」
「「……………………………………え?」」
「…?どうされましたか?」
紫月は頬を染めながら答えてくれたが、セリナもリコも納得しなかった。
「えー……リコさん、リコさん。私が聞きたかった事は……分かりますよね……?」
「もちろんですよセリナさん。いや…まぁ最後はそうなんでしょうけれど……ねぇ?」
「どうしたのですか?何かあるなら言ってください。」
何故、2人が不満そうなのか分かっていない紫月。
「……紫月さん。」
「何でしょう、セリナさん。」
「思い切り言わせてもらってもいいですか?」
「は、はい。ちゃんと言ってください。」
「セリナ、ほどほどにな。」
「分かってるって。」
リコとセリナは頷き合った。
これから紫月に、友人として物申すための覚悟だ。
「では紫月さん、失礼します。」
スゥウウウウウウ
「そんな結果はわかってるんです!!私たちは墨男さんに合ってるんですからぁ!!私たちが聞きたいのは話の続きの部分です!紫月さんが墨男さんの名前を聞いた、そこで話を一旦終わらせたのは良いんです!!ですが!!ここで本当に終わらせてしまうのは違うとおもいますぅ!名前を聞く=従者になるって訳じゃないでしょぉお!!熊から助けられて、名前を教えて貰って!!そこからどぉーゆぅー経緯で紫月さんに仕えることになったのか!!それが知りたいんです!!………………以上です。」
「……は、はい。すいませんでした。」
紫月は耳に入ってきたものすごいスピードと文字量に頭がクラクラしていた。
「カカカッ……すいません紫月さん。コイツがうるさくて。こういう変な奴なんです。でも、ウチも言いたいことは同じです。」
「はぁあ??変な奴って、笑い方がカカカッのリコに言われたくないわぁー。」
先ほど頷き合っていた2人はどこへやら。
今は肘で小突きあっている。
ここで紫月の脳は処理を終えた。
「ふぅ……確かに、重要な部分が抜けていましたね。では、墨男の名前を聞いた続きからお話しましょう。」
「「お願いします」」
ーーー再び、過去回想ーーー
「……墨男。」
「墨男……さん。」
洞窟の中はひんやりとしていて、わずかに湿った匂いが漂っていた。
紫月は肩で息をしながら、岩壁に背を預ける。
隣に腰を下ろした少年――墨男は、黙々と木の枝で地面をつつきながら外の気配を窺っていた。
沈黙が続いた。
耐えきれなくなった紫月が口を開く。
「……さっきの袋、あれは……?」
墨男は振り向かず、素っ気なく答える。
「乾いた草と皮を詰めただけです。強い匂いが出る。熊は嗅覚が鋭いから、気を逸らせます。」
「……そんなこと、よく知ってるのね。」
「森にはよく入りますから。あいつらを見かけるのは珍しくありません。まぁ、遭遇しないように気をつけていますが。」
その口調は敬語ではあるが、どこか呆れを含んでいた。
「……それにしても」
と、墨男はちらりと紫月を見る。
「あなたみたいな人が、何も持たずにこんな所まで来るなんて。無謀すぎます。」
「っ……」
紫月は思わず言葉を詰まらせた。
誰かに冷たい言い方をされるのは初めてだからだ。
「わ、私は……ただ……迷ったんです。」
小さく絞り出すように言う紫月。
「ハァ……そうですか。」
結果、余計に呆れたような顔をされた。
(た、ため息をつかれたわ!)
「そ、そういうあなたは何で森に?」
あんなに呆れたような態度をとれるなら、それ相応の理由が当然あるのだろう。
そんな軽い気持ちでの質問だった。
「……木材や野草を集めるためです。」
「なんでこんな暗い時間に?もっと明るい時間に集めればいいじゃないですか。」
「昼間だけじゃ食っていけないからです。」
「!……」
再び紫月は言葉を詰まらせた。
目の前の少年、墨男は黒い着物を纏っている。
(お父様から言われたことがあったわ……世の中には食べていくのもままならない人間もいる、だからお前は恵まれているって。その時はそんな訳ない、私が1番辛いんだと思った…けれど……この人もきっと……)
「…無神経なことを言ってごめんなさい。」
「いえ。気にしないでください。」
墨男はそれ以上何も言わなかった。
ただ、ほんのわずかに息を吐き、視線を外へ戻した。
「森を抜ける道を知っています。ここを出たら、案内します。」
「……ありがとう。」
紫月がか細く告げると、墨男は短く頷いた。
それきり、洞窟に静寂が訪れる。
けれど紫月の胸の内は、さっきよりも少しだけ落ち着いていた。
「……」
「……」
しばらくして、外の気配が静まったのを確認した墨男は立ち上がる。
「行きましょう。」
紫月は小さく頷き、彼の背に続いた。
狭い入り口を抜け、再び森へと足を踏み出す。
「……あれ?」
思わず声が漏れた。
さっきまであれほど恐ろしかった森が、少し違って見えたのだ。
墨男が先を歩いているからだろうか。
だがその安堵は、次の瞬間に打ち砕かれた。
――ガサリ。
ヴヴヴヴ
低い唸り声が響く。
木々の間から、先ほど追い払ったはずの熊が再び姿を現した。
この賢い熊はずっと待っていたのだ。
洞窟から獲物が逃げる時を。
ぐぉおおおおおおおおお!!!
