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お昼の時間です  作者: ゴマサバ
第一の世界
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42/53

スタートライン

これは、エリアス・カルミナ死亡から五日後のこと。


「あぁあああああ!!やることが多すぎる!!うがぁああああああ!!!」


「基地内で暴れないでください。」


「おわっ!」


突然背後から聞こえた声に、緑田は肩を跳ねさせた。


「桐生!!上官の部屋に入る時はノックしろよぉ!」


「何度もしましたが、お返事がありませんでしたので。」


「え?あぁ……悪い。それで、どうした?」


「若草の供述をまとめた書類、目を通していただけましたか?」


「……すまん、まだだ。今すぐ読むよ。」


緑田は机に積み上がった書類の山を掻き分け、目的の一枚を見つけ出すと、一気に目を通していく。


「ざっと見たところ……本来はマティアスとアズーロがやるはずだった計画の穴を、若草と黒真とかいうやつが埋め、それで紫水様と俺のところには西の兵士を寄越した、と。」


「この基地に兵士を侵入させ、柳澤と通じていた者の処分は済ませました。あの者らは数日中のうちに、切腹が命じられる予定です。」


「よく、そんなことをサラッと言えるな。切腹する奴にはお前の同期も何人かいただろう?」


「私利私欲で多くの命を危険に晒した愚か者に、情などありません。それは緑田さんも同じでしょう。」


「……まぁな。」


緑田は深く息を吐き、再び書類へ視線を落とした。


「……エリアス・カルミナは若草と黒真に、山での行動を殆ど指示していなかったのか。唯一の言ったことは、“ それぞれ好きにしましょう”だと?」


「はい。私が見た限りでも、その三人に連携はありませんでした。まだ黒真はロメオ殿下と交戦していましたが……若草は私を探し歩いていたそうです。」


「どうして若宮は、行方不明だったお前が生きていたことを知っていたんだ?」


「柳澤を見張り台から引きずり下ろす前に、私が信号を送らせました。」


「そんなことをしていたのかよ。」


「無関係の少女や少年を人質にしてまで私を殺そうとする者など、あの男しかおりません。私の生存を知らせれば、必ず単独行動を取ると判断しました。」


(お前、若草に何したんだよ……)


「以前から若草には嫌悪感を抱いていましたので、親善試合で完膚なきまでに打ちのめした程度です。」


「心を読むな。」


緑田は額を押さえ、またまた大きなため息をつく。


「……分からん。何度読んでも分からん。エリアス・カルミナは何がしたかったんだ?いくら主戦力の二人ではないとはいえ、指示をちゃんと出していたなら勝機は残っていたはずだろう?」


「……よほど黒真と若草を信用していなかったのでしょうか。」


「いや、お前には敵わないだけで若草は強い。戦争を起こすのが目的なら、なおさら放置する理由がない。」


「では、その目的が変わったのでは?あるいは、目的は継続しつつも、より優先すべきことができたのかもしれません。」


「……ありえるな。」


その時。


緑田の脳裏に、ふとマティアスの顔が思い浮かんだ。


(……兄貴が剣も振れぬ体になって捕まったから、目的へのやる気が出なかった?紫月様の話によれば、エリアス・カルミナは相当なブラコンのはずだ。だからどうでもよくなって、投げやり気味に“ それぞれ好きにしましょう”という指示を出したのか?)


ぐるぐる、ぐるぐる。


色んな要素を思考するが、結果は……


「うん、分からん。」


「異常者の考えなど、理解しようとするだけ時間の無駄です。我々は事実の把握だけをすれば十分でしょう。」


「せめて俺がもう少し早く、モールス信号に気づいて解読ができていればなぁ……こんな面倒はなかったのに。」


「それは仕方がないかと。」


桐生は小さく首を振る。


「あの北側の見張り台に近づかないように、私たちは若草に配置されていました。加えて、送られていた信号はバレンティア語によるモールス信号。我が国にはその文化自体がありませんから、誰でも解読しても時間はかかったでしょう。むしろ、怪我の療養中に解読を終えた緑田さんの能力の高さに驚きました。」


