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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
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再び尾行を開始する

 「大丈夫ですか?奈々先輩。」

田辺は心配そうな顔をしていた。

「大丈夫よ。」

わたしは、ようやく答えた。あれが、奥村彩子だと決まったわけじゃない。ただ、いつもあの女の事ばかり考えているから、そう見えただけかもしれない。そう、思おうとすればするほどはっきりと彩子だという確信は深まっていった。

「本当に大丈夫ですか、顔色、悪いですよ。もう、帰りましょうか?」

「駄目よ。絶対に見失わないで。」

そう言ってシルバーのレビンに目を戻した。

 いなかった。

 慌てて見回すと、とっくに駐車場を出て走り出して行くところだった。

「急いで、追うのよ。」

「あ、あ、はい。」

田辺は急いでクラッチを離し、くたびれたカローラバンのエンジンはせき込むように大きく揺れながら歪んだ車体を進ませた。

「どうしたんですか、突然。あの女に見覚えでもあるんですか?昔の彼氏の浮気相手とか。」

わたしは、思わずむっとして、

「洋一とは関係無いわよ。」

と、言ってから気が滅入った。

 洋一は死んだのよ、田辺君。こんなときに思い出させないで欲しいわ。

「じゃあ、誰なんですか?」

わたしの気持ちにこれっぽっちも気が付かないで田辺は聞き返した。

「奥村、彩子。」

「え?」

「あの女よ。裕樹を殺して、わたしをダム湖に叩き落してくれた女よ。」

「え?」

「え、じゃなくて。」

「だって、町田先輩は今日の昼間、その彩子を尾行してたんですよ。なんでその人と待ち合わせしているんですか?」

「そんなこと、わたしが知るわけないじゃない。」

 わたしは、落ち着いて考えなくちゃ、と自分に言い聞かせていた。無意識のうちに握り締めていたハンドバッグの中からタバコを取り出した。

「あ、タバコ吸うんですか?」

田辺は嫌そうな声で言った。わたしは、気にしないで火をつけた。

「僕が、禁煙宣言しているの、知ってるじゃないですか。」

そういう田辺の声など、まったく耳に入っていなかった。

 町田が彩子と待ち合わせていたなんて。

 二人は、いつ、そういう事を決めたのだろう。

 なんのために?


 町田は、ゆっくりと車を走らせていた。丁寧な運転と言えば聞こえがいいが、少々遅すぎた。

「追いついちゃいますよ、これ。」

「追いついちゃ、駄目よ。」

 いつ、二人が待ち合わせる約束をしたのか、を考えるうちに、葬式の時にそのチャンスがあったかもしれない、と気がついた。

 その時なら、町田と彩子が出会って、あらためて何処かで話をしよう、と決められたかもしれない。わたしは葬式の間の町田の行動を知らない。

 仮にそうだとしたら、いったい町田はなんのために彩子を呼び出したのだろうか?

 問い詰めるため?自首を迫るとか?

 少なくとも、わたしへの殺人未遂では有罪だ。ただし、彩子にとって、わたしは死んだことになっている。町田もそれは理解しているはずだ。わたしのことを話さずにすむとは思えない。

 町田は、わたしが生きていることを、彩子にもう話しただろうか。

 そうはして欲しく無かった。漠然とした不安感が沸き上がってきた。命を狙われている恐怖。再び夜中にいきなり連れ去られるかもしれないという恐怖感。それが、起きるかどうかという合理的な可能性ではなくて、ただ漠然と恐れてしまうのだ。

「あ、離れていく。」

突然、悲鳴のような声ををあげて田辺がアクセルをぎゅうっと踏み込んだ。外に目を戻すとシルバーのレビンが急加速して行くのが見えた。

「振り切られないで、追いつくのよ。」

わたしは、擦り切れたシートベルトをつかみながらそう言った。田辺に無理をさせるのは不安だったけれど。ほとんどペーパードライバーだし。

「気付かれたんでしょうか?」

「わからないわ。それより運転に集中して。」

無謀なくらいスピードは上がっていた。時間は夜の8時を回ったところだった。いくら郊外とはいえ、交通量も少なくはない。町田のレビンはすぐに前の車に追いつき、それを追い越そうとしていた。

「無茶苦茶な運転だ。」

運転席でため息がもれた。わたしは黙っていた。追いかけたいけれど、このまま無理をさせるには、田辺の運転では不安だった。

「運転、替わりましょう。」

わたしは、そう提案した。

「でも、そんなことをしていたら見失いますよ。」

「そうね。」

その時、前方のレビンは追い越し禁止の黄色のラインを無視して一気に2台の車を追い越していった。強引な追い越しだった。

「やるしかないっすね。」

俄然やる気の田辺は、息を吸い込んで前方をにらんだ。

「追い越しのときは一気にでしたね。」

充分に車間を取ったまま、対向車との間合いを計って田辺はアクセルを思いきり踏みつけた。

「あれ?」

情けない音を立ててながらカローラバンは緩慢な加速をはじめた。

「ギア、落しなさいよ。」

わたしは、トップに入ったままのシフトノブを見つめて言った。

「あ、そうか。」

一気に2速にまで落して、もう一度アクセルを踏み込み直した。

 その時、クラクションが響いた。前方の車がハイビームで抗議していた。

「あ、やばい。」

田辺は急ブレーキを踏んで車を元のレーンに戻した。すぐ脇をクラクションを鳴らしたまますれちがって行った。

「あぶなかったっす。」

そう言いながら、なおも追い越しのタイミングを計ろうとする。

「もう、あきらめたほうがいいかもね。」

わたしは、そうっと田辺に言った。

「そんな。見失うなって奈々先輩言ったじゃないすか。」

2速に入ったまま、シフトノブを握り締めている手にそっと自分の手を重ねた。

「怪我をするようなことになってもいけないし。それに、町田は尾行されることを前提に運転していたわ。」

「本当ですか?」

クラッチを踏んだので、わたしは田辺の手から自分の手を離した。ゆっくりと、田辺は4速にギアを入れ直した。

「最初、とってもゆっくりだったでしょ?あれは自分の後ろについてくる車がいないか確認していたのよ。」

「それで、追いつくなって言ったんすか?」

「それから、急に加速した。」

「バレたんですか?」

「どうだろう。分からないけど、どっちにしろゆっくり走った後、急加速して、それについてくる車がいたとしたら、あきらかにおかしいでしょ?尾行がつくことを考えた運転だって言ったのは、そこよ。」

未練たっぷりの表情で、田辺は前方を走るトラックに目をやった。もう、町田には追いつけないだろう。

「どうすれば良かったんですか。」

「そういう場合が予測されたときは2台以上で追いかけるしかないわね。そうでなきゃ、まず、こちらが尾行していることはバレるわ。仕方なかったのよ。」

わたしは慰めるように言った。なんだか、デジャブのようだった。一日に2度も同じ台詞を言っていた。

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