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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
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聞き込みと情報集め

 裕樹の葬式でわたしが声をかけた、その人は斎藤武雄、と名乗った。漢字にすると画数が多くてね、と冗談を言いながら、字まで教えてくれた。斎藤の車に乗りながら、雨の中を、もう20分くらい走っていた。どうやら、すぐ近くという表現は、この辺りでは15キロくらいまでの地域を差すらしい。お互いに自己紹介しても、まだ時間は残っていた。

「奈々さんは、裕樹と付き合って、どのくらい?」

斎藤がそう聞くので、わたしは真実を言うべきかどうかを悩んで一瞬躊躇したが、嘘を言っても仕方無いから、本当のことを言うことにした。

「3日くらいだったの。彼の部屋に泊まって、彼の婚約者だという人が現われて、それから喧嘩して、裕樹は殺されたの。」

「3日?」

「そう。でも、彼とはうまくいけそうな気がしてたわ。なのに、こんなことになってしまって。」

「ナンパでもされたの?」

「そうじゃないの。大学の友達から紹介されたの。でも、最初は付き合う気なんてなかったわ。でも、お互いに相手の気持ちがわかるような気がして。」

 そこまで話した時に、斎藤は車を喫茶店の駐車場にすべりこませた。国道沿いの他には何もない場所だった。

「裕樹にはじめてあったのも、こういう喫茶店だったわ。」

わたしは、斎藤に言った。

「そうだな、あいつは人が集まる所が好きじゃなかったからな。」

「そうね、そんな気がするわ。」

わたしは、ふとつぶやいた。裕樹と、人の多い場所に行ったことはなかった。夜ばかり会っていたからかもしれないけれど、そんな気もするのだった。


 テーブルには造花と小さなメニューが置かれていた。

「コーヒーでいいわ。」

わたしは、注文を取りにきたアルバイトにそう言って、斎藤に向き直った。

「で、何が聞きたいの?」

斎藤は置かれた水を一口飲むと言った。

「なんでもいいの。例えば、こっちで裕樹が付き合っていた人とのこととか。」

「裕樹の昔の彼女?」

いぶかしげな顔で斎藤は言った。

 わたしは、慌てて言った。

「だって、もうわたしと裕樹は終わってしまったのよ。これからどんなふうに付き合って行ったのか想像するくらい、いいじゃない?」

「そう?」

斎藤は納得したような顔で言った。理由があれば、人は納得してしまう、というのは不思議な現象だ。例えば、並んでいる列に割り込むとき、「急いでいるんです。」という言い訳は結構通ってしまうものである。急いでいることは理由にならない、と思うけれど。そんなわけで、わたしの理由も、理不尽さを素通りした。

「裕樹は、そうだな、いろんな人と付き合っていたよ。」

斎藤は首を振った。

「あんまり、女に優しいやつじゃなかったかもな。」

わたしから目をそらして言った。

「どういう意味?」

あいまいに笑って、

「やっぱり、この話はやめにしよう。うまくいかなかったことも多いっていうことだよ。奈々さんと、付き合おうとしたということは、それまでの女と結局は別れたってことなんだから。最後は、程度の差はあるけど、ごちゃごちゃするじゃないか。」

「それはそうだけど。優しくないってどういうこと?」

「付き合うのをやめようと思った女には冷たくなるんだよ。手のひらを返すように、きっぱりと。それで、女が何をしようと、絶対に決心をかえないんだ。」

「そうなの?」

「まあ、あいつなりの哲学があったんだよ。線引きというか。ここまでは、付き合っている女で、ここからは違うとか。相手の気持ちは聞かないままね。」

「わたしは、どっちかな?」

「さあ。おれにはわからないね。それより、今日は予定がある?」

「今日中に帰らなくちゃいけないけど。」

「よかったら、裕樹が好きだったところに案内するけど。」

「いいわ。今日は遠慮しておく。」

「そんなに時間はかからないよ。近くなんだ。」

この人の近くはあてにならないことは、実証済みだった。


 再び15キロ近い距離を移動して、わたしは雨の葬式に戻ってきた。途中で、斎藤は寄り道をしたがったけど、友達に何も言わないできちゃったから、と送ってもらった。冷静に考えると、口説かれたのかもしれない。友達の葬式でナンパかよ。

 車を降りる前に、わたしは斎藤に最後の質問をした。

「ねえ、そういえば奥村彩子って人、知らない?」

「彩子?さあ。あ、待てよ。中学の頃にそういう名前の子がいたな。」

「それ、いつのこと?」

「いや、付き合っていたわけじゃないと思うよ。同じ中学の後輩で、裕樹に熱をあげていた、という感じかな。高校も同じで、裕樹とは仲がよかったよ。詳しいことは知らないな。」