「お前が励ましてくれるとは珍しいな。……それにしても、この見やすい資料のお陰で、事件の流れが素早く把握できるよ。ありがとな。」


「とんでもございません。」


桐生は丁寧に、一礼した。


「ところで緑田さん、仕事はあとどのくらい残っているのですか。」


「山積みなんてもんじゃねぇよ。違法賭場の摘発に、ネブラの回収と処分、残党の狩り、ネブラ中毒者の保護と今後の対応の検討。今は若草が牢から逃がした“ 黒”と、山にあった死体の身元照合の真っ最中。しかもだぞ?“ 緑”はなんと、七割がネブラで買収されて切腹だから、残りの仕事は三割の人間でやらなきゃならない。上の連中はお前が殆ど斬っちまったから、責任を持つのは俺……過労死するわ!!」


「斬ってしまったものは仕方がないでしょう。奴らは悪なのですから。」


「そうだな……」


「そして言いづらいのですが……ひと月後の入隊試験の内容、もうお決めになりましたか?」


「!!」


緑田は癖のある自身の髪を、クシャッと掴んだ。


「そうか!!実技の内容を決めるのは俺か!!質疑応答はお前だったか!!あはははは!!今日は寝れるだろうか!?桐生、お前は今日は何時間寝た!?」


「三時間です。緑田さんは?」


「二時間だよクソ!!」


ゴンッ! バサッ!


緑田が勢いよく机に突っ伏した拍子に、書類の束が床へ散らばった。


それは、入隊希望者が提出した応募書類だった。


「あぁ……ついてねぇ……これも確認しとかなきゃいけねぇのに……」


「お手伝いします。」


二人は散乱した書類を拾い集める。


その時だった。


「ん……こいつ……」


緑田の手が、一枚の応募用紙で止まる。


「こいつ、藤堂紫月様の護衛じゃねぇか。なんで入隊試験に応募しているんだ?」


「単純に、身分を上げるためではないでしょうか。」


「ふーむ……」


緑田は墨男を思い出す。


(それなりに動けて素直そうだから、即戦力になりそうでありがたいが……コイツが姫様の元を離れるとは思えんな。)


「気になるのでしたら、呼んでみてはいかがでしょう。今すぐは難しいですが……一週間間後には、どうにか時間を作ります。」


「お前、そんなに優しかった?」


「……私をなんだと思っているのですか。」


「ん?……それもそうか。」




ーーーーー






「というわけだ。お前を呼んだ理由は理解したか?」


「は、はい……」


墨男は苦笑いで頷く。


「お前、どうして紫月様の元を離れたんだ?」


「……護衛として力不足だからです。主より弱い護衛など、いても意味がありません。」


「それで強くなりたくて入隊試験を決意した、と。」


「はい。己を鍛え直すべく、志願いたしました。」


(なるほど、いい理由だ。……俺の勘では、ロメオ殿下も多少関わっていそうだな。自分の好きな人と婚約相手の傍にいるのは辛い、もしくは邪魔になってしまうから離れたってところか。……んー、青春だねぇ!)


「あの……いかがされましたか?」


「ん?」


墨男が、ジッとこちらを見ている。


緑田は自身の口元に触れて、思い切りニヤけていた事に気がついた。


「い、いや……なんでもない。それよりも、特別入隊試験を受けないか?」


「特別入隊試験……ですか?」


「あぁ。お前が即戦力になると見込んで、特別に用意した試験だ。藤堂家で教養は仕込まれているだろうから、座学はパス。質疑応答も、志願理由が気に入ったから免除でいい。だから、実技だ。もし合格すれば、お前をすぐ入隊させてやる。」


「……実技の内容を教えてください。」


「そういう貪欲なところ、いいな。」


シュッ


緑田は鞘から刀を抜き、墨男に手渡した。


「この刀で、俺を狙え。技はなんでもいいが、刀を振る機会は一度だけだ。いいな?」


「……かしこまりました。」


「では、用意……」


墨男は緑田を前に、まっすぐ構えた。


「始め!!」


シュッ!!


開始の合図と共に放たれた、鋭い突き。

一切の無駄のない、美しい動きだ。


「いいねぇ、よく稽古してある。」


緑田は紙一重で身をかわす。


(俺が相手でも急所をすぐに狙う判断力、実に素晴らしい。動きも綺麗だしな。)


思わず感心した、その時だった。


シュシュッ!!


「!!」


墨男はさらに二撃、突きを放った。


スッ スッ


緑田は軽やかに避けていく。


グラ……


だが、彼の重心が僅かに後ろへズレた。

その瞬間を、


シュッ!!


