拾弐葉 ‡ 色葉の食べ歩き
新キャラ登場
色葉が和食以外も覚えたいと言ってきた。僕としては和食嫌いじゃないし、問題は無いのだが。どうやら、先日の北条さんの手料理に触発されたらしい。北条さんは喜んで教えてくれそうだが、一回に一品として覚えていくのは教える方も大変だ。それに色葉の知りたいのは作り方ではなく、味そのものだ。見た目は写真でも再現出来るが、味は食べてみないと分からないそうだ。確かに、それはそうだと思うし、甘い麻婆豆腐やカチカチのハンバーグを出されても困る。それに色葉は、僕が美味しいと思う味を覚えたいそうだ。そんな事を言われたら、付き合わない訳にはいかない。取り敢えず、今回は中華料理として横浜の中華街に足を運んだ。神保町か下北沢でカレーというのも考えたが、色葉のお腹の具合を考えたら、1日2品が限界だろう。その点、点心なら一皿が少量なので、色々な味が覚えられる。
「お嬢さん、お嬢さん、味見、味見。」
中華街に入って直ぐの事だった。差し出された天津甘栗を色葉は受け取ってしまった。そして色葉が、口に運んだ途端に次の台詞だ。
「お嬢さん、お嬢さん、美味しい? 美味しいでしょ? 」
「は、はい。」
この返事も拙かった。
「お兄さん、お兄さん、彼女、美味しいって。買ってあげて。愛してるなら買ってあげて。愛してるでしょ? 」
これは僕にとっては嵌め技もいいとこだ。たとえ色葉が、そんな風に思わないと分かっていても、買わないと愛してないみたいな空気を醸してきた。こうなると買わざるをえなかった。
「おまけしといたから。ありがとございました。」
そして… 色葉は栗で、お腹一杯になってしまった。
「すいません… 」
「栗を買ったのは僕だ。色葉は悪くないよ。」
僕が頭を撫でていると、急に色葉が顔を上げた。
「今、何か聞こえませんでした? 」
「いや… 」
「うぅん、確かに。」
そう言って色葉は走り出した。慌てて僕も色葉を追った。
「えっ… 筝葉!? 」
「お姉ちゃんっ!? 」
「お姉ちゃん? 」
僕の挙げた声にその少女、筝葉は色葉と僕の間に割って入ると、僕を睨み付けてきた。
「あんた、誰!? お姉ちゃんに近づかないでよねっ! 」
「筝葉… 、直は… いいの… 。」
そう言った色葉が頬を紅くしている事に、筝葉も気づいた。
「あんた、純情なお姉ちゃんを誑かしたんじゃないでしょうねっ! 」
なおも筝葉が睨み付けてきた。その時、周囲が真っ白になっていく。短い期間に何度も同じ現象に会えば、それなりに慣れてくる。僕は色葉に目配せをして下がらせた。
「ちょっと、お姉ちゃん? あたしはあいつに… って、あいつに気を取られて、追われてたの、忘れてた! 」
それは… 僕の所為か? でも今は、そんな事を追及している場合ではなさそうだ。
「おやおや、逃げた魚を追っていたら、とんだ上物が掛かったようだ。」
「バカっ。あんたなんかが歯の立つ相手じゃないって… 。」
筝葉には止められたが、僕は嫌でも相手の視界に入るよう、正面に立ちはだかった。
「お前さん、こっちの世界の人間かい? 悪い事は言わないから、その二人をお渡しなさい。」
「お断りだ。お前みたいな奴に二人を渡す訳にはいかない。」
「おやおや、異世界の人間だと思って下手に出ていれば、魔法も使えない劣等種のくせに、大層な口をお利きじゃないか。先生、少しばかり現実って奴を教えてやってくださいな。」
「うむ。」
そう言って現れたのは、横柄な態度の、厳つい大男だった。だが、魔法使いに、この屈強な体格が要るのだろうか?
「小僧、この場から消し飛ばしてくれる。気づいた頃には、この娘たちは我らが手中。後で、せいぜい悔しがるがいいっ! 」
だが、魔力を放った瞬間、消し飛んだのは先生と呼ばれた大男の方だった。
「えっ!? 」
筝葉と先に現れた男が同時に声をあげた。色葉や筝葉よりも強大な魔法使いであろう大男が、こんな何の魔力も持たない、劣等種と蔑んだ僕みたいな相手に消し飛ばされたのだ。内心、穏やかではないだろう。
「な、何をした… 覚えておれっ! 」
ありきたりな台詞だが、あの手の手合は、きっとまた、やって来るだろう。仕方ないから、覚えておいてやるとしよう。
「直~っ。」
振り返った途端に色葉が僕の胸に飛び込んできた。抱き締めようとしたが、筝葉が凄い形相で睨んでいた。
「色葉、筝葉ちゃんが見てるって。」
「あっ… 。」
色葉も慌てて離れた。
「何、今の? 」
「えっ、その… 直はあたしの… 」
顔を赤らめた色葉を筝葉が退けた。
「お姉ちゃんが、こいつを好きなのは、もう分かったから。あたしが聞いてるのは、あいつを消し飛ばした能力のこと。魔力の無いあんたが、どうやって… 」
僕は筝葉の言葉を遮った。
「あれは、この世界で僕だけが持つ、色葉を守るための力なんだ。」
嘘は言っていない。ただ、聖位大将軍から貰った話しをすると、また話しが、ややこしくなりそうなので止めておいた。
「悔しいけど、あいつらに狙われたら、あたしじゃ、お姉ちゃんを守りきれない。お姉ちゃんの事、任せたからね。」
立ち去ろうとした筝葉を僕と色葉が止めた。
「はぁ? 何、二人して止めてるの? あいつら、元々あたしを狙ってんだから、あたしは居ない方が、お姉ちゃんが安全でしょ!? 」
「僕としては、二人とも側に居てくれた方が守りやすいんだけどな。」
僕の言葉に色葉も黙って頷いた。
天津甘栗の話は9割実話