熊の巨大な右足が紫月を狙う。
「下がって!」
「キャッ……!」
墨男は即座に体を張って紫月を庇った。
手にするのは短い小刀一本。
相手は巨体の獣。勝ち目はないことを、本人も分かっている。
「俺の影から出るな!!」
それでも一歩も退かなかった。
自分の後ろで怯えている女の子のせいなのかもしれない。
ぐぅぅううううおおおおおおお!!!
腹を空かせた熊が咆哮を上げ、墨男の喉を食いちぎるために地を蹴ったその瞬間だった。
「しづきぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!!」
森に熊の咆哮よりも大きい声が響く。
「「!?」」
紫月と墨男はそのあまりの声量に驚き、声が聞こえた上の方向に顔を向けた。
否。2人だけでは無い
ーー熊までもだ。
(この声は……!!)
紫月には自分の名を呼んだ声に心当たりがあった。
少し前なら絶対に聞きたくなかった声だったが今は……
「――お父様!」
紫月が叫んだ。
「しづきぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!!そこにいたかぁぁぁああああああああ!!!」
ドカァァァアアアアン!!
上から何か落下し、地面が割れるような音が轟く。
「稽古を逃げ出してこんな森深くまで来よってぇえ!!このバカ娘がぁぁぁあああ!!!」
落ちてきたのは筋骨隆々とした、イカつい40歳ぐらいの男。
腰に刀を差している。
(え、この人が……この子の父親!?)
墨男は驚いた。
目の前の脳まで筋肉が詰まってそうな男と、自分のそばにいる可憐な女の子が全く似ていないからだ。
ぐぉぉぉおおおおおお!!!
再び、空気が揺れるような熊の咆哮。
しかし、今回は紫月や墨男へ向けてではない。
熊の視線の先にいるのは……
「お、熊か!よし!殺して鍋にしてやろう。」
紫月の父親だ。
ぐぉおおおお!!
吠えながら1歩、また1歩後ずさりする熊。
……実は、熊は怯えていた。
目の前に堂々と立つのは、紫月の父であり藤堂家当主。
その大樹のように揺るぎない姿に、熊は死の恐怖を本能で感じていたのだ。
「この俺を見て死を恐怖したか。賢い熊だ。だが足りんな。死を覚悟し、この俺に従属するなら見逃してやっても良かったのだが。ククッ…残念ながらお前は鍋行きだ。」
男は笑った。
人の身長をゆうに超える飢えた獣を前にしながら、不敵な笑みで。
この笑みで熊はもう逃げられないことを悟る。
ぐぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
喉を裂かんばかりに叫び、男に全力で突っ込んだ。
熊は覚悟を決めていた。
己の死ではなく、目の前の男を殺す覚悟を。
しかし、その咆えは唐突に途切れた。
……
何故ならもう、熊は死んだからだ。
「酒は何にしようか……」
当然、戦いの後に残るは勝者のみ。
ドスン ドスッ
熊肉の倒れる音が森に響く。
2つ鳴った音は、熊の頭と胴体。
「……」
「……」
今起こった命のやり取りに墨男は息を呑み、紫月は横で小さく震えながら呟いた。
「これが……お父様の剣……」
父に向かって突進してくる熊。
熊の首を目掛けて父が放つ、舞うような一閃。
刃が描いた軌跡は流麗で、恐怖を斬り裂く美しさを帯びていた。
次の瞬間、熊の首が落ち、巨体は無音で大地に沈む。
鮮血の飛沫さえ見えない。あまりに速く、あまりに正確な斬撃。
(お父様……あんなに美しい動きが出来るなんて……剣の振りが速すぎて、刀に血が全く着いていないわ……私はこの人に剣を学んでいるのね……。)
父の強さと共に、その剣技の美しさが紫月の胸を震わせていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「「うおぉーーー!!!」」
あれだけ紫月に話せとせがんだくせに、話の途中で叫ぶリコとセリナ。
「ど、どうされましたか?」
「紫月さんのお父さん、めっちゃカッコイイ!!!ウチ、ファンになりそう!!」
「紫月さんのお父様はラオウですか??」
紫月の父親の強者感満載のエピソードに興奮が抑えられなかったのだ。
「ふぁん?よく分かりませんが……私の父の名前はラオウではなく紫十郎です。」
知っていますよね?と首を傾げる紫月。
「も、もちろん知っていますよ!…ところでセリナ、ラオウって誰?ラーメン?」
「拳王だよ。……ん?紫 十 郎ってことは、紫月さんのお父様は十男ですか?」
「えぇ、そうです。お父様は九人の兄がいます。ご存知の通り、藤堂家当主は父ですが。」
10人兄弟とはまたすごい家計だ。
そこで当然、1つの疑問が生まれる。
「そんなにお兄さんがいるのにですか?」
セリナが驚き混じりに尋ねる。
「…」
紫月は少し間をおいて答えた。
「……あぁ、今のお父様は髪が白くなっていますものね。お父様は髪が紫で生まれてきたから当主になったんです。」
「な、なるほど!分かったセリナ?」
「も、もちろんだよリコ。髪が紫だったからか!」
口ではそう言ったが、二人の心の中は別だ。
((どゆこと??))
