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お昼の時間です  作者: ゴマサバ
第一の世界
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37/37

真相①



「藤堂様、お気をつけて。何かあればすぐに呼んでください。」


「ありがとう。」



バタン。


紫月は、緑田の案内である場所に訪れた。


「……」


ロウソクを片手に、薄暗い石造りの廊下を歩く。


タッ…… タッ…… タッ ……タッ……


乾いた足音だけが、静寂に溶けていく。


「……」


やがて、ある部屋の前にたどり着いた。


重たい鉄の扉。

その奥には、椅子に縛り付けられた男がいる。


熟れた赤色の髪、鋭い灰色の瞳、少女と見紛うばかりの美麗な容貌を持つ青年。


「本当に……よく似ていますね、マティアスさん。」


「これはまた美しいあなたは、藤堂の姫様ではありませんか。こんな汚らしい場所にすいません。」


その声は落ち着いていて、どこか人を食ったような響きを帯びている。


「お気になさらず。ここは拷問室ですので、多少汚れていても気にしません。」


「……左様ですか。」


マティアスはニヤリと笑った。


紫月はやりにくさを覚えるが、それでも凛と背筋を伸ばす。


「マティアスさん……かなり流暢に喋るのですね。この国の言葉はカタコトだと、緑田さんからお聞きしましたが?」


「あの緑髪の男に毎日話しかけられるものですから。ちゃんと覚える気はなかったのですが、いつの間にか喋れるようになっていたのです。」


「……」


恐ろしい学習能力だ。


言葉が通じないことも考え、紫月はバレンティアの言葉で話すつもりでいたのだが、どうやら心配は不要だったらしい。


「世間話はこのくらいにしておきましょう……」


ガチャッ


紫月は拷問室の鍵を開けた。


「私はエリアスさんの遺言であなたに会いに来ました。全てをお話していただきます。」


「いいでしょう。何からお話しましょうか?」


「最初からです。あなたとエリアスさんの出会い、この国に来ることになったきっかけ、経緯、目的。あなたならきっと、全てを知っているのでしょう?」


「その通りですが……アイツとの出会いは話す気になれません。なので、きっかけと目的からお話しても?」


「……わかりました。」






ーーーーーー







これは西統戦争終結後の話だ。


バレンティア王国はロメオ、アズール、そしてマティアスの活躍により、圧倒的な勝利を収めていた。


国内では「次は東の大陸を掌握する時だ」と期待の声が上がっていたが、紫月とロメオの婚約によって東西同盟が結ばれ、世界は束の間の平和を迎えていた。


これは、そんな平和な時代のある夜の出来事である。






エリアスは兄、マティアスの屋敷を訪れていた。


「兄さん、すっかり暇しているでしょう。」


「あぁ。あまりにも退屈で、俺の剣が泣いている。」


マティアスはつまらなそうに剣の手入れをしている。

彼の言う通り、銀色の刃は涙が零れたように妖しく反射していた。


「実はワタシ、藤ノ国で神父を勤めることになったんですよ。来週には藤ノ国まで出向いて、新しく建てられる教会の設計に携わる予定でして。」


「それがどうした。」


「そこで、東の代表である藤堂紫十郎を殺す準備をしようと考えています。」


「……は?」


マティアスは眉を寄せた。


「一度、半年後か一年後にはバレンティアに帰って兄さんに会いに来ます。その時までにはワタシが上手く人脈作りをして」


「待て待て!お前は何をしようとしているんだ!?」


「ですから……退屈そうにしている兄さんのために藤堂紫十郎を殺して、戦争を起こそうとしているんですよ。ワタシも人を斬る機会が欲しいですし、丁度いいでしょう?」


「とうとうイカれたのか?いや元からか?」


「酷いですねぇ……」


エリアスは楽しそうに笑った。


「まぁ……言わんとしていることは分かりますよ。兄さんからすれば、ただの妄言か冗談にしか聞こえなくて当然です。なので、ちゃんと結果を持ち帰りますから、上手くいったら兄さんも協力してください。」


