真相②
「みんな、改めてお疲れ様。」
「んー。今日まで店を休みにして良かったよ。ウチらさっき起きたばっかりですもん。」
「それなのに、店に入れてくれてありがとう。わざわざお茶まで淹れてくれて……」
ストロベリーローズのカウンター席。
佐々木さんは優雅に、紅茶を口に運んだ。
「でもミキたちが直接何かした自覚はあんまりないよねー。」
「謎に誘拐されてただけで、ほとんどロメオと紫十郎さんが何とかしてくれたイメージ……」
「途中から主役変わってたよね?“ あの四人ならもしかしたら……”みたいな空気はどこに行ったんだ!」
ミキとユキミとセリナの言葉を受け、佐々木さんはニコリと微笑んだ。
「いやいや、そんなことないよ。君たちがいなければ、出会った人間は全員死んでいたさ。」
「「「「えぇ!?」」」」
四人の声が綺麗に重なる。
「ど、どうしてですか!?」
ユキミが目を瞬かせた。
「君たちの活躍を説明するよ。まず、リコちゃんとセリナちゃん。」
「え?ウチ?」
「え?私?」
「うん。二人は紫月と出会い、彼女にとって初めての友人になった。そもそも彼女との関わりを持てなければ、この世界の救済は無理だったんだ。ある意味、これが一番のお手柄かもしれないな。」
「「おー。」」
リコとセリナは満更でもなさそうに頷いた。
「次は四人全員だね。君たちはロメオ君、紫十郎さん、墨男君、紫水君と交流をした。君たちの何気ない存在で、彼らの心はいくらか軽くなったはずだ。」
「迷惑しかかけていなかったような……」
「シッ!」
ミキの言葉に、リコが人差し指をたてた。
佐々木さんはそんなやり取りを見て、小さく笑う。
「大丈夫だよ。紫月と紫水君にいい友達が出来て、みんな安心しているはずから。」
「次は紫十郎さんじゃなくて、ウチが紫水君を笑わせて見せるぜ。」
リコは胸をドンと叩いた。
「頼もしいね。……申し訳ないけれど、ここからは少しショッキングなものを見てもらうよ。」
「「「「えっ」」」」
「今から見せるのは、“ 第一の世界”の“ 本来の世界線”だ。」
パチンッ
指を鳴らした、その瞬間。
四人の視界が白い霧に包まれた。
足元も、天井も、世界そのものが白く溶けていくようだった。
やがてその霧は、まるで劇場の幕のように静かに上がる。
ゴォオオオオオオオ!!
燃え盛る小屋。
炎は夜空を赤く染め、熱風が空へと昇っていく。
「やめて!離して!!」
男たちに囲まれ、必死にもがく一人の少女。
「これはリコちゃんとセリナちゃんが馬で突っ込んだ場所にあった小屋だよ。名前は……桐生君か。彼は人質の少女を見捨てることができずに、小屋へ入ることを強要され、そのまま火をつけられて焼死した。あの女の子も殺されたよ。二人があの男共の気を逸らしたおかげで、二つの命が救われた。」
パチン
燃える景色が白い霧へ溶け、次の光景へ切り替わった。
そこは、ステンドグラスが幻想的な教会。
柱には縄で縛られた墨男の姿があった。
「申し訳ございません姫様……」
「クククッ……従者が主人に迷惑をかけるなど、あってはならないことですよねぇ?」
血まみれの墨男の前で、赤髪の青年が不気味に笑う。
「あなたの愛しい姫様は、必ずあなたを助けに来るでしょう。ですが……彼女は周りを信用していませんからねぇ。“ 単独”で来るはずです。こんなグズな従者のせいで、またあの子は戦わなければならない。……クククッ」
「姫様……ッ」
ガッ
「おや、舌を噛みましたか。愛する人の枷になりたくないというその気持ち……ワタシまで泣けてきます。ですが、よく考えてください?姫様が誰のためにここに来るのか。そして、あなたの死体を見ればどうなるのか。よーく考えてください。」
「……」
「素晴らしいことに、あなた方は相思相愛です。なので、あなたの死体を見れば彼女は生きる気力を完全に失うでしょう。そうなれば……彼女も自死を選ぶのではないですか?もしくは、弱っている隙にワタシに斬られてしまうかも?藤堂紫十郎の動きを止める“ 餌”に丁度いいですねぇ。」
「ッ!!」
墨男は縄を引き千切らんばかりに暴れる。
だが……
グサッ
「人間、舌を噛んだところで中々死なないものです。なのでお手伝いして差し上げました。自死すらまともに出来ないなんて、愚鈍な男ですねぇ。あなたを拐うのに、わざわざ兄さんに頼む必要はありませんでした。」
ドサッ
青年は墨男の心臓を一突きし、彼を殺した。
ハハハハハハハハハハッ!!
