おやすみアスト、風邪をひかないように
往復200キロ分のガソリン代と高速料金、それから裕樹の葬式が午前中に終わってしまうことを考えると、この近くで泊まったほうがいいという結論に達するのに長い時間はかからなかった。
ただ問題は、これが仕事じゃなくて、お金に余裕がない、ということだった。
「おれは、車で寝てもいいけど。」
町田はあっさり言った。
「夏よ。二人で寝ていたら、暑くてたまらないわよ。」
わたしは、うんざりして言った。
「じゃあ、ビジネスホテルでも探すか?」
町田は、仕方なく言った。
「そうね、そうしましょ。」
わたしは、暑さよりも体のだるさのほうが辛かった。夏とはいえ、夜中に湖で水泳をしたから、体の調子が悪いのかもしれない。どうにも、風邪っぽい、そう思った。熱いシャワーとちゃんとしたベッドが欲しかった。
1時間くらい走り回って、ビジネスホテルなんか無い、ということが分かった。
ようするに、田舎なのだ。駅前に、それらしいホテルがあるにはあったが、浴室共同のホテルで、どうにもわたしは泊まりたくなかった。
「ねえ、アスト。ラブホテルでもいいわよ。」
わたしは、仕方無く言った。その方が安い、という計算もあった。
「ま、それなら見つかるだろうけど。」
町田は、駅前から高速のインター方面に向かって、野性の感で車を走らせて行った。
そういうホテルを、調査の時なんかに使うことは無かったわけではない。洋一とはよくそういう所に泊まった。実を言えば、予約はいらないし、遅い時間でも入れるし、便利ではある。ただ、ベッドが一つしかない、という事実を除けば。
でも、この際仕方無い。わたしと町田は、途中の吉野屋で食事をすると、ラブホテルに向かった。アストには、床で寝てもらえばいいんだから。
そのホテルは、駐車場の上に部屋があるタイプで、フロントを通らずに部屋にはいることが出来た。おそらく、車を停めてシャッターを下ろすとフロントで分かるようになっているんだろう。で、精算をするとそのシャッターのロックが解除される仕組なんだと思う。田舎でしかありえないシステムだ。客は必ず車で来るという前提のもとに成り立っている。
町田はトランクをあけて、自分の着替えをさっさと取り出すと、階段を上り始めた。わたしも、自分の部屋から持ってきていた着替えを一着分とパジャマを取り出して、そのあとを追った。
案の定、ベッドは一つしかなかったけど、部屋自体はヤル気に満ちあふれたデザインではなかったので、少し安心した。これなら落ち着いて寝ることが出来る。
「わたし、先にシャワーするわね。」
そういうと、わたしはパジャマを持って立ち上がった。
そこで、はたと気がついたのだが、そういえば、こういうところって、目隠しのようなものは一切無い。そういう前提では作られていないのだから当り前なのだけど。仕方無くお風呂のドアを開け、そのなかで服を脱ぐことにした。それだって擦りガラスに過ぎない。まだ、透明でないだけましか。
「見ないでよ。」
わたしはテレビのリモコンをしげしげと眺めていた町田に言った。
「あ、はいはい。」
町田は気のなさそうな声でそう言った。当てにならない。
とにかく、疲れていたから服を脱いでそれを細めに開けたドアから外へ向かって投げ、シャワーを出した。ゆっくりお風呂につかりたかったけど、そういう時間をかけるのがめんどくさかった。
とにかくシャンプーを使い、コンディショナーを使い、ボディーソープを使った。最初は、背後の半透明のガラスが気になったけど、だんだんどうでもよくなって、気のすむまで洗うことにした。サウナの装置があると書いてあるので、それも使おうかと思ったけど、眠気に負けて、それはやめることにした。
シャワーから出るのがまた一苦労だった。
湯気のたつお風呂の中では体を拭くのが困難だったし、パジャマを着るのはもっと困難だった。でもなんとかそれをやり通し、ようやくそこを出た。
「やっと、出たのか。」
町田はそれだけ言うと、自分のバッグから着替えを引っぱり出した。それにしても、突然の泊まりにもかかわらず、着替えを持っているところがすごい。わたしは、たまたま自分の部屋から荷物を運ぶ途中だったけど、町田の場合、想像するにいつでもどこでも泊まれる用意がしてあるということになる。つまり、車の中にいれっぱなし。
そういうことを町田に尋ねると、返事はすぐに帰ってきた。
「ん?寝袋とかカセットコンロも入っているよ。やかんとか。」
じゃあ、トランクの中ではなくて、リアシートにわたしの荷物を置かせたのは、入らないからか?そう言われてみると、町田の車は、こころもち後ろが下がっていたような気もする。ところで、着替えたあとの服はやっぱりいれっぱなしになるんじゃないだろうか。そんなような気がする。次のときはそれが着替えになったりして。
「そんな馬鹿な。」
町田はそういうと、服を持ってシャワーに向かった。
「奈々、おれ、何処で着替えようか。」
町田は困った顔で聞いた。
「何処でもいいわよ。わたし、むこう向いているから。」
わたしはそう言うと、テレビのリモコンでチャンネルを替えた。バラエティー番組は嫌いなのだ。ま、ニュースも嫌いだし、ドラマも嫌いだけど。本気で見ていると、出演者がかわいそうになってきて悲しくなるし、適当に見ていると、そんなことをしている自分がかわいそうになってきて悲しくなる。
バラエティー番組の何が悲しいのか、と聞くかもしれないが、若手コメディアンが泥まみれになったり痛い思いしたりしていながら笑っているあたりが悲しい。彼等はやっぱり家に帰ってから、自分の仕事に疑問を持って悩むんじゃないかって思ってしまうからだ。それをハングリー精神と呼ぶのは簡単だけど、やっている内容には意味がない。将来の芸のためになるわけでもない。そうやって、悩んでいるところを想像してしまって、見ていられなくなるのだ。そんなのは、わたしの勝手なのだけど。
そんなわけで、いつものようにチャンネルをパチパチ替えていたら、突然画面一杯が肌色になって、あやしい吐息がスピーカーから流れ出して、慌ててスイッチを切った。そういえば、こういうところのテレビはビデオも流しているんだった。
町田もシャワーを使い始めたので、そっちを見ないようにしながら洗面台まで行って、ドライヤーを使った。テレビにはカラオケセットもついていたけど、カラオケするほど元気じゃなかった。さっさと、髪をかわかして、それからベッドに入った。先に寝てしまえば、このベッドはわたしのものだ。不毛なじゃんけんをする必要もない。余計な気づかいをする必要もないし。
だから、わたしはさっさと寝ることにした。おやすみ、アスト。アストはそっちのソファで寝てね。エアコンが効きすぎているから、車から寝袋を持ってきたほうがいいわ。風邪をひかないように。