「協力だと?」


「はい。協力している間は絶対に退屈させないと約束します。ですから、上手くいった暁には協力を約束してはいただけませんか?」


「……」


「藤堂紫十郎という男、化け物級に強いとか。百二十年続いた東統戦争を終結させた英雄だそうですよ。戦ってみたくはないですか?」


「……」


「このまま平和になった世界で、結婚して子どもができて終わりじゃ兄さんも嫌でしょう?兄さん、絶対に結婚には向かないタイプじゃないですか。」


「うるさい。」


マティアスは少し考える。


(さっきから何を言っているんだ?気持ちの悪い異常者め。今すぐ通報してやりたいが、話は面白そうなところが腹が立つ。協力だぁ?どうして俺がそんなことをしなければならない?そもそも現実味のない話だ。だがコイツなら本当に実行するだろう………………そうだ)


ーーニヤァ


そして、邪悪に笑った。


「おい、賭けをしよう。お前が勝てば協力してやる。」


「内容は?」


「お前の言った通り、結果を持ち帰ること。成功すれば協力、失敗すれば通報する。期間は半年。どうだ?」


「流石は兄さん。自分に一切の損のない賭けを持ち出すとは、面白いことを考えますね。」


ーーニヤァ


エリアスも、兄とよく似た表情で笑った。


「その賭け、乗ります。必ずやご期待に添える結果を持って帰ってみせましょう。そのためにも……兄さんから一つ知恵をお借りしたいのですが。」


「知恵だと?」


「はい。ワタシはまず、向こうの国で協力者を見つけるところから始めようかと思っています。そうなれば、相手にも利益のあるものを用意しなければなりません。兄さんならば……どういった物を用意しますか?」


「……俺なら」


マティアスは立ち上がると、木の引き出しを開ける。

そして中から、褐色の液体が入った小瓶を取り出した。


「東にはないものを用意する。高価で売れて、継続的に必要になって、依存性も需要も高い。さらに戦争が起きればコイツの価値は計り知れない。……ククッ」


「この薬は……」


「″ネブラ″だよ。」


マティアスはエリアスに小瓶を渡した。


「ネブラ……確か、もう回収された薬物ですよね?元となる花の培養所もお取り潰しになったという……」


「あぁ。これは敵国の騎士からくすねた物だ。いつか高値で売るつもりだったが……お前にやる。」


「どういう風の吹き回しですか?」


エリアスは意外そうに目を瞬かせた。

少なくとも、自身の知る兄は見返りもなく物を与えるような人物ではないからだ。


マティアスはそんな弟の顔を見て、鼻で笑う。


「フンッ……ただの賭けのチップだよ。使いたいなら使えばいいし、要らないなら捨てればいい。」


「……なるほど。ありがとうございます、兄さん。」


エリアスはそっと、胸ポケットに小瓶を仕舞った。






ーーーーーー








「その賭けに……エリアスさんは勝ったのですね。」


「えぇ。あれにはワタシも驚きましたよ。なにしろ、その人脈作りとやらに″賭場″を利用したのですから。」


「賭場を……?」


「ワタシが持ちかけた″賭け″から発想を得たらしいです。最初は誰でも入れるランクの低い賭場から。そこで弟は勝ち進み、″黒真″という男と出会いました。この黒真という男は、自身の生活域に入った者を容赦なく殺害して食べる凶悪犯で、幼い頃から共に育った数十人の黒を子分に、圧倒的な暴力を誇る″黒の色つき″です。」