とりあえず納得顔を装ったものの、内心は疑問符だらけだ。
リコとセリナが頭を悩ませていると、頭の辺りに視線を感じた。
((ん??))
視線を感じる方を向くと、紫月が二人の髪をじっと見つめている。
「リコさんは茶髪で、セリナさんは黒髪ですよね。」
「えっ……あ、はい。そうです」
謎の事実確認に首を傾げ、セリナが答える。
「では家族に赤髪や青髪で生まれた方は?」
紫月が重ねて問うと、リコが首を横に振った。
「いませんよ。セリナの家にもいません。」
「それなら通常通り、男兄弟か長子が家を継ぐのですね。」
「は、はい。…そういえば紫月さんも綺麗な紫色の髪ですね。」
リコの言う通り、紫月も色付きの髪の持ち主だ。
改めて見た紫月の髪の美しさを褒めたのだが、何故か紫月の表情がどんどん曇りだした。
「……あっ…すいません、髪色のことで失礼なことを聞いてしまいました。その……そういうつもりでは無かったんです…。」
急に紫月が謝罪した。
「…?大丈夫ですよ?何も気にならなかったです!」
「私もです!」
紫月の髪を褒めただけなのに、謝られた理由が分からない。
「…本当にごめんなさい。ありがとうございます。」
紫月はまだ申し訳なさそうな顔だ。
そんなにも、髪色はデリケートな話なのだろうか?
(…お、待てよ。これは自然と聞けるチャンスでは…?)
少し気まずい空気になったが、逆に今の状況を好意的に捉える人物が1人いた。
「あの、どういう人が色付きの髪を持って産まれるんですか?」
セリナである。
「え???」
眉を寄せる紫月。
(セリナ??めっちゃ紫月さんがキョドってるよ!それってこの世界では知ってなきゃマズイ常識ってことなんじゃないの?)
リコにはセリナの発言の意味が分からなかった。
自ら墓穴を掘っているようにしか見えないのだ。
しかし、セリナは上手くいくと確信した表情。
リコからのハラハラした視線などお構いなしに口を開いた。
「知っての通り、私やリコの家族には色付きの髪の人がいません。ですが、目の前には紫色の髪を持つ紫月さんがいます。なのでこの際に色付きの髪を持つ方の視点で具体的な話を聞いてみたいんです。」
「…なるほど。確かに当事者にしか聞けない話はありますね。先ほどのお詫びとして、お話せていただきます。」
紫月の寄っていた眉が元の位置に戻り、表情が少し柔らかくなっていた。
どうやらセリナの思惑は上手くいったようだ。
(おっセリナ、かなり自然に聞いたな。これなら紫月さんはセリナが気を使って話題を変えたと思うし、変に怪しまれることも無いってことよね。だけど…)
「ふふっ、どんな話が聞けるか楽しみです。」
「私の視点で、ですよね。うーん、そうで…」
「ちょっと待ってください!」
紫月が何か話そうとしたその時、リコが話を止めた。
「え、どうしたのリコ?」
「髪の話の前に昔話の続きを聞かせてください!ウチずっと気になってるんです!!」
「あっ!そういえばそうだ!私も先にそっちが聞きたいでーす!」
「…」
(あ、あれ?セリナ、紫月さん黙っちゃったよ?)
(ねぇリコ。そういえば、紫月さんの思い出話は私らが途中で止めなかったっけ??これで2回目じゃ…)
「……リコさん?……セリナさん?」
「「は、はい!紫月さん。」」
「次は、最後までお話してもいいですか?」
「「も、もちろんです。お願いします。」」
自分達から聞いておいて、2回も途中で話を遮ったリコとセリナ。
紫月がちょっと怒るのも当然なのだった…
ーーーまたまた再び回想ーーー
熊を斬り伏せ、静寂を取り戻した森。
紫月の父、紫十郎は血の気配を払うように刀を納め、娘へ視線を向けた。
「紫月……無事か。」
低く響く声に、紫月は頷く。その顔には恐怖よりも、父の強さへの確信が宿っていた。
紫十郎の眼差しが次に向いたのは、紫月をかばうように立つ墨男だ。
「小僧、お前は?」
「…!」
墨男は一瞬息を呑む。
「……おれ、いや、私は偶然山に入っていただけの孤児です。」
うつむきながら答えると、紫十郎はわずかに目を細めた。
「違う、馬鹿者!!お前は無事なのかと聞いているんだ。」
墨男は驚いて顔を上げる。
(何故、黒の俺のことなんか気にするんだ…?)