「そう。送ってくれてありがとう。またね。」

と、わたしは電話番号も聞かずに別れた。または無い。


 

 町田の車まで歩いてきて、彩子の車がまだそこにあることに気がついた。わたしは車の中で待つことにした。天気はどんよりと雲がかかってはいたけれど小雨になった。窓ガラスには細かい水滴がついて外を見ることが出来なかった。つまり、外からも見えないということだ。わたしは、スモークが貼ってある、後部座席の窓だけ手で拭いた。

 そこへ座ってすぐのことだった。

 見覚えのある男が歩いてくるのが見えた。西口刑事だった。わたしは、ドアを開けて、西口に声をかけた。

「奈々さん。こんなところで何をしているんだ?」

「裕樹のお葬式だから。」

「そうか、僕は仕事で。」

そう言って西口はわたしの出てきた車を見た。

「これ、町田くんのよ。雨の中立ち話してるのも・・・。中に入る?」

「そうだな。そうするとしようか。」

西口は助手席に乗り込もうとしたので、わたしは後ろの席を指差した。

「奥村彩子がいるの。わたし、あの人に会いたくないわ。」

「なるほど。町田から電話で報告があったが、戻ったらちゃんと届け出を出してもらうよ。まったくタフな振りもいい加減にしておけよ。」

閉め切った車内に雨の中から帰ってきた人間が二人もいると、暑苦しかった。西口は無意識のうちに礼服のネクタイを緩めた。

「西口さんは、裕樹の葬式に来たの?」

「ああ。担当のヤマだからな。葬式っていうのは関係者が集まる関係上、情報が集まりやすいわけだ。と、まあ、蓮田さんに言うことじゃないわな。」

「残念。偶然なの。裕樹の実家を探してきたわけじゃなかったの。彩子を追ってきただけ」

「おいおい、警察抜きで動くなって言ってるだろ。殺人未遂で訴えるのが先だろうがよ」

「まあ、帰ったら警察に行くわよ。それで何かわかったことってあるの?勤め先の人間関係は?」

一瞬、躊躇したようだったが、襟元に空気を送り込むように手でシャツをパタパタとさせながら西口は話してくれた。

「いや、いきなり捜査情報を聞き出そうとするなよ。ま、いいけどな。まずまず良好、だな。これといって怨みを買っていることもない。」

「マンションの裏ビデオの人は?」

「見つからない。」

「どういうことよ?」

「奈々さんに会ってから、あそこ近辺を避けているのかもしれないな。ただでさえ殺人事件があって刑事がうろついているんだ。間違えて刑事に非合法の商品を売りつけでもしたら逮捕されるからな。」

「そんなに、刑事って仕事熱心なの?」

「熱心なのもいるさ。」

暑さに堪えられなくなって、窓をあけようとしたが、西口は2ドアの車の後ろ窓は開かないことを発見した。

「何処か、窓を開けてくれ。」

「キーが無いの。町田が持っていったままなのよ。」

「なんてこった。これじゃあ、外のほうがましだな。」

そう言いながら車から降りようと腰を浮かせた。

「ねえ、西口さん。彩子について調べた?」

わたしが、そう聞くと腰を落ち着けた。こちらを振り返ってわたしの顔を眺めた。

「調べたよ。住所はね。車の登録はこちらになっている。向こうでの住所も分かった。だがまだ本人には会って無いんだよ。第一、昨日の今日だ。」

「じゃあ、今日はここへ何をしに来たの。」

「地元でのガイシャの怨恨とか、そういうことだよ。葬式に顔を出しつつな。」

「なにか、聞けた?」

「いや。礼儀正しい青年だったそうだよ。人に怨まれてなんかいるわけがない、とさ。」

「誰が言ったの?」

「ガイシャの父親だよ。」

「あてにはならないわよね。」

「まあね。少なくとも、プライベートのことについては知らなさそうだったがな。」

そう言うと、今度こそ西口はドアを開いて外に出た。雨はほとんど止んでいた。

「裕樹と彩子、昔からの知り合いみたいよ、西口さん。」

わたしは、傘を開こうか迷っている後ろ姿に言った。

「やはりな。住所を調べたときからそうじゃないかと思っていたけどな。こっちでも裏づけを取るよ。」

そういいながら、手を上げて立ち去ろうとした。

「それより、本人に聞けばいいじゃない?」

「いや、今は会わないほうがいいだろう。それよりな、蓮田さん。町田には言ったけど、あんたあんまり動き回るなよ。警察内じゃあな、あんたが一番の容疑者なんだぜ?」


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