墨男は縦一直線に、刀を振る。


パシッ


「……合格。」


緑田は刀を片手で受け止め、無傷で笑った。


「お前が考えた通り、“ 突き”は刀を“ 振った”ことにはならない。俺が言った条件の穴を突いた、良い作戦だな。」


「……ありがとうございました。」


「おう。」


緑田は墨男から刀を受け取り、滑らかに鞘へ収める。


カチャ。


「そういえば……これでお前は“ 緑”へ身分が上がるわけだが、名前はどうするんだ?苗字は新しく付けるとしても、“ 墨男”って名前じゃ、一目で元”黒”だと分かるだろ。」


「……“ 墨男”という名を変えるつもりはありません。元“ 黒”だった俺が出世すれば、同じ境遇の者たちも、少しは生きやすくなるかもしれませんから。」


「なるほど、立派な志だ。で、苗字はもう決めたのか?」


「はい。“ 柊木”にいたします。」


「柊木……柊……。それって、お前が考えたのか?」


「いえ、姫様が考えてくださいました。」


「ほーう。」


緑田の顔が、またニマニマしだす。


「い、いかがされましたか……?」


「へへっ……いい名前だと思ってな。ほら、柊って葉っぱが尖ってるから厄除けに使われるだろ?だからその名前を付ける時は、“ この人を悪いものから守ってください”って意味があるらしい。愛されてるねぇ。」