驚きすぎて声が出ていなかった。
「…」
「…おい」
何も答えない墨男に紫十郎が苛立ち始めていたところで、代わりに紫月が口を開く。
「お父様、私もこの方も怪我はありません。彼が助けてくれおかげで無事でした。」
「ふん…そうか。」
紫十郎はそれ以上は言わず、そっけなく肩をすくめるように続けた。
「……まあいい。小僧、小刀ひとつで熊へ立ち向かったその馬鹿さ加減を気に入った。お前を紫月の護衛にしよう。」
「「えっ」」紫月と墨男の声が重なる。
「お前は…紫月の二つ上くらいか。歳も近い、遊び相手にもなるだろう。理由はそれで十分だ。」
淡々と告げる紫十郎の背中には、理屈を超えた圧が漂っていた。
「………俺が?」
墨男からすると正気の沙汰とは思えない。
だって自分は、周りから忌み嫌われる黒なのだから。
──月明かりが雲間から差し込み、紫十郎の白髪混じりの髪を照らした。
その瞬間、墨男ははっきりと見た。
根元に残る、かつての鮮やかな紫。
それは、この国で最も尊い色。
国の王である、紫の階級。
自分が、手を触れることすら畏れ多い存在。
「……っ」
墨男は思わず、喉が鳴るのを感じた。
(そんな御方の娘を……俺が……許されるはずがない……)
紫十郎はそんな墨男の心中を見透かしたように笑った。
「小僧、お前を紫月の護衛に任ずる。」
「はっ!? い、いや……おれは、黒で……そんな大役、務まるはず……」
「務まるかどうかなど、深く考えるな。」
紫十郎の声音は低い。
だが決して威圧ではなかった。
「お前は次の国の頭である紫月を助けた。命を賭けてだ。お前は骨のある男だ。それだけで十分だろうが。身分なんぞ関係ない。」
「……っ」
あまりに豪快な言葉に、墨男は胸を撃たれたように黙り込む。
(俺は…夢を見ているのか?…いや、この御方は良くても…この子…紫月様は嫌がるだろう………)
「……墨男さん。」
かすかな声が墨男を呼ぶ。
墨男が視線を向けると、そこには紫月が。
「今日は……助けてくださって、ありがとうございました。私も………あなたのような方が護衛についてくださるなら…その…嬉しいです。」
紫月は真っ直ぐに墨男を見た。
自分の感謝の気持ちが伝わるように。
ーー微笑みながら。
「…!………………………はぃ。」
墨男は小さな声で返事をした。
よく耳を澄まさないと聞こえないボリュームだが、今の墨男にはこれが精一杯だったのだ。
「おい小僧。」
「…はい、なんでしょう。」
紫十郎が墨男に近づく。
そして墨男の頭をガシッと掴んだ。
「小僧、お前ェ声が小さぁぁぁぁああああああいい!」
バサバサバサッ!!
熊の死骸を狙いに来たカラスが一斉に飛び去る音がした。
「紫月を守る人間がそんなものでどうするかぁ!!シャキッとせんかぁぁぁあああ!!」
「お、お父様!落ちついてください!」
墨男の頭をグリグリする父を必死で止める紫月。
「小僧、俺はお前を気に入った!!そう言ったなぁ!?なら、それに見合う男になれ!!自信が無いなら死ぬ気で己を鍛えろ!!強くなれぇ!!」
「は、はい!」
「声が小さぁぁぁああああああああああいいい!!」
「はぁぁあい!!!!!!!!!!!」
「…ふんっ及第点だが良かろう。」
ようやく墨男は解放された。
「大丈夫ですか?」
「は、はい…ありがとうございます。」
涙目になっている墨男の頭を紫月が優しく撫でる。
「……そういえば、お父様。どうして私の居場所が分かったのですか?」
紫月は自分でもどこにいるのか分かっていなかった。なのに紫十郎はどうやって紫月を追ってこれたのだろうか。
「あぁ、それは雪太郎のおかげだ。来い!!雪太郎!!」
「…え!雪太郎が?」
雪太郎、と聞いて紫月の目が輝く。
「…?」
(雪太郎?…名前からして白の御方か。紫月様の家の従者だろうな…失礼のないようにしなければ。)
当然、墨男は雪太郎を知らない。
「あ、墨男さん。今から私の護衛の雪太郎が来ます。あなたの先輩ということになりますね。」
「!!…かしこまりました。」
「あっ!おーい!雪太郎、こっちよ!」
紫月が墨男の背中側、森の奥に向かって手を振る。
(紫月様が嬉しそうな顔をしている…よほど信頼できる方なんだろう。よし、俺はできる限りの丁寧な挨拶を…)
するために振り返ろうとしたその時だった。
「ワッフウ!!」
墨男が振り返るより速く、足元を白い何かが通った。
それは何やら、フワフワで暖かい。
白いフワフワは紫月へ飛びついた。
