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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
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刑事からの呼び出し

 町田はあっけにとられたまま、階段を下りて、車に戻った。わたしは頭の中で犯人の男が逃げている様子を思い描きながら車に戻った。

 冷たい顔・・・。

 表情が冷たいのだろう。慌てて階段を下り、車に乗って走り去る。身長は180センチ。黒のジャンパー。

 気がつくと、わたしはレビンの運転席のドアに手をかけていた。

「奈々?運転したいの?」

「え?」

「そっちに回るからさ。」

町田は助手席側にいた。

「ああ、これは・・・。」

「じゃあ、運転してくれよ。腹減ったから、吉野家ね。」

そう言うと、リモコンでロックを解除して乗り込んだ。わたしもシートに座った。キーを受け取りエンジンをかけて走り出した。

「奈々。」

町田はじっとフロントグラスの向こうを見つめながら言った。

「ひょっとして、もう一本くらいビデオ、持ってない?」


  自分の部屋に戻ってきたのは12時を少しまわったところだった。

 靴下を脱いで、壁に寄りかかり床に座ってぼうっと壁を眺めた。あいかわらず、時計は止まったままだった。

 電池替えなきゃ。

 裕樹のことを考えて、それから、洋一のことを考えた。

 好きになった男は、わたしから離れていく。でも、わたしは自分で自分の命を絶つ勇気は無い。

 ウイスキーが飲みたかったけど、わたしには裕樹を殺した犯人を探すという役が残っていたから、頭の回転をにぶくしたくなかった。

 部屋には、エアコンのたてる、風の音しかしなかった。

 その時、ふと、留守番電話のランプが点滅していることに気がついた。

 わたしは、鉛のように重くなっていた腰をゆっくりとあげて、そのボタンを押した。

 機械が自動的にテープを巻きもどす。旧式の電話機だったけど、別に買い換えようとは思わなかった。だって、この電話なら、あの時の洋一の声が聞けるから。取り外して机の奥に仕舞いこんだ、洋一からのメッセージ。

「夜になったら、行くから・・・。」

 けれども、今日の留守電は、ひたすら無言のメッセージを流し続けた。5つつめのメッセージも無言だった時、わたしは、もうテープを止めてしまおうか、と思った。だが、6つめは西口からだった。

「もしもし。県警の西口ですが。少しお話しを聞きたいことがありますので、折り返し連絡を。電話番号は・・・。」

 聞きたいことってなんだろう。

 西口にとって、わたしは容疑者なんだろうか。それが、最初に頭に浮かんだことだった。たしかに、アリバイは無いし、動機もある。後は直接の証拠さえあれば、わたしが犯人であっても問題無いんじゃないだろうか。考えているうちに、テープの再生は終わってしまい、わたしは慌てて巻きもどした。電話番号をメモして、それからメッセージの吹き込まれた時間を確認した。10時5分。ちょうど、わたし達が裏ビデオの男と会ったときだ。わたしは男から渡されたメモを取り出した。電話番号と、「吉岡」という名前が書かれていた。のたくったような、汚い字だった。

 わたしは、とにかく西口刑事に電話をかけることにした。12時過ぎだけど、別にいいだろう。10時過ぎに留守電にメッセージを残すぐらいだから、寝てもいないだろう。勝手にそう判断した。受話器を外して、西口に電話した。携帯の番号だった。

「もしもし、西口です。」

「蓮田です。」

「ああ、やっと連絡がついたか。悪いんだけど至急確認したいことがあってね。今、もう寝るところ?」

「どうしようかしら。どっちでもいいわ。」

「そうか。じゃあ、少しコーヒーでも飲まないか?向かえに行くよ。」

「いえ、こっちから行くわ。何処に行けばいい?」

向かえに来てくれるのは嫌ではなかったけど、好きなときに帰れなくなるのは嫌だった。

「そうか。じゃあ、蓮田さんのアパートから近くて、この時間でも開いている店は無いかな?」

わたしは、ちょっと考えて、それから時計を見て、それが止まっていることを思い出して腕時計を覗いて、ようやく、デニーズくらいかな、と言った。

「じゃあ、そこにしよう。杉並大の前の通りを西に行ったところにある店だよね?」

わたしは、そうよ、と答えて、それから西口が電話を切った。わたしは、歩いて行くか、バイクで行くか迷っていた。


 結局、バイクで行くことにした。昼間、車のなかで寝ていたといえ、今日は朝から起きている。あんまり歩きたい気分じゃなかった。だから、ヘルメットを被り、バイクのエンジンをかけた。決して静かなエンジン音じゃなかったから、わたしはあんまり暖気はしないですぐに走り始めた。裏道を抜けて大通りに合流しようとしたとき、バックミラーに車のヘッドライトが写った。とくに気にしないで、わたしはゆっくりとバイクを走らせた。水温計の針は、ほとんど動いていなかったからだ。