「黒の色つき……確か、ロメオさんがお相手をしたとか……」


「なら殿下の圧勝でしょうね。まぁ、この黒真は戦闘要員の足しに過ぎませんので。……そして弟は黒真を賭博と暴力で屈服させ、もうワンランク上の賭場の紹介させました。」


「……その調子で勝利と屈服を繰り返して、あっという間に最高位の賭場までたどり着いた。合っていますか?」


「正解。最高ランクでは″緑″の上層部の人間、″赤″、“ 青”、“ 白”、そして“ 紫”の藤波家当主が賭博に興じていたそうですよ。」


「藤波家……ですって?」


「はい。西のギャンブルをいくつか教えたら、すっかり気に入られたと聞きました。」


「……」


紫月は絶句した。


藤波家。

それは藤ノ国最高位である“ 紫”の位で、紫月たち藤堂家に次ぐ立ち位置の家柄だ。


「弟は最高ランクの賭場でも負け知らずで、藤波家の当主にはイカサマ無しで勝利。戦利品として、商品を売り込む権利を手にしました。」






ーーーーーー






「アハハハハ!!」


エリアスは腹を抱え、心底愉快そうに笑い転げていた。


「商談は見事に成立しましたよ! あの賭場にいた愚か者どもは、効果と利益を少し説明しただけで凄い食いつきでした!」


「違法賭場に入り浸るような連中だ。儲け話には尻尾を振るだろうよ。」


「ククッ……流石は兄さん。最高の贈り物をありがとうございました。」


「フンッ……」


マティアスは鼻を鳴らした。

今日は珍しく、不機嫌そうではない。


「随分と機嫌が良さそうですね?」


「邪魔者がしばらく来なかったからな。久々に静かな時間を過ごせた。」


「酷いですねぇ……ワタシは兄さんに会えなくて寂しかったというのに。」


「それで?まだネブラを売り込んだ話しか聞いていないが。」


「あぁ、そうでしたね。」


エリアスは笑みを浮かべたまま頷いた。


「肝心の人脈作りですが、面白いほど順調ですよ。特に藤波家と青木家。この二家は戦争賛成派で、それなりの権力もあります。ワタシの頼みを大抵は聞いてくれるでしょう。他には“緑”の上層部も何人か掌握しました。」


「緑は、藤ノ国じゃどの程度の身分なんだ?」


「身分は上から五番目。平民よりは上ですが、紫や青には遠く及びません。」


「その程度の身分でも使い道はあるのか?」


「十分ありますよ。」


エリアスは指を立てる。


「彼らは国の秩序を維持する役目を持つ人間です。その彼らが、ワタシの味方をするということは……」


「やりたい放題じゃないか。よく味方につけられたな。」


「あの国は身分で職業が決まりますからね。使命感や志を持って働いている者はかなり少ないんですよ。ワタシが見た限りでも、目先の利益で動く馬鹿ばかりでした。」


「……確かに、成果は持ち帰ってきたようだな。」


マティアスはニヤリと笑った。


「だが、これからはどうするつもりだ?俺がお前に渡したネブラは小瓶一つ。とても満足な在庫ではないだろう。」


「ンフフ……分かっていますよ。では兄さん。ワタシは賭けに勝ったので、その報酬をください。」


「……気持ちの悪いやつ。」


マティアスは胸ポケットから、小瓶を二つ取り出した。

中には、植物の種のような物がギッシリ詰まっている。


「小瓶をくすねている人物がいるなら、種をくすねている人物もいる。当然ですね。これを持っていた人は……?」


「斬った。」


「ククッ。機嫌がいい理由が分かりました……」


エリアスは嬉しそうに種を受け取った。


「建設予定の教会は、西殿と東殿で二つの礼拝堂を作ります。西殿には西と東の人間が、東殿は東の人間のみが利用できるようにします。これは東の人間も礼拝堂の利用と教会への入信をしやすいようにするための配慮です。」