「わ、雪太郎!あははっ!くすぐったいよぉ!」
「雪太郎がお前の匂いを辿って見つけたのだ。コイツは実に利口だな。」
「…あの、その御方は?」
雪太郎の正体に驚きながらも、墨男がおそるおそる尋ねる。
「…墨男さん、どうしたの? その御方 だなんて。この子は私の護衛 兼 飼い犬の雪太郎よ。」
「いや、護衛の先輩という意味では その御方 で正しいかもしれんぞ。いくら先輩が犬とはいえどな。カッハッハッ!」
「ワッフウ!」
「そ、そうだったんですね…。」
墨男に初めて出来た先輩は人間ではなく、犬だった。
「ゆ、雪太郎さんですね。墨男と申します。よろしくお願いします。」
「犬に向かって律儀に頭を下げる奴があるか馬鹿者め。お前、面白い奴だなぁ。グヮッハッハ!」
「そ、そうでしょうか。初めて言われました。」
「雪太郎!!この小僧がお前の後輩だ!しっかり面倒みてやれぇ!!」
「ワッフウ!ワッフウ!」
盛り上がる男達。もちろん、雪太郎もオス。
(…よし、この反応ならもう大丈夫ね。)
紫月は紫十郎に絡まれている墨男を見ながら微笑む。
最初は少し冷たいと思ったけれど、恐ろしい熊から必死に守ってくれた優しい人。
ーー俺の影から出るな!!
自分だって怖いはずなのに、短剣を持って勇敢に立ち向かってくれた強い人。
(この恩は絶対に忘れない。家の者が黒の墨男さんを護衛にするのを反対するでしょうけど……関係ないわ。皆が何を言おうと、墨男さんは私が守る。)
紫月は今回の家出で3つ、気づいたことがある。
1つは、父が魅せてくれた剣の美しさ。
もう1つは、誰かを守るために強くなりたいという気持ち。
(お父様にちゃんと剣を教わりましょう。私もお父様のような美しい剣技を身につけたい。次は私が墨男さんを守れるように。そしていつか…墨男さんに笑顔を……)
紫月が気づいた3つ目。
それは、恐らく墨男は笑ったことがないということ。
(今だって……ずっとお父様の顔色を伺っているわ………大人が怖いのね…)
墨男が笑えない理由は簡単に予想が出来る。
それは彼が、この国で最も身分の低い黒だからだ。
黒は罪人が堕ちる色。
罪人とは言っても盗人程度では黒には堕ちない。
つまり、かなりの重罪でないと黒にはならないのだ。
その身分に幼い墨男が堕ちているということは…
(墨男さんは親の身分を受け継いで黒になった…酷い話だわ。だからお父様も…)
変えていかなくては。なんの罪も無い優しい彼が…当たり前に笑うことが出来るように。
「……あっ」
ふと、墨男と目が合った。
「……」
「……」
お互い静かに見つめ合っていると
「ほら、行ってこい。」
紫十郎が墨男の背を叩き、墨男を紫月の元へ送る。
「…墨男さん」
紫月が自分の元へ来た墨男の名を呼ぶと、墨男は片膝をついて頭を下げた。
「姫様……これから、私はあなたを守ります。私にこんなにも光栄な役目を与えてくださった大旦那様、姫様への御恩は決して忘れません。」
動きはぎこちないが、墨男は紫月の護衛になる決心と覚悟は出来たようだった。
(そう…ありがとう。)
心に不思議な温かさを感じながら紫月は笑顔で応える。
「はい。これからも……よろしくお願いいたします。どうか私を守ってください。」
こうして紫月と墨男の出会いの夜は幕を閉じ、とある姫とその護衛は新しい朝を迎えたのだった。
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「「うおぉーーー!!!」」
紫月が話し終わると、リコとセリナは数分前と同じリアクションをとった。
「墨男さんとの出会いで紫月さんは成長したんですなぁ。ねぇ、リコさん。」
「そうですねぇ。それに甘酸っぱい!!紫月さんは純愛ですなぁ。ねぇ、セリナさん。」
「そ、そんな……純愛だなんて…」
紫月は照れくさくなって頬を染める。
「いやいや純愛ですよ。墨男さんを笑顔にって、めっちゃ素敵じゃないですか!」
「ウチもそれ思いました!………ちなみに、どうなったのか聞いてもいいですか?」
墨男の笑顔は見たような、見なかったような。
リコとセリナの記憶は曖昧だった。
「えぇ、勿論。墨男は少しずつ笑ってくれるようになりましたよ。出会った時の墨男が7つでしたから…9つになる前には子供らしい笑顔が出来るようになっていたと思います。」
「へぇー、墨男さんに出会ったのはそんなに小さい頃だったんですね。……ん?んん!?」