 洋一が、いつも言っていたことを守ることにしたのだ。


「バイクも人間と同じで、暖まるまではゆっくりとウォームアップしてやらないとね。」


 わたしは、このバイクに出来るだけ長く乗りたいし、壊したくなかったから、出来るだけ優しい運転をしようと思っただけ。回りの車がみんな、わたしを追い抜いて行ったけど全然気にしなかった。わたしは30キロで走っていた。

 その後ろを、一台の車が付いてきていた。

 ぴったりと後ろにくっついている。片側2車線の、左側のレーンの左縁を走っているというのに、それを追い越そうともしなかった。わたしは不審に思ってバックミラーに目を凝らした。

 黒のオペルだった。

 田辺がトラだか豹だとかっていう名前だと言っていたやつ。運転している人間の顔はヘッドライトがまぶしくて見ることが出来なかった。

 偶然かな・・・。

 わたしは、そう思ってスピードを上げた。デニーズは目前だった。

 オペルもスピードを上げてきた。追いつかない程度で付いてくる。わたしは、デニーズの入り口でスピードを落とし、抜いて行くのを待った。オペルは、わたしの後ろで止まった。わたしは、そのままデニーズの駐車場へバイクを入れた。オペルは迷うようにクリープで動いてから、走り去った。わたしはその瞬間を見逃さなかった。丁度車の側面が見えるとき、その運転者の顔をしっかりと見た。彼女だった。

 奥村彩子と名乗った女。わたしは、バイクを急いでUターンさせると、彼女を追った。明らかに、彼女はわたしを尾行していた。何の用があるのか知らないけど、わたしにも用がある。充分に暖まっていたFZRのエンジンは甲高い悲鳴をあげて、あっという間にわたしを時速100キロにまでひっぱりあげた。

 オペルにはすぐに追い付いた。右側のレーンを走っていたので、わたしは左側から並んだ。オペルは、左ハンドルだった。彼女はわたしに気がついて、驚いた顔をした。それからアクセルを踏んで加速した。わたしはその後ろを追走した。丁度、街が切れて、信号もなかった。オペルは、ぐんぐん加速していった。けれども、バイクの速さに比べたら、乗用車なんて相手にならない。わたしは余裕をもって追いかけることが出来た。

 1キロほど、そうしていただろうか。彼女はあきらめたように車を停めた。ハザードをだして路肩に寄せると、彼女は降りてきた。わたしは、オペルの後方30メートルくらいにバイクを停めて、それからヘルメットを脱いだ。Tシャツとジーンズのままだったので夜風に当たって、少し寒かった。真夏とはいえ、バイクって、冷えるのだ。

 彼女は無言で近づいて来た。

 わたしは、ヘルメットをタンクの上に置くと、彼女のほうに2歩踏み出した。それで、彼女との距離は丁度良くなった。つまりこの場合2メートル。それ以上に近づく間柄ではなかった。わたし達はお互いに見つめあった。黙ったままだった。

 ようやく、彼女が口を開いた。

「あんたのせいよ。」

わたしは、彼女の顔を睨みつけた。

「裕樹が死んだのは、あんたのせいよ。」

「ふざけないで。あなたこそ、あの日、何処にいたか言いなさいよ。」

わたしは、思わず言い返した。これじゃあ、ただの喧嘩だよなあ、と思いつつ。

「なんであんたなんかに。」

「奥村彩子なんていう人は存在しないわ。裕樹が結婚していた記録はない。」

彼女は息を飲んだ。苦しそうに顔を歪めたが、次に笑い出した。静かに、足元を見たまま肩を震わせて笑った。気味の悪い笑い声だった。とくに、こんな田舎道で聞いていると。辺りには、人影もなく、車もほとんど通らなかった。事実、わたし達が車を停めてから、その場を通った車はいなかった。

「そうよ、わたしは裕樹と結婚してなかった。戸籍上はね。でもそれがどうしたっていうの?わたし達は愛しあっていたのよ。」

「でも、裕樹はそう思っていなかったみたいね。彼はあなたをストーカーって呼んだわ。」

「あんたが彼を私から奪ったからよ。」

 そう言い捨てると、彼女は振り返って走り出した。

「待ちなさい。」

わたしは追いかけようとしたが、彼女が車に乗り込んだので、わたしは慌ててバイクにまたがった。ヘルメットを被っている間に、オペルは走り出した。

 わたしは追いかけなかった。

 エンジンがかからなかったからだ。

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