「なるほど。その東殿であれば、誰にも怪しまれずに危険なネブラを育てられる。」


「えぇ。他にも西だけにある花をいくつか植えますし、その世話は東の人間にだけ担当させます。たくさん育てるためにも、地下室を作れないか検討中です。」


「ククッ……いいね。半年でそこまでやり遂げるとは思いもしなかったよ。」


「ありがとうございます。兄さんが褒めてくださって最高に嬉しいです。」






ーーーーーー






「弟は再び藤ノ国に渡り、さらに半年後。藤波が大金を投じたこともあり、ルーメン教会が完成しました。その数日後、あなたと紫十郎は訪問に来ていますね?」


「はい。創立記念のお祝いで挨拶に伺いました。」


「その日、弟はあなた方親子と初めて顔を合わせました。紫十郎とは握手を交わし、強者であることを感じ取ったそうです。あなたのことは……特に聞いていません。」


「……」


「ただ、あなたと紫十郎は不仲そうだったと言っていました。紫十郎はあなたに愛情のある眼差しを向けていたが、あなたは目も合わせようとしていなかったと。」


「………確かにその通りです。」


「気にすることありませんよ。思春期の女の子にはありがちなことです。」


「……ありがとうございます。」


紫月は凶悪犯に慰められる自分を、不甲斐なく思った。


「ククッ……」


「……なんですか?」


「いえいえ……続きを話しますね。お二人の訪問が終わって、ネブラの栽培を本格的に開始しました。そしてさらに半年後。弟は大量のネブラを抱えて、三度目の帰国を果たしました。」






ーーーーーー







「いい感じに釣れました。やはり西にもネブラを必要とする人間は多いですね。」


「人数が集まったのはいいが、東はどうなっている?」


「柳澤が適当な黒に声をかけ、黒真の元へ案内しています。確か……五十人は黒真が管理しているはずです。これで必要な数は何とか賄えるかと。」


「だが所詮は有象無象。西のように兵役上がりの者ばかりではないんだろう。」


「はい。武器の扱いを黒真が叩き込んでいますが……東で期待できる戦力は、彼と若草中佐でしょうか。」


「若草?」


「なんでも、前に桐生という男に負けたことを根に持っているとかで……その男の殺害を条件に参加してくれるそうです。」


「ふぅん……その二人は色つきなんだな。それでも、まだ戦力は足りんように思えるが。」


「あとはネブラ中毒者数十人を隔離しています。戦力にはならなくとも、身体に爆弾でも巻き付ければ足止め要員になるはずです。そして……」


エリアスはニッコリと微笑んだ。


「そろそろ兄さんにも参加して欲しいです。藤ノ国へ来ていただけませんか?」


「一ヶ月後にその予定だ。」


「ありがとうございます。念の為、ワタシと兄さんは面識がないことにしましょう。ワタシたちは夜にコッソリ会っていますから、繋がりを知る者はいないはずです。」


「お前は西統戦争の表彰式に顔を出していただろう。俺が表彰されていたのに知らないのは不自然だ。」


「では、ワタシが兄さんを一方的に知っているという設定にしましょう。」


「それがいい。……そういえば、戦力でめぼしい奴を知っているぞ。」


「ほう。その人は兄さんのお眼鏡にかなったのですか。どんな人です?」


マティアスは写真をエリアスの前に差し出した。


「こいつも表彰者の一人だ。名はアズーロ・ディ・セレステ。青の色つきで、戦闘力は折り紙つきだよ。」


(アズーロ……確か、兄さんが前に負けたと言っていた……)


「こいつの兄貴のブルーノが重度のネブラ患者でな。ブルーノに話を持ちかけたら、血走った目で頷いてくれた。ブルーノが来るなら必ずコイツも来るだろう。」


「そんなにお兄さんが大事なのですか?」


「よく知らんが、色々と複雑な関係らしい。ククッ……コイツの勧誘は俺に任せてくれ。」


「……へぇ。」






ーーーーーー






「アズーロ……前にセリナさんを誘拐した……」


「そう、最初にあなたを狙って失敗した人物です。アイツは色覚に異常がありましたから、着物の柄で判別するように助言したのですが……まさか同じ柄の着物を来ている人物がいたとは。紛らわしい限りです。」


「私の友人を巻き込んでおいて、その言い草はなんですか!!」


紫月の瞳孔が開く。


「怪我がなかったから良かったものを!!あなた方のせいで死んでいたかもしれないんですよ!!」


「仰る通りです。すいませんでした。」


「……っ」


紫月はマティアスを思い切り殴ってやりたかったが、何とか拳を引っ込める。


「……続きをお願いします。」


「はい。」





ーーーーーー






キィイイインッ!!


シュッッ


キンッ!!


「よくも兄様を!!」


「いいねぇ!!やはりお前は強い!!」


ダッ……


二人は一度距離を取る。


次の瞬間、マティアスが一直線に踏み込み、鋭い突きを繰り出した。


シュッッ!!