「ね、リコさん。びっくりでしょう。墨男はわずか7つで熊から私を守ってくれたんです。」
「え、凄すぎません!?ウチは7歳の頃何してたかな……」
「そうでしょう!墨男は凄いの!」
墨男が褒められるたび、紫月はリコにグイグイ近寄る。
「し、紫月さん。近いですぅ。」
「あっやだ、ごめんなさい。つい…」
今の紫月の反応を見れば誰でも彼女がすごく喜んでいることが分かるだろう。
だが……
(紫月さん、やっぱり笑顔にはならないですね…こんなに嬉しそうなのに……。)
紫月の口角は上がる気配をみせない。
声のトーンは上がったり、頬がほんのり紅潮したりはしているのだ。
なのに、表情だけはずっと無表情のまま。
それに気づいたセリナは哀しいような、切ないような、そんな気持ちになった。
なっていたのだが……
「でも、そんだけ嬉しいってことですよね。墨男さんを褒められて♡ね、セリナ♡」
「うおっ!なんやねん。ひっつかれると暑いわ!離れんかい!」
「も〜セリナにはそんな相手いないからってヤキモチ妬くなって!!」
「誰もヤキモチなんか妬いとらんわ!!えぇい!やかましい!」
リコにくっつかれてそんな気持ちはすぐに忘れた。
「は、な、れ、ろーーー!!!」
「い、け、ずーーー!!!」
仮にも姫の御前なのに、ギャーギャー騒ぐリコとセリナ。
そんな2人を紫月は怒るでもなく、呆れるでもなく、静かに見つめていた。
「……っていいですね」
「「……え?」」
紫月が何か言った。
しかし、リコにもセリナにもよく聞き取れなかった。
「紫月さん、どうしたんですか?」
リコが尋ねると、紫月が優しい目を2人に向けた。
「…友人っていいですね。私、誰かとこんなにお喋りしたのは初めてです。友人との交流はこんなにも楽しいものだったのですね。」
「紫月さん〜〜〜〜!!そんなふうに思ってくれるんですね〜〜!!」
セリナが感極まって紫月に抱きつこうとするが、相手は姫なので踏みとどまる。
すると紫月は少し残念そうな表情になった。
「セリナさん、遠慮しないでください。私も…その……リコさんやセリナさんのように…もっとあなた方と仲良くなりたいですから…。」
「「紫月さん〜〜〜〜!!」」
今度は2人で遠慮なく抱きついた。
「ウチらも紫月さんとはもっと仲良くしたいです!」
「私もリコと同じ気持ちです。ズッ友になりましょう!」
「ズットモ、とはなんですか?すいません、勉強不足で…」
「ずっと友達って意味ですよ!私らもズッ友よね〜リコォ。」
「え、どうだろう…セリナはウチに冷たいし…」
「オイオイ!ここは同意するところでしょうが!」
「ま、まぁまぁ。セリナさん落ち着いてください。」
ギュッと固まって友人同士、盛り上がる3人。
そこからしばらく、近所迷惑と言われても仕方のないほど騒いだ。
もちろん、それほど騒いだのはリコとセリナだ。
紫月は大声で騒ぐことはしないが、しっかり輪の中に入って会話を楽しんでいた。
「すいません…明日は11時から13時までしかお茶会はできそうにありません。急に予定が入りまして…。」
「仕方ないですよ!ウチが勝手に提案したんですから気にしないでください。ちなみに、明日はどこでお茶会を?」
今は明日の茶会の計画を立てているところだ。
「栄の辺りはどうかと。あそこは和菓子も流行りの洋菓子も揃っていますから。私たちの出会いの場所でもありますし、いかがでしょう?」
紫月が言っているのはリコが墨男にぶつかったあの場所のことだろう。
時間帯も場所も都合のいいので断る理由は無い。
「私は賛成です!素敵な場所ですし!」
「ウチも賛成です!綺麗なところでしたよね!」
「……そうですね。街並みが美しいことは確かです。店は私が決めておきますね。」
一瞬、紫月に妙な間があった気がしたが場所はこれで決まりだ。
「ありがとうございます!あっ、それと私達から紫月さんに提案があるんですけど…」
「…?なんでしょうか。」
セリナが何やら企んでいる顔になった。
それを察知したからか、紫月はリコの方をチラッと見る。
「ふふふふふ…きっと驚きますよぉ。」
しかし、リコもセリナと同じ顔をしている。
不敵に笑うリコの顔は企んでいるを通り越して、もはや怪しい。
「ふふふふふ…」
「ふふふふふ…」
「な、何を企んでいるのですか……?」
(いったい何をするつもりなの…もしかして…
①恐喝される
②弱味を握ったことで何か命令をしてくる
③顔に落書きされる
この中のどれかでは……?でもそんな……!)