高らかに笑う声が、天井まで響き渡る。
ーー
「セリナちゃんが拐われたことによって、危険を感じとったロメオ君は緑田さんを紫月の護衛に指名した。その結果、緑田さんがマティアスを捕獲して、墨男君が捕まることはなかった。これによって……」
パチンッ
ーー
「墨男!!墨男!!墨男……!!」
少女の悲痛な叫びが響く。
地面に膝をつき、血に濡れた亡骸を抱き締めながら、首を何度も横に振っている。
その少女こそ、紫月だった。
「ククッ……何故だか、あなたがとっても気になります。」
「いゃぁぁあああああああ!!!」
「うーん。ワタシは眼中にありませんか。」
それでも青年は愉快そうに笑みを浮かべたままだ。
「お嬢さん、その男を殺したのはワタシですよ。このエリアスが心臓を一突きしました。」
「どうして……墨男!!墨男!!」
「よろしければ、ワタシを殺してみませんか?ほら、ここに剣がありますから。」
エリアスは紫月の傍に剣を置いた。
「あなたのために……私は帰ってきたのに……!!」
「クククッ。東統戦争ですか……いいですねぇ。」
「墨男……」
紫月は剣を手にとった。
「おや。」
その瞬間。
ザシュッ!
彼女は、自ら首筋を裂いた。
ドサッ……
鮮血が舞い、紫月は墨男へ覆い被さるように倒れる。
二人の身体が重なった。
「死んでしまいましたか。素晴らしい潔さですね…………まぁ、いいでしょう。」
エリアスは特に気にした様子もなく、むしろ口元を歪めて笑う。
「死体が手に入りました。マティアス兄さん、アズーロ君、頼みますよ。」
「「……」」
端の方で待機していた二人の青年は、無言で腰の剣を引き抜いた。
ーー
「……」
佐々木さんは倒れた墨男と紫月を、静かに見つめる。
パチンッ
ーー
「くッ……!!」
「殿下、逃げないでください。藤堂紫十郎と合流するおつもりなら無駄ですよ。」
キィイインッ!!
エリアスと、紫月の亡骸を抱えたロメオの剣が激しくぶつかり合う。
「ワタシが何のために藤堂紫水を狙わなかったか、お分かりですね?こうして分断するためです。」
タッッ
シュッ!!