キンッ


アズーロは即座に剣を巻き上げるように受け流す。


シュッ


マティアスは腰を落とし、剣を滑らせるように刃を逸らした。


キッ!!


ギチッ……


「以前、俺がお前に負けたのは油断していたからだ!!」


「マティアス!!」


ガッ!


迫り合いの最中、アズーロが蹴りを放つ。


「ッ……ククッ……」


一瞬だけ表情を歪めるマティアス。

だが、その口元はすぐに愉快そうな笑みに変わる。


そして次の一撃をアズーロの首へーー


「二人とも、遊びすぎです。」


叩き込もうとした、その時だった。


「なっ……!」


シュッ!!


アズーロの首筋スレスレで、刃が止まる。

これはマティアスの剣ではない。


「お前は誰だ!!」


「初めまして、アズーロさん。」


ガッ!!


華麗に決まるエリアスの回し蹴り。


「ッ……!!」


アズーロは側頭部を強く蹴られ、膝をついた。


「エリアス!!」


「……?」


キィイイイン!!


怒りに任せてマティアスが斬りかかる。

しかしエリアスは、それを当然のように受け止めた。


「なぜ邪魔をした!!」


「いつまでも兄さんが遊んでいるからでしょう。」


「このッ……!!」


シュッ!!


マティアスの回し蹴り。

風を裂くような鋭い一撃だった。


ガシッ


しかし、エリアスに片手で受け止める。


「兄さん……弱くなりました?」


「はぁ!?」


ガッッッ!!!


返す膝蹴りが、マティアスの腹へめり込んだ。


「ッ…………!!!」


マティアスは膝をつき、弟を睨みつける。


「……」


エリアスはそんな兄の顔を見て、



ーーーニヤァァア


未だかつてないほど、底知れぬ邪悪で卑しい笑みを浮かべた。


「お前……お前ぇぇええ!!」


「そうです、兄さんに構っている場合ではありませんでした。」


エリアスはクルッと踵を返す。


「初めまして。ワタシはマティアスの弟、エリアス・カルミナと申します。青髪のアズーロさん、ぜひワタシ共の仲間になってください。」


「断る!!仲間になんかなるわけが無いだろう!?もう終戦したんだ!!平和になっているんだ!!どうしてまた戦わなきゃいけない!?兄様は戦争のせいでおかしくなったんだぞ!?」


ガッ!!


エリアスは拳で、アズーロの顔を殴った。


「……」


「……」


そして感情なんか欠片も存在しないほど、冷たい目でアズーロを見下ろす。


「そんなこと、どうでもいいです。聞いているのは仲間になるか、ならないのか。どちらにしろお兄さんは頷いたのですから、もうワタシの仲間なのです。いえ、駒でしょうか?」


「はぁ……!?」


「あなたが仲間にならないのなら、お兄さんをネブラ漬けにします。お兄さんが行きつく先は焼身自殺……いえ、紐で縛り付けてずっと苦しんで貰うのもいいですね。放置すれば廃人コースへまっしぐら。もしくは薬の副作用で頭が割れるほどの頭痛を味わい、幻覚や幻聴に苛まれ舌を噛み切って自殺!!まぁ、是非とも見たい!!ものすごく面白いそうだなぁあ!!アハハハハ!!」


「何を言って……」


ガッ!!


エリアスはもう一度、アズーロを殴った。


「あの、早く返事をしていただけます?返事が延びるほどワタシの頭の中でお兄さんがどんどん手酷い目に合っています。ワタシはこれを実行できますよ?顔色一つ変えず、むしろ喜んで実行することでしょう。禁断症状が出た状態で爪を剥がしたらどうなるんでしょうか?一瞬で剥いでもいいし、ジックリ剥ぐのも素敵ですね。なにしろ、爪は手に十枚、足に十枚の合計で二十枚もあるのですから」