国の姫である自分に上記の3つをするとは思えないが、2人の笑い方からは悪巧みの予感しかしなかった。
「ふふふふふ…」
「ふふふふふ…」
紫月がゴクンと唾を飲むとセリナがゆっくりと口を開いた。
「ふふふ……紫月さん、お友達を増やしませんか?」
「………………えっ?」
思わず疑問の声が出る紫月。
「お、お友達…ですか…?」
「はい!2名ほど候補がいます。リコとお風呂で話してたんです!いかがでしょう?」
「ウチとセリナの共通の友達です。面白いヤツらですよ〜。いかがでしょう?」
今は純粋に笑うリコとセリナに、紫月はこう思った。
(なっ、なんて紛らわしい顔なの!!疑ってごめんなさい……!!)
「…?どうしました?紫月さん。」
「何か今、失礼なこと思いませんでした?」
「……!!ごめんなさいリコさん、セリナさん。そ、そんなことないですよ。く、詳しく聞かせていただますか?」
唖然としていた紫月をリコは心配するが、セリナは何かを感じ取ったらしく口を尖らせた。
「……まぁいいか。リコ、説明しなさい。」
「合点承知之助。紫月さん、明日のお茶にその2人も混ぜたらどうかと思いまして。せっかくだし、友達増やしちゃいましょうよ!」
「合点承知之助!?リコ古いよ!!死語だよ!!」
「え…ウチ全然使ってる……」
この2人はいちいち漫才をしないと気が済まないのだろうか。しかも、肝心な部分は何も説明していない。
(が、がってんしょうちのすけ?誰のことかしら…?変わった名前ね。それに、あまり説明になっていないような…まぁ、それはさておき……)
「……その2人はどんな方なのですか?」
友達を増やす、という提案に紫月は少し不安を感じた。
2つ理由がある。
1つは、人との関わり方がよく分かっていないから。
今まで友達と言える人間がいなかったことから、紹介してもらっても仲良くなれる自信がないのだ。
しかも人見知り。
もう1つは、紫月の中で友達のハードルがどんどん上がっていることだ。
しつこいようだが、友達がいなかった紫月はずっと「友達」という存在に夢を抱いていた。
そのため、「友達」という存在をかなり美化しているのだ。
しかもわざわざ条件を決めており、
①自分と対等に話せる
②なんでも打ち明けることができる関係
③決して自分を傷つけない
④決して裏切らない
⑤話していて楽しい人物
この5つが最重要の条件となっている。
①の時点で紫月は国で最も位の高い「紫」の階級なので、対等に話せる人間がいる訳もなく最難関の条件だ。
リコとセリナは①をクリアしているが、紹介する人物が①に当てはまるかどうか。そこが紫月はかなり気がかりだった。
「…どんな奴か、と言われると…うーん」
「紫月さん、正直に言っていいですか?ちょっと驚くと思うんですけど…」
セリナがやや気まずそうにしているのを見て、リコが保険をかけた。
「え、えぇ。正直に聞かせてください。」
どんな人物なのか紫月には想像もつかない。
「あの2人はあれしかないでしょう。ねぇ、リコ?」
「うん。2文字でいける。」
「ふふふふふ…」
「ふふふふふ…」
(ま、またあの笑い方を……なんだか怖くなってきた…助けて墨男…)
「じゃあリコ、せーので言う?」
「うん。じゃあウチが言うわ。せーのっ」
「「アホです。」」
「……!?ア、阿呆ですか??」
紫月には信じられなかった。
紫月の中の「友達」はお互いを決して傷つけず、時に傷を分かち合う存在。
(阿呆だなんて!友人なのになんて酷いことを……!でも…2人から悪意を感じなかった…ということは…えぇ?これが普通なの??私が古いの??助けて墨男!!)