距離を取り、エリアスは袈裟斬りを繰り出す。
ロメオは咄嗟に身を逸らして紙一重で躱し、すぐさま反撃へ転じようとした。
だがーー
ザシュッ
グサッ
「ッ……!!」
背後からアズーロに膝裏を斬りつけられ、腹部を深々と貫かれてしまう。
「アズーロ君、柳澤へ連絡をお願いします。」
「……わかった」
アズーロは剣を引き抜くと、血を払い闇へと駆け出した。
「殿下、感謝してください。今から藤堂紫十郎を呼んでさしあげます。ようやく助けが来ますね。もっとも……その頃には死んでいるでしょうが。」
ゴフッ
ドサ……
ロメオは血を吐き、両膝を地面についた。
それでも、紫月を腕から落とさない。
「僕は……ッ」
「役たたず、と仰りたいのでしょう。よく頑張った方だと思いますが……」
「ごめん……紫月さん……ごめん……」
「ご安心を。ベアトリーチェ嬢にはワタシから、謝罪を伝えておきますよ。」
「!」
ロメオの瞳が、大きく揺れた。
「ははっ、いい顔をしますね。」
「なんで……」
「殿下とベアトリーチェ嬢は我々聖職者の間では有名なのですよ。バレンティアでは毎朝、二人で礼拝をしていたそうですね?」
「……彼女は友人だ……君の考えるような関係じゃない……」
「関係性は、実際にそうなのでしょう。ですが……殿下がベアトリーチェ嬢を見つめる瞳、やけに熱っぽかったですねぇ。」
「ッ……いつ、どこで僕たちを……」
「偶然その機会があっただけです。それよりも今後のことを心配したらどうですか?」
ザシュッ
エリアスが、ロメオの左胸を貫いた。
「あなたが死ねば、守りたい人間はみんな死にます。もっと頑張ってください。」
「ッ……エリアス……!!」
「クククッ……東と西で戦争がおきれば、ベアトリーチェ嬢は生き残れるでしょうか?あれだけ美しければ、色んな男から狙われることでしょうね。」
クククッ……ハハハハハハッ
凶悪で狂気じみた笑い声が、山へ木霊する。
「ベアト……リーチェ……」
愛しい人の名を最後に。
トサッ………
ロメオ・バレンティアは、息を引き取った。
その腕の中には、最期まで紫月が抱かれていた。
ーー
パチン
ーー
「紫月はどこだぁぁああああああ!!!」
「クククッ……」
「……」
夜の山中。
紫十郎と、よく似た容貌を持つ二人の青年が激しく剣を交えていた。
キィイイイイン!!
「素晴らしい剣技ですねぇ!!」
「煩い!!娘の居場所を教えろぉおおおッ!!!」
火花が散り、せめぎ合う紫十郎とエリアスの刃。
その一瞬の隙を突き、
シュッ!!
マティアスが背後から斬りかかった。
キッ!
紫十郎は咄嗟に後ろ蹴りを放ち、迫る刀身を蹴り上げる。
続けざまに、
シュッ!!
今度は身を低くしたエリアスが足元を薙ぎ払う。
タッッ
紫十郎は大きく跳躍すると、近くの大樹を足場にして、
ドンッ!!
エリアスと大きく距離を取って着地した。
「ロメオは!?ロメオは何をしている!!」
「お亡くなりになりました。」
「…………は?」
紫十郎の動きが止まった。
「アズーロ君、持ってきなさい。」
「……」
闇の奥からアズーロが姿を現した。
その腕には、まるで“ 人”の形に見える布の塊が抱えられていた。
ほんの少し布が捲れている部分からは、美しい金色の糸が見える。
「まさか、ロメオ……」
シュッッ!!
マティアスが斬り込む。
キィイイイインッッ!!!
紫十郎は反射で受け止めた。
だが、
ペラッ……
アズーロがさらに布をめくったその時。
「紫月!!」
紫色の艶やかな髪が、父の目に映る。
ーーザシュッッ!!!
その隙を、エリアスは見逃さなかった。
彼は紫十郎の脇腹を、深く斬り裂く。
「ッ……!」
すかさず、
ザシュッ!!
マティアスが、紫十郎の首を落とした。
ゴロン……
「流石は藤堂紫十郎。かなりの強敵でした。」
「……」
「娘の死体を見てあそこまで動揺するとは。父の愛は、素晴らしいものですね。」
「……」
「どうしましたか、兄さん。」
「……こんな戦いで満足なのか?」
「十分に殺りあえましたし、ワタシは満足ですよ。これからは強敵を斬る機会も多いでしょうし、紫十郎に拘りすぎる必要はないと思いますが。」
「………………変わったな。」
ーー
パチンッ
ーー
「この悪魔がぁああ!!」
「私の夫を返して!!燃えながら自殺したのよ!!!」
罵声とともに、無数の石が投げつけられる。
その先に立つのは、紫月と顔のよく似た青年。
青年は白い装束をまとい、瞳には絶望を浮かべていた。
「これより、藤堂紫水の処刑を執行する!!罪状を読み上げよ!!」
「はっ!」
緑の軍服を着た男が、紙を広げた。
「藤堂紫水は、藤堂紫十郎、藤堂紫月、緑田蓬らと共に、西の兵士を密入国させ、薬物”ネブラ”を国内へ流通、多数の兵を薬物依存へ陥れ、焼身自殺者を生んだ。加えてロメオ殿下殺害に関与し、東と西の争いを引き起こした罪があるッ!!」
「以上により、藤堂紫水を斬首刑に処す!!」
「うぉぉおおおおおおおおおお!!!」
民衆から歓声が湧き起こる。
誰も青年を憐れまない。
誰も真実を知ろうとしない。
「……」
紫水は押さえつけられ、両膝を着く。
「父上……ロメオ兄様……緑田……」
大事な人はみんな死んでしまった。
ずっと守ってくれた緑田も、数日前に処刑された。
紫水は涙を流す。
だが、涙に同情するほど民衆の怒りは優しいものではなかった。
「どうして……こんなことに……」
刀が、振り上げられる。
「会いにいきます……母上……」
ーーザシュッ!!