「なる……」


「えぇ?もっと大きな声で言ってくださいよ?」


「ッなる!!お前らの仲間になる!!」


「随分と偉そうですねぇ??」


「……仲間に……してください……」


「よくできました。」


エリアスは蕩けそうなほど、優しい笑みを浮かべた。


「兄さん、仲間になってくれるそうですよ!彼は“ 中々”の戦力です!!何しろ、兄さんと互角に渡り合えていたのですから!!」


「ッッッッッッッッッッ!!!!!!」


マティアスは怒りで震え、立ち上がろうとする。

しかし、


ギュッ


それを、暖かな感触が止めた。



「兄さん……愛しています。たった一人の……ワタシの兄さん……」


「ッ!!!」


マティアスの身体から、力が抜ける。


「……」


「……」


恐ろしかった。

この理解のできない弟……いや、怪物が。



「ほんっとうに……気持ち悪い……」


「ククッ……いつもの褒め言葉ですね……」







ーーーーーー








「この日から弟は、剣に歪な部分が見え、人の顔を歪めさせることを一番に考える、本当に気持ちの悪い奴に成り下がりました。……アズーロはよく標的になっていて可哀想だったかもしれません。」


「それでも、あなたとエリアスさんの交流は続いていたのですか?」


「いいえ。ワタシと弟の関係は変わりました。ワタシは弟を避け、弟はワタシを見下して……あれから会話をした記憶は殆どありません。」


「それでも……あなたは藤ノ国まで来たのですね。会話がないのなら、連絡手段はどうしていたのですか?」


「……もう後戻りできるような段階ではありませんでしたので。こちらに来てからは柳澤のモールス信号か、藤波や若草が寄越す連絡係を通じて、弟からの指示を受けていました。」


「そして……あなたも私を拐いに来た。」


「えぇ。あなたか、黒服のどちらかを拐えと言われました。黒服を拐えば、人間不信のあなたは“ 単独”で助けに来る。あなたの死体を見せれば、紫十郎は確実に動揺して隙を作ると弟は読んでいたのです。」


「……他に受けた指示はありますか?」


「紫十郎とロメオ殿下は、弟とアズーロ、ワタシの三人がかりで殺す予定でした。若草と黒真は山に入った邪魔者の排除、もしくは藤堂紫水の追跡を指示されていたはずです。」


(つまり……)


紫月は頭の中で、状況を整理する。


(今回はアズーロとマティアスさんがいなかったから、若草と黒真が二名とも山にいた。途中で標的がお父様から私へ変わったので、エリアスさんは人質を紫水に切り替える。しかし、紫水を追う人員がいないため、声の似た子供を代わりに用意……ということですか)


「ワタシが捕まった先の展開は知りませんが、どうやら繋がったそうですね。」


「はい……」


紫月は静かに目を伏せる。


「いくつか歯車が違えば、あなた方の思惑通りになっていたことでしょうね……」


「そんなこともないのでは?」


マティアスは嘲笑するように笑った。


「まず、アズーロは決意が固まっていませんでした。詳しいことは知りませんが……どうせ痕跡でも残して、間違えた人質をなかなか殺さなかったりしたのでしょう。」


「人のことを笑える立場ですか。」


「……えぇ。ワタシも無様に失敗して、黒服の男すら連れされず、手足の腱を切られて二度と剣を触れぬ身体になりました。弟の失望が目に浮かびますよ。」


「……」


マティアスが向ける自分への冷笑に、紫月はエリアスの最期を思い出した。


″ あなたとの戦いでは、純粋に剣を楽しめました。兄さんに剣術を習っていた頃を思い出しましたよ。″


本当に、純粋に笑う彼の顔。


(失望されるのは……それだけ信頼され、期待されていたという証ですよ。)