もうパニックだ。
「はい!あいつらウチらよりアホですよ!!もうヤバいです!!」
さらに追い打ちをかけるリコ。
「え……リコさんとセリナさんよりもですか…?」
「!?ひ、ひどい!!紫月さん、リコはともかく私までそう思ってたんですか!!」
「あぁ、ごめんなさい!つい本音が…」
紫月も何気に酷いことを言っているのだが、本人はパニック状態なので気づいていない。
すると
クスクスクス…
どこからか笑い声が。
その笑い声はリコでもセリナでも、もちろん紫月でもない。
男の笑い声だ。
「こ、この声は……!」
紫月には心当たりがあるようだ。
顔が赤くなっていく。
「笑われてる……」
「だ、だれですか!」
リコとセリナはまだピンときてないらしい。
はぁ……と紫月は溜息をつくと、部屋のドアに向かって呼びかけた。
「…墨男、どうぞ入ってください。」
「失礼致します。」
紫月の言う通り、扉を開けて顔を見せたのは墨男だった。
「あなたはいつから立ち聞きなんて悪趣味になったのよ…いつからそこにいたの?」
「申し訳ございません、姫様。明日の茶会の話の少し前です。」
「そう…偶然通りかかったの?」
「セリナ様とリコ様の悲鳴が聞こえたので馳せ参じたところ、姫様とお遊びになっている様子でしたので…その……つい…大変失礼いたしました。」
つまり、墨男がやって来たのはリコとセリナが騒いでいたせいということだ。
「「お、お騒がせしてすいませんでした…」」
さすがに恥ずかしくて2人同時に謝罪した。
これに紫月は首を振る。
「2人とも謝らないでください。今まで経験したことの無い賑やかさで、私はとても楽しかったですよ。」
本当にいい時間だったと感じたから。
だが……
「経験したことないんだってよセリナ……」
「聞いたよリコ…トドメ刺してきたね……」
フォローしたはずなのに、余計に下を向いてしまった。
「あっいえ、そんなつもりじゃ……!」
紫月が助けを求めて墨男を見ると、墨男は困ったように笑った。
「姫様、からかわれているだけですよ。落ち着いてください。」
「え?」
からかわれている、と言われたのでリコとセリナの方を向くと…
「紫月さんはからかい甲斐があって面白いね〜リコ。」
「紫月さん、可愛いよね〜セリナ。」
ニヤニヤした顔で紫月を見ていた。
「な、なんということでしょう…!」
誰かに屈辱的な視線を向けられることが、紫月にとって初めての経験だった。
しかし、不思議と嫌ではない。
(なるほど…先ほどは友人に向かってどうして阿呆と言えるのか分からなかったけれど…きっとこういう感覚なのね。)
「姫様、就寝の御時間です。」
墨男が時計を見ながら言う。
もう11時だった。
「もうそんな時間ですか…分かりました。ではリコさんとセリナさんを部屋に案内しなさい。案内は雪乃に任せるわ。」
「かしこまりました。」
墨男は一礼すると、リコとセリナの方を見た。
「セリナ様とリコ様は湯殿へ案内した時と同じ、雪乃が案内します。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
セリナに続きリコも礼を述べた。
「では墨男、行きましょう。…あ……そういえば髪の色の話がまだでしたね。セリナさん、明日のお茶の時間にお話してもよろしいですか?」
「もちろんです!明日、楽しみにしています!」
「ありがとうございます。私も楽しみです。」
紫月が扉の前まで移動。
そしてリコとセリナの方へ振り返る。
「それと…紹介してくださるという2人ですが、是非明日のお茶会には参加して頂きたいです。」
リコもセリナも思わず「え?」という顔になった。
「本当にいいんですか?ウチ……てっきり断られると思ってました。」
「あわよくばノリでいけないかな〜とは思ってましたけど…紫月さん、無理はしてないですか?」
二人とも紫月と友達になることは、とても難易度が高いことだと知っている。
紫月は蓋を開けると意外と素直でいい子だ。そこは間違いない。
問題はその蓋が固すぎること。
紫月が漏らした少しの本音と墨男の土下座、そしてリコとセリナのアホな喧嘩がなければ紫月と友達になることは不可能だっただろう。
小難しいって?
要するにリコとセリナの見解は
((紫月さん、人見知りだからなぁーー))
だ。
しかし、心配は無用だったらしい。
「無理なんてしていません。ただ、リコさんとセリナさんの友人なら……そういう人達でしょうからね。」
「え?それどういう意味ですか?」
紫月の含みのある言い方が引っかかったセリナだが、彼女の表情を見て無理に頷いたわけではないと分かり安堵した。
「ではリコさん、セリナさん。雪乃が来るまで少しここで待っていてください。私は先に失礼します。おやすみなさい。」
「「おやすみなさい。」」
紫月が退室した。
「ねぇ、リコ。明日はどのタイミングでユキミ達のところに行こうか?」
「もう11時になったらすぐじゃない?どっちかが行く?」
「そうだね。2人消えたら変に騒ぎになりそう。」
「オッケー。じゃあ勝った方が行くってことで。」
最初はグー!ジャーンケン!ポン!
「あ!負けた!ってことはリコが行くのね。頑張って走ってね〜。」
「クッソー!セリナに走らせようと思ってたのに!」
リコが負けて地団駄踏んでいると
コンコン
ドアがノックされた。
「「どうぞーー」」
「失礼します、雪乃です。セリナ様とリコ様をお部屋までご案内します。」
ドアの向こうに色白の着物美人が迎えに来てくれた。
「お風呂の時といい、案内ありがとうございます。」
「とんでもございません。それが私の仕事ですので。」
礼を言ったリコに雪乃もまた一礼。
「いえ、すごくありがたいです。雪乃さん、ありがとうございます。じゃあリコ、行こうか。」
「うん!行こう!」
リコ、セリナ退室。
その後…案内された部屋がまた美しく、1時間騒いでから泥のように眠るリコとセリナなのだった……




