拾陸葉 ‡ 鎌倉決戦
佐野さんの出番が予定より少ない…
まさか、ゲームでもないのに令和の世に戦をする事になるとは思わなかった。だが、現実は小説より奇なりなどと言うが実際に起きると、小説のような事は現実には起こり得ないと頭のどこかで思っている分、余計に奇妙な出来事に思えてくる。ミッチーは僕の能力などと表していたが、僕は将軍から貰った懐鏡を持っているだけで何もしていない。敢えて言うなら色葉を守りたいと思っている。相手の魔法を跳ね返すしか出来ないのだから盾に徹するしかない。
「ミッチー、奴らの距離は分かるか? 」
「距離は… 」
「あと三里半です。」
振り向くと色葉が立っていた。三里半ということは約14kmか。
「色… ありがと、助かる。」
「はいっ! 」
てっきり、叱られると思っていたのだろう。色葉が笑顔を見せた。やはり色葉には、いつも笑っていて欲しい。懐鏡の範囲を確認しておけば良かった。筆頭与力のミッチーがこの家の敷地をどのくらいに見積もっての発言だったのだろう。先に色葉と筝葉を急須に入れて抱えておけば良かった。佐野さんという想定外の人が居なければ、今からでも入れてしまいたいくらいだ。突然、ガラガラと音がした。
「ちっ、見つかったか。」
「念のため、防犯用のセンサーとブザーも仕掛けておいたけど… まさか、こんな旧式の鳴子に引っ掛かるなんて。」
余り単純な仕掛けに引っ掛かったものだから、仕掛けた佐野さんの方が呆れていた。
「こちらの世界に、鳴子が在るとは思っていなかったので油断したっ。」
見れば覚えのある顔が3つ。最初の奴と厳つい大男、それに北条さんも襲おうとした雑魚だ。三人だけだろうか。佐野さんの仕掛けが、どこまで有効なのかも分からない。取り敢えず、再び鳴子が鳴る様子も、防犯ブザーが鳴る様子も無い。他に近づく者が在れば色葉が気づくだろう。僕は目の前の三人に集中する事にした。さすがに今回は、いきなり魔法を撃ってくるような真似はしないようだ。
「どうした劣等種? そちらから攻撃して来ないのか? 」
やっと僕から攻撃出来ない事に気づいたか。だけど、その為の隠し球だ。
「ミッチーっ! 」
「はいっ! 」
ミッチーの魔法は確実に最初の男に向かっていた。
「いくら払ってると思ってるんだ!? 守れっ! 」
男は大男を盾にした。すると大男は動かなくなった。おそらくは捕縛の為のデバフ系なのだろう。この辺りは、さすが筆頭与力。悪人を取り押さえるのがお役目だ。だが、お陰で一番手強そうなのがいなくなった。そして、逃げようとした雑魚が突然、姿を消した。見ると地面に穴が空いている。
「センサーに掛からないのに、鳴子に引っ掛かったり、落とし穴に落ちたり。随分、古典的な手に弱いのね? 」
「くっそ、この尼っ! 」
「危ないっ! 」
落とし穴の中から佐野さん目掛けて魔法を放とうとした雑魚を色葉と筝葉が封じ込んだ。
「な、なんだ、こりゃ!? 」
「ふ~んだ。畑を荒らす猪用に覚えた鳥獣捕獲用の魔法よ。雀や鶏用とは頑丈さが違うからね。」
おそらく、あの雑魚を押さえ込めたのは色葉の魔力あっての事だろう。っていうか、佐野さんの前で魔法って言っちゃったし、使っちゃったし。さすがにセキュリティとかコンプライアンスとか言っても分からないだろうしなぁ。
「覚えてやがれ。また、向こうで凄腕集めて来てやるからなっ! 」
そう言って逃げようとした男が、いきなり蹴り倒された。いや、その、蹴りって… 。
「お奉行様っ!? 」
「お奉行っ! 」
色葉とミッチーが平伏すると、遅れて筝葉も膝を着いた。
「手前ぇの悪事は露見してんだよ。O.E.D.O.の貴様の一味は全員、引っ括くった。残るは手前ぇだけだ。」
そう言うと、いつか見た桜吹雪が男を巻き上げて消えていった。
「さて… 」
「待った、奉行。こっちの世界だし、御白州形式は省いて簡単にいかないか? 」
「おい、お奉行様に向かって何て… 」
筝葉が慌てて僕の裾を引っ張った。
「いいんだよ、嬢ちゃん。鍋島氏は聖位大将軍御声掛。俺らたち町方が手を出せないお方だ。」
「えっ… 聖位… う、上様? 」
奉行のの言葉に筝葉は自分の耳を疑うように色葉の方を振り返った。色葉も無言で頷いた。
「えっ・・・え"ぇ~っ!? い、今までの、数々のご無礼、平にご容赦を~ 」
「色葉の妹なんだから、そんな事、気にしなくていいよ。それより奉行、今回の筝葉の件やら、魔法を見てしまった二人の事やら、相談したいんだが? 」
そう、今は僕の事より筝葉や魔法世界の事を知ってしまった北条さんたちの事が先だ。
「取り敢えず、そっちの嬢ちゃんはO.E.D.O.に連れ帰る。なぁに、心配は要らねぇ。上様御声掛の許嫁の妹君だって、根回ししといたから、御咎めにはならねぇよ。」
「お姉ちゃん… 幕府公認の許嫁だったんだぁ~。先に言ってよぉ~。」
いや、僕も色葉も初めて知ったぞ。それよりだ。
「こっちの二人はどうするんだ? こちらの人間だから咎めるような事は無いと思うけど、記憶を消したりとかしないのか? 」
ちょっと背中に北条さんの視線が刺さった気がしていた。
どうするんだ、遠山