けれど、その言葉を口にすることはなかった。


マティアスはいくつもの命を踏みにじってきた凶悪犯だ。

この男の心を救ってやる義理は、紫月にはない。



「……よく分かりました。残りは若草に聞くことにします。」


そう言って紫月は、小さく息をつく。


「ですので、この話はここまでにして……賭けの徴収をさせていただきます。」


「賭けの……徴収?」


「はい。私とエリアスさんの賭け……というより、罰ゲームのようなものですが。」


紫月は、マティアスが捕らえられた後の出来事を語り始めた。


エリアスとの戦い。

交わした賭けの内容。

そして、自分が勝者となったこと。


ただし、戦闘中に着物を脱いだことや、それをきっかけに抱きしめられたことは恥ずかしくて伏せておいた。


「ということです。」


「クククッ……クククッ……」


「どうしましたか?」


「分かりやすい方だ。何か言っていない部分があるでしょう。」


「……!」


隠し事はアッサリとバレる。


「互いに何か気の緩むようなことがあったから、本気を取り戻すために賭けをした。あなたの話を聞いていたら、こう聞こえたのですが?」


「そうです。ですが、話さなくても大筋は伝わったようなので……」


「教えてください。弟の最後の戦いを知りたいんです。」


「……」


「お願いします。弟のことを教えてください。」


情に訴えるようなことを言われると、紫月は弱かった。


「……分かりました。」


その瞬間、マティアスがニヤッと笑ったことには気づかなかった。


そして紫月は、戦いの途中で着物を脱いだこと。

長襦袢姿になった自分を見て、エリアスの様子がおかしくなったこと。

そして突然抱きしめられたことまで、包み隠さず話す。


「……というわけです。」


「……」


マティアスは、数秒間まばたきを繰り返した。


「アイツが……濡れた長襦袢の姿の女性を見て、隙が多くなって、いきなり抱きしめた???」


「そんなに驚くようなことなのですか?」


「アイツはどんな美女に言い寄られても退屈そうにしていた朴念仁ですよ?実につまらない奴だと思っていましたが……」


マティアスの口角が、ゆっくりと上がり始める。


「クククッ……そんなアイツが、まさか欲情して負けるとは……クククッ!!」


「よ、欲情なんて……」


「ッアハハハハ!!ハハハハハ!!」


拷問室には不相応な、快活な笑い声が響き渡った。


「それほど美しい脚ならワタシも見てみたいものです!よほど魅惑的なのでしょう!」


「も、もういいでしょう!それよりも早く聞かせてください……!」


「ックハハハ……そうでしたね。」


マティアスは呼吸を整え、落ち着きを取り戻す。


「アイツの恥ずかしい話ですが……仲が良かったわけではないので、大したことは知りませんよ?」


「構いません。お願いします。」


紫月は持参していた巾着から、紙と万年筆を取り出した。


「分かりました。では、アイツを連れて娼館に行った時の話なのですが……」


「え?」


「女性の良さを知りたいとか、手玉に取る方法を知りたいとか言っていましたので、ワタシが直々に教えてやろうと馴染みの美女がいる場所へ案内したんです。弟がいることを知られたくなかったので、美女には目隠しをさせた状態で弟をこっそり部屋に入れたのですが……」


「えぇ!?」


この後も、マティアスの話は続く。

内容はほぼ下ネタトークだった。


「最後までずっと退屈そうで、コイツはダメだと思いましたよ。なのに活用はできたらしく、賭場ではディーラーの女性をたらしこんでイカサマに協力させていたそうです。」


「……」


「アイツ、なんで神父の職に就いたのでしょうね?」


「え……あ……」


話が終わる頃には、紫月の顔や耳は茹でダコのように赤くなっていた。


当然、紙はまっさら。


「おや……全く書けていないではありませんか。」


「か、書けるはずがありません……」


「お姫様には刺激が強すぎましたね。確かに、女性にする話ではありませんでした。申し訳ございません。」


「もう何も言わないでください……」


そんな紫月を見たマティアスは、嬉しそうに笑う。


「ふふ……可愛い……」


「!」


マティアスのこの一言で、ふと紫月のなかでエリアスの最期が蘇る。

彼の最後の言葉も、


“ ふふ……可愛い……”


同じだった。


(兄弟だと発言が似るのでしょうか……そういえば……)


“ 兄さんに……会いに行ってください。”


紫月はこの言葉に従い、マティアスの元まで足を運んだ。


これは、本当に賭けの徴収に行けという意味なのだろうか。

もしあの場にマティアスがいたのなら、何か伝えたい言葉があったのではないか。


「……」


紫月は心の中で呟く。


(エリアスさん……分かりました。これは最期に優しい言葉をかけてくださった、そのお礼です。)