ーー
パチンッ
「悲惨な未来が回避できた。みんな、生きている。君たちのおかげで誰も失わなかった。」
佐々木さんの声と共に霧は晴れ、だんだんとストロベリーローズの景色に戻った。
「「「「……」」」」
あまりの凄惨さに、四人は声が出せなかった。
「ごめんね、辛いものを見せて。」
「……な…なんで紫水君が……」
リコが何とか声を絞り出す。
佐々木さんは表情を暗くして答えた。
「筋書きはこうだよ。藤堂家は教会で祈りを捧げていたロメオ君を殺害した後、東西で戦争をおこし、仕入れたネブラで莫大な利益を得ようとしていた。……本当は藤波という男が企てたことが、そのまま紫月たちに擦り付けられたわけだね。そして全ての責任を負わせるため、紫水君は探し出された。」
「探し出された……?」
「実は緑田さんが紫水君は死んだと偽装して、自分の息子として育てていたんだ。けれど……藤波はそういうことだけは鼻のきく男だった。生きていることがバレた紫水君は連行されて、匿っていた緑田さんも適当に罪をなすりつけられ、二人とも処刑されてしまった。」
「そんな……」
言葉を失うリコの背中を、ユキミがさする。
そんなリコを横目に、次はセリナが口を開いた。
「雪乃さん……藤堂家の使用人の人たちや、アズールはどうなったんですか?」
「使用人は今回と同じで、紫十郎邸から緑の基地に避難した後、紫十郎さんから足手まといだって言われて、山には入らず紫水君を護衛していた。そこに若草と黒真という二人の色つき、それと数十人の“ 黒”が攻め入って全滅したよ。生き残ったのは、緑田さんと紫水君だけだった。」
「……アズールは……」
「彼は自殺した。お兄さんが焼身自殺を図ったことと、自分の罪に耐えきれなくて……服毒自殺だったと思う。」
「……どの世界線でも、幸せになれなかったんですね。」
目を伏せるセリナ。
彼女の目尻には、うっすらと涙が溜まっている。
「こう言えば、君は傷つくかもしれないけれど……もしアズール君とマティアスがあの山に入っていれば、君たち含め全員が死んでいた。でも、そうならずに済んだだけでも……彼の罪悪感は、少しは軽い時に逝けたと思うよ。」
「みんなを不幸に追いやった首謀者は……本来の世界線だとどうなるんですか?」
「……天寿を全うした」
佐々木さんは歯を強く食いしばった。
「アイツの望み通りに戦争が起きてからは神職を捨て、色んな場所に行って火種を作っては人を不幸にして、ひたすら人を斬って、寿命で死んだ。アイツよりも強い者が、あの世界にはもういなかったから……誰にも止められなかった。」
「でも……今回は紫月さんが止めてくれましたね。」
「……うん。ちゃんと彼女は自分の手で、因果と決着をつけていた。」
佐々木さんはセリナにハンカチを渡すと、ミキとユキミへ目を向けた。
「二人は、リコちゃんやセリナちゃんほど紫月たちとは関わりがなかったね。本来の世界線を見て、どう思ったか聞かせてくれるかい?」
「「……」」
二人は少し考える。
「ミキは……やっぱり、悲しかったです。知っている人が不幸になるのって……見ていて辛いです。」
「うん……あたしも同じです。みんな死ななくて本当に良かったと思います。」
「良かった。そう思ってくれて嬉しいよ。」
佐々木さんは立ち上がり、四人の顔を一人ずつ見つめる。
そして、深々と頭を下げた。
「ユキミちゃん、ミキちゃん、リコちゃん、セリナちゃん。本当にありがとう。君たちがいたおかげで、紫月たちは救われた。そして……紫月の笑顔を見ることができた。」
「「「「……」」」」
四人の中で浮かぶ紫月の笑顔。