「……」


その時だった。


ポロッ……


墨男の目から、涙が零れた。


「!?」


「すいません……」


「な、泣くなよ……おーよしよし……」


緑田は思わず、墨男の頭をワシャワシャと撫で回す。


「ほら……あれだ。しばらくは忙しすぎて、寂しいなんて思う余裕はなくなるさ。もし仕事が落ち着いても、俺が話くらいは聞いてやるよ。だから……な?泣くなって。」


コンコンコン


「桐生です。」


「こんな時に来やがって……」


「失礼します。」


「え?」


ガチャッ


「……」


桐生は絶句した。


信頼している上司が、顔見知りの青年を何故か抱きしめていたからだ。


「失礼しました……」


「お、おい!勝手に開けて、勝手に閉めるんじゃない!!違うから!!」


緑田が引き留めようと桐生の腕を掴む。


すると、桐生は露骨に眉をひそめた。


「言っとくが俺にそっちの趣味はないぞ!!」


「ご安心を。絶対に他言はいたしません。」


「違う!!断じて違う!!」


「……分かりました。ところで、そちらの彼は試験に合格したのですか?」


「あ、あぁ……」


桐生の問いに、緑田は頷く。


「木村を連れてまいりました。」


「……ご苦労。」


緑田は墨男へ向き直る。


「おい、“ 柊木”!」


「ッ……はい!」


墨男は姿勢を正した。


「紹介を済ませておこう。俺たちは昇進したから、新しい階級も覚えておいてくれ。俺は緑田中将。コイツは桐生大佐。そしてお前の直属の上司になるのが、木村少尉だ。」


「よろしく!」


ピョコッと木村が飛び出してきた。

墨男は彼と、山で共闘して以来だ。


「お久しぶりです、木村様。」


「久しぶりだね。えっと……」


「申し訳ございません。私からも、ご挨拶をさせていただきます。」


墨男は緑田、桐生、木村を順に見つめる。


「本日より入隊いたします、柊木墨男と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。」


「おう、よろしく。」


「よろしく。」


「よろしく!」


ぽんっ


緑田が、墨男の肩に手を置いた。


「木村、こいつに基地内を案内してやれ。」


「かしこまりました。では柊木君、行こうか。」


「はい。」


墨男が歩き出そうとした時だった。


「……柊木。」


緑田がそっと、耳打ちをする。


「桐生は怖いが頼れるやつだし、木村は普通に良い奴だから安心しろ。どちらも話し相手にはなってくれるだろうから、何か吐き出したい時は俺たちを頼れ。いいな?」


「はい……本当に、ありがとうございます。」


墨男は深く一礼すると、木村と共に部屋を後にした。


「「……」」


部屋に残った桐生は、呆れたように緑田を見る。


「随分、彼に肩入れしていますね。」


「共に死地をくぐり抜けた戦友だからな。俺が本気で死にかけたのは、マティアスと戦ったあの時が初めてだったんだぞ。」


「それでも、少々甘やかしすぎではないでしょうか。」


「別にいいだろう。お前みたいに、部下に恐れられる上司になりたくないんだよ。」


「……そんなに私は怖いですか?」


「あぁ怖いね。お前は物騒なことを平然と言うし、仏頂面だし、細かいし、怒りっぽいし。」


「……」


「だがまぁ……」


ぽすっ


緑田は桐生の頭に手を乗せ、グリグリと撫で回す。


「俺にとっちゃ、可愛い部下だ。行方不明だったお前が生きて基地に戻った時は嬉しかったよ。」


「……」


「これでハッピーエンド、ハッピーエンド。みーんな俺が幸せにしてやるよ。」


笑いながら椅子に座る緑田。



「……ふっ。」


優しい上司の人柄に、普段は笑わない桐生も思わず微笑むのだった。






ーーーーーー




大切な人と別れた墨男は、こうして新たな居場所を手に入れました。


豪放磊落な自称ダンディ、緑田。

理解ある鬼大佐、桐生。

いい意味で名ばかりの先輩、木村。


この三人がいれば、寂しさに浸る余裕もないでしょう。


ここから始まるのは、“柊木墨男”としての新しい人生。


願わくば、この場所が彼にとって、もう一つの帰る場所になりますように。




ーーーーーー







部屋に漂う、紅茶の華やかな香り。



「まぁ、墨男ったら……」


「どうしたんだい?」


紫月は嬉しそうに、手にした一通の手紙をロメオへ差し出した。


それは、墨男から届いた手紙だった。


「緑田さんが特別試験をしてくださって、もう入隊試験に合格したそうなんです。」


「それは凄いじゃないか。」


「えぇ。それに、もう働き始めたみたいで……ふふっ。なかなか大変だと書いてあります。」


「どれどれ……」


ロメオは手紙を受け取り、文面に目を通す。


“ 入浴の時間が長いと、桐生大佐殿にいつも叱られてしまいます。”


“ 木村少尉殿から桐生大佐殿についての相談を受けるのですが、その内容が過激なことばかりで、どう反応をすれば良いのか毎回困ってしまいます。”


“ 緑田中将殿が服を脱ぎ散らかしていると、桐生大佐殿が顔をしかめながら片付けをされます。そして、私や木村少尉殿が叱られます。”


「……力関係は桐生君が一番上なのか。」


「はい。苦労しているようですが……元気そうで安心しました。」


「入隊祝いを考えなきゃだね。パーティーを開いて、何か贈り物を用意して……どうせなら思いっきり賑やかにしたいな。」


「ふふっ。墨男の驚く姿が目に見えますね。」


「うん、彼の驚いた顔は面白そうだ。……そうだ、リコとセリナに何か考えてもらうのはどうだろう。あの二人なら、いい発想をしてくれそうだよね。」


「あら。」


楽しそうなロメオに、思わず紫月は笑みをこぼした。



「……あの、ロメオさん。」


「ん?」


「ありがとうございます。」


「……?」


ロメオは首を傾げる。


「ロメオさんの優しさに、私は助けられてばかりです。何かお礼をしたいのですが……」


「お礼、か。」


ロメオは少しだけ考え込み、


「それなら。」


優しく笑った。


「名前で呼んでほしいかな。」


「名前、ですか?」


紫月は目を丸くする。


「うん。墨男君や雪乃さん、紫水君は名前で呼んでいるでしょう?だったら僕のことも、同じように“ ロメオ”って呼んで欲しいな。」


「……そんなことで、よろしいのですか?」


「そんなことがいいんだよ。僕らは家族になるんだから。」


「まぁ……!」


紫月の頬が、ほんのり染まった。


「僕らも墨男君に負けないよう、頑張ろうね。……紫月。」


「は、はい……ロ、ロメオ。」


「ぎこちないなぁ。」


「すいません……」


二人は照れくさそうに顔を見合わせ、自然と笑い合った。


その、まさに空気が柔らかくなった瞬間だった。


ダァァァン!


空気を読まず、リコが勢いよくドアを開けた。


「リ、リコさん?」


「急にどうしたんだい?」


リコの後ろには、セリナが立っていた。


「なるべく早くしろって言われてるから、ちょっと失礼するねー。」


「「え?」」


セリナが二人の手首を掴む。


「リコ、合言葉をお願い!」


「おっけー!」


リコは頷くと、一旦ドアを閉めて唱える。


「lunch!!」





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