そして、ゆっくり口を開いた。


「マティアスさん。」


「はい。」


「エリアスさん……戦っていた時、とても楽しそうな顔をされていました。それはあなたとの稽古を思い出していたからだそうですよ。」


「……は?」


マティアスの目が、大きく見開いた。


「……いきなりごめんなさい。」


「……」


「エリアスさんは、最初はマティアスさんのことを辛辣に語っていました。ですが……それは本音の裏返しだと思います。あなたへの愛情や信頼があるからこそ、マティアスさんが捕まった事実を受け入れられなかった。エリアスさんは、ずっとあなたと」


「もういいです。分かりました。」


「……はい。」


「……」


「……」


マティアスはどこか、不機嫌そうな表情になっていた。


「アイツの話はもういいです。他に、聞きたいことはありませんか?」


「他には……」


「思いつきそうにないのなら、ワタシから助言があります。」


その灰色の瞳が、真っ直ぐ紫月を射抜く。


「まず違法賭場は即刻潰すべきです。戦後で手が回らないのは分かりますが、ああいう場所は犯罪者の温床になります。」


「は、はい。」


「次にこの国は、身分に縛られすぎです。″ 緑”の連中がいい例だ。身分で職業を決めてしまうから、志が低くアッサリと寝返る者が多かった。そして弱すぎます。ワタシがあなたを拐いに向かった際に何人か斬りましたが、手応えの無さに驚きました。」


「はい……」


「そして″黒”の制度は、やめたほうがいいです。あの者らは今回の計画で一番扱いやすかった。藤堂家への恨みを煽り、食事をあたえただけで驚くほど食いつきましたよ。そして黒服は闇に隠れやすい。だから、西の兵にも黒服を着せ、山に配置していました。」


「……分かりました。」


紫月は言われたことを紙に書き留めた。


「あの……」


「どうしましたか?」


「どうして、そこまで教えてくださるんですか?あなたは緑田さんの拷問を受けても、一切口を割らなかったと聞きました。それに……あなたは……」


「口を割っても死刑でしょうね。良くて斬首、悪くて生き埋めか火刑でしょうか。」


「エリアスさんは……私が行けば全部を話してくれると言っていましたが……」


「あなたが美しい女性だからですよ。ワタシは男に質問されても答える気になんかなりません。アイツはそれを見越しただけです。」


「そんなことなんですか……?」


「えぇ。そんなことです。」


ニコリと微笑むマティアス。

紫月は、二度目のやりにくさを覚えた。


「……私は時間なのでもう行きます。」


「そうですか。残念ですが……仕方ありませんね。」


「失礼します。」


紫月が踵を返した、その時だった。


「そうだ、最後にいいことを教えますから、ワタシに耳を近づけてはくださいませんか?」


「……」


「ご安心を。縛られているので滅多なことなどできません。」


「分かりました。」


紫月はマティアスに近寄り、耳を差し出す。

すると、


ーーチュッ


頬に、彼の唇が軽く触れた。


「!?」


「ふふ……いい反応をしますね。」


「な、何を……!」


「では、宣言通りいいことを教えましょう。ワタシは、あなたに感謝しています。」


「感謝……ですか?」


「えぇ。怪物を殺してくれて、ありがとうございました。エリアスが人間に戻れたのはあなたのおかげです。」


「……」


「それだけです。さようなら。」


「……さようなら。」


紫月は鉄格子の外に出て、施錠する。


ガチャッ


「あの、聞きたいことがあるのですが。」


「?」


再び、マティアスが紫月を呼び止めた。


「オルゴール館から一緒にいたあの四人、誰なのですか?」


「最近できた友人ですが……」


「……そうでしたか。」


マティアスは納得したように頷いた。


「引き止めて申し訳ございません。どうか、お元気で。」


「……ありがとうございます。」






この十日後。

マティアス・ルーファスは斬首刑に処された。



マティアスの口調が違うのは、紫月が女の子なので紳士的に接しているからです。

エリアスに意図的に似せた訳ではありません。

似ていますが。

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