自分たちが直接笑顔にしたわけではないが、何気ない行動が廻っての結果だと思うと、あの世界に行って良かったと思った。
しかし、ここでミキが首を傾げる。
「……あれ、どうして紫月さんが笑ったこと知ってるんですか?」
佐々木さんは店に来たばかりで、山で起きた出来事は、まだ誰も話していないはずだ。
以前行った記憶の共有なども、特にしていない。
「あぁ、それはね。いつもはエネルギーをかなり消費するから君たちから話を聞いていたけど、今回は私も少しは貢献しなきゃと思って、ちょっとした支援するために覗いてたんだ。」
「支援?」
「うん。スイーツ大会のあとの大雨と、ユキミちゃんの膝に乗った虫。どちらも私の仕業だよ。」
「「「「え!!」」」」
その瞬間、リコが佐々木さんに詰め寄った。
「その虫のせいで、ウチら雪乃さんに散々怒られたんですけど!!」
「お、落ち着いてリコちゃん!」
ユキミはリコを止めてはいるが、目は佐々木さんの方を恨めしそうに見ている。
「ごめんごめん。だけど、紫水君が人質だと誤解されたままでは色々と不利だったんだ。特に紫十郎さんは子どもへの愛が深いから、どんな隙を産むか分からないからさ。」
「あたし、雨に濡れてワンピースに着替えたから転んだんですけど。」
「ユキミちゃん、そう睨まないでよ……」
佐々木さんは苦笑する。
「本来の世界線では、あの教会は山ごと燃えて、エリアスの悪行の証拠は全て灰の中になってしまうんだ。なぜなら桐生君が言った通り、山には爆弾を巻き付けた末期のネブラ患者がウジャウジャいて、引火して火事になってしまうから。だから大雨を降らせて山火事を防いだうえに、危ないから爆弾を湿気させて、なるべく不発になるようにしたんだ。」
「でも、あたし連れ去られちゃったし……」
「ユキミちゃんでなければ他の子が捕まっていたし、それは身を挺したということで……ね?」
「まぁ落ち着けってユッキー。」
口を尖らせるユキミを、今度はリコが宥めた。
「あの、佐々木さん。」
セリナが手を挙げる。
「もしかして、佐々木さんは元の世界線の紫月さんと知り合いだったんですか?」
「うん、その通りだよ。」
その時、他三人は思った。
(((どうして分かったんだろう……)))
「やっぱり。その辺、詳しく聞いてもいいですか?」
「うーん。いいけれど、出来ればもう少し後がいいな。私としても、あまり思い出したくない記憶だから。」
「……あ、そうなんですね。わかりました。」
「そんなに申し訳なさそうな顔をしないで。いつか、ちゃんと話すから。」
佐々木さんはニコリと微笑むと、椅子に座り直した。
「そうだ。時間がある時に、紫月やロメオ君に会っておいで。君たちが助けた彼女らが、どんな顔で生活しているのか見るといい。」
「「「「はーい。」」」」
四人が返事をすると、佐々木さんはウインクする。
「それと、紫月がロメオ君と墨男君のどちらを選ぶのか聞いてきて欲しいな。ミキちゃんも気になるでしょ?」
「うん!!恋の行方は確かめなくちゃ!!」
目を輝かせるミキに、場の空気が一気に和らいだ。
「ウチこそ最初のフレンズだから確かめないと。ウチはロメオだと思うな。」
「いやいや、私こそが最初のフレンズ。私もロメオだと思うな。いい雰囲気になってたし!」
「あたしは墨男さんかな?告白してたし。」
「二人の愛の強さを信じて、ミキも墨男さんかな。でも……ロメオも捨てがたいな。かっこいいし。」
四人はロメオか墨男かでワイワイ議論を重ねる。
久しぶりのプチ会議だ。
「……」
佐々木さんは四人には見えないよう、そっと拳を開く。
その手には、小さな星のような光が浮かんでいた。
(なぁ、紫月。お前の心は救われたか?)
光が、まるで頷くように瞬く。
(契約を果たせたせるまで、随分待たせちまったな。あとは安らかに、俺の中で眠ってくれ。)
佐々木さんは自分の胸へ運ぶ。
すると光は吸い込まれるように心臓へ溶け込み、静かに消えていった。
「ねぇねぇ、佐々木さんはどっちだと思います?」
リコが笑顔で話しかける。
佐々木さんは「うーん」と首を傾げ、少し考えてから答えた。
「予想がつかないなぁ。最悪、紫月とロメオ君の婚約話は破棄になるだろうし。」
「「「「えっ」」」」
ーーーーーー
コンコンコン
「大旦那様、墨男です。」
「入れ。」
「失礼します。」
墨男は静かに扉を開け、部屋へ足を踏み入れた。
「修復はどのくらいで終わりそうだ?」
「窓ガラスが多少割れ、壁や床に焦げ跡が残っている程度です。明日には修復を終えられるかと。」
「そうか。雨が降っていて幸運だったな。」
今、紫十郎と墨男がいる藤堂邸には、侵入したネブラ末期患者たちがまとっていた炎によって、あちこちに焼け焦げた跡が残っていた。
しかし、大雨で建物全体が湿っていたおかげで火は燃え広がらず、修復作業も順調に進んでいた。
「墨男、俺はもう出るが……その前に、お前に伝えることがある。」
「いかがされましたか?」
紫十郎は一度、小さく咳払いをした。
「実はな、今回のことで“ 黒”と“ 緑”の身分制度を変えることになったのだ。これまでは、“黒”の判決を受けた者だけでなく、その家族まで同じく“黒”へ落としていた。だが、その制度は廃止する。そして、“ 緑”は志願して試験に受かれば、身分を問わず“ 緑”の階級に就ける新たな制度を作った。」
「!!」
墨男は息を呑んだ。
この身分制度は、長きにわたって続いてきた絶対の掟だ。
その制度が今、少しでも変わろうとしている。
それは、一人の人間の人生だけではなく、この国の歴史そのものが動く瞬間だった。
「現在“黒”でありながら、自ら罪を犯したわけではない者は、“茶”へ身分を引き上げる。今すぐ出来ることはこのぐらいだった。力が及ばず、すまんな。」
「とんでもございません!!」
墨男は思わず声を張り上げた。
「大旦那様がずっと制度を変えようとしていたことは存じております。こうして人間の証がいただけるだけでも……これ以上ない幸せでございます。」
“黒”から“茶”になる。
それは単に身分が一つ上がるという話ではない。
人権を得るということだった。
“黒”を殴っても、殺しても罪にはならない。
だが、“茶”へ上がれば違う。
その命は法に守られ、傷つけた者は罪に問われる。
墨男にとって、それは天地がひっくり返るほど大きな出来事だった。
「そう言ってもらえると俺も助かる。急な改革だったからな。話を通すのにかなり骨を折った。」
「……よく、他の“ 紫”や“ 青”の御方々がお許しになりましたね?」
「そこは拳で解決した。今までは自重していたが、あまりにうるさいのでな。」
「それは……大丈夫なのでしょうか?」
「文句を言うやつはまた殴ればいい。あの怯えようで、また文句を言う度胸があるとは思えんがな。」
「さ、流石でございます……」
「だろう?」
墨男が苦笑いするが、紫十郎は何故か誇らしげだった。
「まぁ……何にしろ、お前はもう“ 黒″ではない。これからは紫月の隣で縮こまるな。申し訳ないなど思わなくていい。」
「……!」
「胸を張って守れ。お前は立派な男なのだから。」
「……」
「おい、聞いているのか墨男。」
「……深く感謝致します、大旦那様。」
墨男は膝をつき、地面に頭を擦り付けた。
「ですが、そのことについて……お願いがございます。」




